ゴリマッチョクン
薄暗い森。
平原と違い肌寒く湿った空気が、いかにも深い森という印象を与えていた。
この場では様々な獣たちが生を育んでいた。
そんな場所をバラついた足取りで進んでいる。
道という道はなく、獣道のような所を歩いていた。
槇が先頭を歩き、残りの2人はその後ろを歩いていた。
かおりは右側の草木をぼんやりと眺めながら、悲しそうにうつむいていた。
そんなかおりの目の前を3匹の黄色い蝶が横切った。
まるでおいかけっこをして遊んでいるかのようにヒラヒラと。
かおりは思わず、その3匹を目で追う。
蝶たちはそのまま木々の葉っぱの間から見える光を目指して高く高く飛んでいった。
蝶が見えなくなるとかおりは小さく溜め息を吐き、進行方向を見た。
道は続いているが、その先に光はなく、暗闇が広がっていた。
「槇、道あってる?」
一抹の不安にかられたかおりは、まったく歩みを止めようとしない槇に聞くが、返事は呆れるほど単純明解だった。
「知らん」
思わずまた溜め息を吐いてしまうかおり。
「もうダメ! はらへったー!」
その場に座り込み、情けない声をあげる康貴。
かおりは思わず足を止めてしまった。
いつもなら、無視をすれば後で寂しくなり追いかけてくるが、さすがに、スタスタと歩いていく槇とはぐれる訳にもいかなかった。
「きっともうちょいだから頑張ろ」
ムリに笑って元気付けようと言葉をかけた。
「かおりがキスしてくれたら頑張る!」
その言葉を聞いて、条件反射的に康貴の頭を蹴り飛ばすかおり。
康貴はそのまま茂みに突っ込む。
「バカと遊んでないで、さっさと行くぞ」
槇はバカ騒ぎを繰り広げていた2人を叱咤する。
「う、うん」
かおりは槇のところに走り出そうとした瞬間、急に康貴は声を上げた。
「ちょっと待って!」
かおりは足を上げたまま静止し康貴を見る。
槇は立ち止まり振り返った。
康貴は茂みから出て、髪の毛に葉っぱがついていることに気付かないまま、元気な笑顔を見せ茂みの奥を指差した。
「ほら、人がいる。道聞いてくるから待ってて」
その指の先には、確かに人間程の背丈はあるが、頭部は無く、体は球体で光沢のあるピンク色。
その球体から出ている、ムッキムキで人肌の両腕と両足。
得体のしれない生物の背中であろう、丸みしかない部分がこっちを向いている。
康貴は自身が示した方を目掛けかけていった。
「おい! 康貴待てよ!」
槇は嫌な感覚を感じ取っていた。
と言うより話しかけようとしている康貴がおかしいのだが。
「待てって!」
槇の声で止まらない康貴。槇は舌打ちをして康貴を追う。
かおりは槇についていく。
「待ちやがれクソアホ!」
槇が珍しく声を荒げて叫ぶ。
そのことにかおりは驚いた。
「あのぉ、すみません。マーチって町ってどう行けばいいんですか?」
「マーチじゃねぇ! マールだ! ってかオヤジギャグか!」
槇は的確なツッコミをいれた。
それと同時に腰に付けていた鞘からナイフを取り構える。
「あのぉ……、」
康貴は反応がない球体に触れようとした。
その瞬間、その球体は回転し、3人の方に腹部を見せる。
「なに? ボキを呼んだ?」
「声、高!」
3人は驚愕しながら同時にツッコんだ。
予想に反し、ソプラノ歌手並みに高いヴォイスを繰り出してきた。
「つか、顔、って……え、うん」
かおりはきっと腹部であろう球体部分に、目であろう2つの真ん丸いくぼみにはめられているクリクリした真ん丸い白黒の球体と、鼻であろうもはや点である穴と、喋ったのにも関わらず逆三角形の状態で維持されている口だと思われる穴が、存在していることに混乱し思わず口に出してしまった。
「かおり、とあるRPGのスラ◯ムだってゲルのクセに顔あるだろ。それと一緒」
「あ、そっか」
槇の意味不明且つ奇々怪々な発言に意味もなく納得するかおり。
「あれ?
人間だ!
ヤッター!
ボキ嬉しい!
なに?
遊んでくれるの!
ありがとう!
なにして遊ぶ?
宝探し!
決定!
じゃぁねさっき無くした『尖ってて、カッコイイ、ボキのあそこ』探し!」
ムリヤリ、と言うより独断で勝手に遊ぼうとする球体。
「って、遊んでる暇……」
康貴が断ろうとした瞬間、互いの間に小さな鹿が通ろうとした。
……ドン!
確認したと同時に球体はその鹿を殴り地面にめり込ませた。
そして前足の部分と胴体部分を引き剥がす。
その足の肉を丸飲みし、残った骨は適当に捨てた。
その光景に3人は恐怖した。
『断ったら食われる』と。
「う、うんわかった、探してくるね」
かおりが先に口を出した。
「ヤッター! ありがとう人間おばさん」
かおりは最後の言葉がやけに引っ掛かった。
「ボキはねぇゴリマッチョクンって言うんだ!
君たちは?
なに?
素直バカと根暗野郎のトントロピーとボキの嫁さん?
わかった!
じゃぁ制限時間45分!
始め!」
なにかよくわからないが勝手にゲームが始まった。
すぐに理解できない康貴の手を引っ張り、ゴリマッチョクンからなるべく離れるかおり。
ある程度進みピンク色が見えなくなると、足を止めた。
「あ、あの……ごめん」
康貴は犬のように体を縮めた。
「別に大丈夫よ。取り合えず無視して逃げるわよね」
「当たり前だ。付き合ってられん」
「ボキも付き合いきれないよ」
「ぬぉ!!」
槇は柄にもなく声をあげ、飛んで驚いた。
「はやくね! 残り44分と13秒だから!」
「う、うん……」
きっと笑っているのだろうが、むしろそれが怖かった。
「さ、探そうか」
「そ、そうだな」
「ぅん」
3人は生き残るために探すことにした。