信じる
「……来る」
かおりが呟くと、上の階に上がるための階段の前に、黒い霧が地面から湧き、渦を巻き、竜巻になる。
それだけの威圧に3人は知らず知らず後ずさる。
「まだここだったか」
地響きのような声が3人の鼓膜を揺らした直後、黒い竜巻は弾けて、その黒甲冑の姿を魅せた。
「魔王……!」
槇は地面を蹴り黒甲冑に斬りかかるが、刃は弾かれる。
反動を受けている槇の腹を殴り、堅いグローブで首を掴み上げる。
「久しいな」
黒甲冑が軋む音が響き渡り、魔王は槇を掴んでいる手を振りかぶり、槇を壁に投げつける。
ドン!
槇は壁から剥がれ落ちるように、地面に倒れていった。
「槇!」
「来るな!」
助けに入ろうとしたかおりは、その言葉で足を止めた。
槇はゆっくり立ち上がり叫ぶ。
「道開けるから、2人は先に行って石盗んでこい!」
かおりは静かに頷く。
「通れるなら通ってみろ。小僧ども! いい加減出てこいジムスターク」
ただでさえ大きく見える魔王の背後から、その背を裕に越える影が見えた。
「あぁ、越えてやるよ。エレベストだが、塔だが、巨人なんて、ってでかくねぇか?」
それがしっかり見えたとき、人ではなく、壁となった。
この極寒の世界にボクサーパンツしか身に付けていないそれに恐怖よりも、その上をいく絶望を味わう。
絶望に3人が浸った時、まだ聞こえ続けている詩はシンシンと雪を降らせていた。
「オリャーー!!」
槇は体制を低くとり剣先を地面に当てすらせながら再び黒甲冑の魔王に斬りかかる。
「何度やってもムダだ」
魔王は片手を前に出したとたん、波動のようなものを放つ。槇はそれにぶち当たり、吹き飛ばされまた壁に叩きつけられる。
「もらった!!」
すでに魔王の真横にいた康貴が斧を振りかざしていた。
ガイン!
「生温いな小僧」
魔王の背後にいたボクサーパンツの巨人が康貴を蹴り飛ばす。康貴は槇の横の壁にぶち当たる。
「ったく。デカイし硬いし」
槇は壁から離れ、2人に人差し指を向けて何度も折る。
「こっち来いよ。魔王」
「ふ。下らん挑発だ。いいだろう」
その時魔王は気づいた。見えているそれはニセモノだと。魔王は振り返り、そこには階段がないことを知る。
「氷は滑りやすいからね」
ジムスタークだけが階段の前にいるだけだった。その巨人に空中から槇は斬りかかる。
それにすぐに反応したジムスタークのその長身から繰り出されるパンチが槇を捕える。
それは槇を容易に貫通した。
ジムスタークは驚いた。手応えがないと。
その瞬間に、かおりと康貴はジムスタークの股の下をスライディングして階段にたどり着く。それに気づいたジムスタークは振り返り2人に殴りかかる。
「おんどりゃぁ!!」
炎を纏った剣がジムスタークに食い込む。しかしビクともせず、むしろ肘鉄をくらいまた壁に叩きつけられる。
すぐに階段の方を見るが、すでに2人はいなかった。
「ジムスターク! 2人を追え!」
その言葉を聞いてか、ジムスタークは階段を登っていった。
「こしゃくな小僧め! 蜃気楼とは馬鹿げた芸当を!」
「その馬鹿に騙されたのは誰だよ! ドデカやろう!」
槇は体制を整え、剣を魔王に向けた。
「カッコつけたところで、お前らは必ずここで死ぬ。先ずはお前だ」
「んな訳ねぇだろ。あいつらはオレが死ぬ前に石を盗んでくる」
「下らん幻想だ。もう一生合えん」
「幻想じゃない! オレたちは仲間だ! どんなことでも信じる!」
魔王は一瞬動きを止めた。軽く右腕を動かした後、電撃が魔王の右手に集まり、それは巨大な斧を形作る。
「仲間に賭けたこと、後悔させてやる」
目を槇に向ける。その威圧と覇気に、槇は吐き気さえ覚えた。しかし、生き延びなければならない。
「後悔させてくれ。あんな仲間を信じられなかった自分を」
両者は互いに斬りかかる。