表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/115

氷の姫



 階段を上れば上るほど大きくなる詩。



『自分がいる世界が』

『くすんでいるのは私がくすんでいるからで』

『蛾のように汚れた目で見られようとも』

『澄んだ蝶に嫌われようとも』

『消えてなくなれば意味などなさず』

『弾圧され生きる意味失えば』

『罪さらに重くなって』

『堪えられなくなる』




 女性の澄んだ声でその詩は何度も何度も、輪唱のように訴えられていた。

 この場が寂しく揺れるのはこの詩のせいなのだろうか。かおりは涙を我慢しながら走った。

 魔法の力もなくなり、足に疲労が一気にかかる。それでも走る。待っている、否、堪えている人がいる。彼女を動かしている原動力はそれだけだった。上れど上れど、次は見えなかった。


 焦っていた。



「まだ……なの?」



 焦っている。



「まだなの!」




 やっとのことでたどり着いたドア。勢い良く押して中に入る。


 真っ正面に見えるのは、大きく開いている窓と、それに続くベランダ。そして果てしなく続く星空と切なく降り続ける粉雪だった。その空の中心には、1つだけの黄色い満月が地を眺めている。

 その月を見つめながら、ベランダで詩を謳っている緑髪の女性。


 かおりは二丁の銃を取り出し、指の回りで一回転させてから、腕をクロスさせて銃口を女性に向ける。



「宝珠を渡しなさい!」



 詩が止まった。

 無音がうるさかった。


 ゆっくりと振り返り、つむっていた瞼を開ける。



「来たのね」



 かおりの荒い息は白くなり消える。



「待っていたわ。あなたが来ることはわかっていた」



 冷たい視線がかおりを固まらせる。



「━━はじまりはゆうしゃのみちびき━━」



 その女性はそう呟いて続けた。



「なにも無くしてないのに」

「全部無くした気分になって」

「適当な理由探しては」

「気丈な自分が」

「とてもいやになる」

「しかし」

「天秤にかけた」

「溺愛する」

「あなたにとっての大切な人は」

「終にはどちらも」

「手にすることなく」

「死んでしまうのに」

「まだあなたは、自分の」

「罪を」

「確かめないで」

「上ってきたの?」



 かおりは銃を下ろしてしまった。



「なにを……、言ってるの?」



 かおりはその意味がわかっていた。

 あの本に書かれた解き方と同じなら、間違いなくそれは動揺を誘うものだった。



「さぁ、戦いましょう。これがサガなら、あなたのディスティニーは私にとっても悲しいことよ」


 女性は右手を地面と平行に上げた。



「あなた、名前は?」

「かおり」

「私はメリー」



 女性、メリーは左手も同様に上げた。



「エデレスメゼン、第2部隊隊長『氷雉』の本気を見せてあげる。ここで死になさい」



 自分の体を足先から、指先から凍らせていくメリー。それが体を全体を覆うと鎧のようになり、背中には凍てついている翼が地面に突き刺さる。頭すら覆い、あの姿はまるで鳥のようであった。



神器氷槍(ジギタリス)!」



 急に強大な魔力を感じると、床から上がる氷の柱。それをおもむろに掴むと、氷は弾け飛び残った三本の刃がついた槍の刃先が蒼く光った。


 それを片手で軽々しく回し、矛を地面に向けた。



「冷たいのは好きかな?」

「……なんで、そう思ってるのに、戦わなきゃいけないのよ!」



 かおりは自身に風を舞わせてメリーに向けてトリガーを引いた。

 放った気の弾丸は槍で弾かれる。

 それを確認する前に左に飛び3発連続で放つ。

 その次に背後で5発。

 その次にはまた左に飛んで3発。

 一斉に11発の弾がメリーを襲う。



「その程度かしら?」



 ニヤリと微笑むメリー。しかし、身動きをとろうともせず、弾があたった。はずだった。



「そんな生温さじゃ、私に触れることすら叶わないわよ」



 その瞬間にはかおりの背後にいた。

 腹部の激痛。



神器氷槍(ジギタリス)の味はどうかしら?」



 気づいた時にはその槍が貫通していた。槍が抜かれるとすぐに横から顔を蹴られ、ゴロゴロとベランダまで出された。

 激痛が走る腹部に触れるが血なんか出ていない。

 穴が空いただけだった。



「わたしじゃ……」



━━━━チームプレーだよ━━━━



 諦めようとした。そんな時に康貴の言葉を思い出す。



「今1人なのにチームプレー? なにバカなこと……」



 かおりは立ち上がった。



「チームってどういう集団のことを言うのかな?」



 かおりは考えた。

 意味なく。

 ただ、心を落ち着けるために。



「チームプレーなんだから、死んじゃダメよね」



 フロアからかおりを見ているメリーを見て、左手に掴まれた青い宝珠を見せつける。



「大事なものは確り隠さなきゃダメだよ。私から見えるところにあったら、盗れるに決まってるじゃん」



 メリーは驚愕した。



「じゃあね!」



 かおりはベランダの脇にあった階段を上る。



「待ちなさい!」



 メリーは壁を走りかおりを追った。かおりは白い息を吐きながら必死で突き当たりまで登っていく。

 塔の天辺に出た。もうそれ以上の逃げ道はなく、戦うしかなくなった。

 かおりは円状のフィールドの真ん中に向かい、階段の方を向く。



「覚悟はできた?」



 メリーは冷静過ぎた。

 宝珠を取られたことに動揺もせず、そこで翼を広げていた。



「覚悟なんて最初っからできてるわよ」

「そう。じゃぁ、奪ってみなさい」



 バレていた。偽物の石ころだと。



「……勝てないわね」



 かおりは銃口をメリーに向け、撃ちながら下がる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ