氷とふたり
かおりは苦戦していた。
予報外だった。
あの女性とは1度戦った事があるなんて、誰が想像できただろうか。
いや、あの少女とは……。
「アハハ! どうしたの? おねえちゃん! そんなにこのリングが痛いの?」
青い短髪が特徴的な少女。
前の森で交戦した、あの子。
「どうして……」
「そんなことどうでもいいじゃない。それに、お前もうるさい。はしゃぐな」
口調だけが杖の女性の声となり、かおりを見下しながら嘲笑した。
「接近戦はあたしの方が強いんだから、いいじゃーん。それに、前から壊したかったの。あの綺麗な……カラダ……」
下品に唇を舐めまわす。
「どういうこと。……多重人格?」
かおりは体中についた切り傷を魔法で癒していく。
その中で混乱している自分を落ち着かせ、状況を整理していた。
「さっき杖を振った瞬間に姿が変わって……。魔法? いや、ふたりが共存してる、そんな感じ」
かおりは銃を構える。
少女が両手に持っている刃のリングを同時に投げる。
かおりは魔力を圧縮してリング目掛けて放つ。
ひとつは着弾し、持ち主に戻る。
しかし、残りのひとつがかおりの首目掛けて飛んでくる。
咄嗟に出た腕を切り裂いてそれも少女に戻っていった。
「アハハ! 遊びがいあるなぁ! っだからうるさい。早く殺せ。いや! まだ遊ぶの!」
「このままじゃ……、やばい」
出血量がそろそろ危ないところまで来ていた。
着衣はほぼ真っ赤に染まり、意識もしっかり保てる状態でもなかった。
手も足も出てない。
最悪の状況だった。
「ダメだ。もう殺す。変われ」
杖を召喚し、青い宝石を大きく回すと姿見が変化した。
幼少の姿ではなく、美しい空色の長髪はツイストハーフであり、大人の女性を匂わせる。
さらに、胸がある。
「なんか、悔しい」
かなりある。メロンでも入れているのではないかと思わせるほど、大きい。
黒い甲冑は魔術師用なのか、軽装で動きやすそうであり、巨大な青いリボンを腰に巻いているのを見ると、なんだかもう鎧に見えなかった。
「さて、これで終わり」
巨大な杖を軽々しく回す。
「津波注意報」
巨大な魔力が動いた。
かおりは咄嗟に1発上空へ撃った。
「なにそれ、威嚇のつもり? ダサっ」
次に一回転して、地面に円を書く。
女性の側から大量の水が沸き上がり、それらが巨大な波となりかおりを襲う。
「くっ!」
波を凍らせようと銃を放つが、全てが凍る前に破壊されてしまう。
次にと用意していた地面の円を強く踏み付ける。
すると、かおりを包むような竜巻が立ち上がる。
「甘いんだよ!!」
波は竜巻ごとかおりを飲み込む。
竜巻もはじめは水を弾いていたが、段々と小さくなり最終的には渦巻きと化した。
「墓穴掘ったな! バーカ!」
勝利を確信した。
当たり前である。ただの子どもを殺すことなんてエデレスメゼン軍には朝飯前である。
そんなことは常識であり、誰もが頷く一般教養。
「常識って覆る事が多々あるんだよね」
「っ!! 変われ!」
女性は杖を回すと姿を小さく変えた。
「双輪舞向」
渦巻きの中心にふたつのリングを投げる。
それは水を裂きながら渦の中心へ入る。
そして何度も往復して中央部分を切り刻む。
「そっちじゃない!」
杖が勝手に回転し、大人の女性に変化する。
「遅い!」
ティティは空高くを見る。
魔力を溜めたかおりが銃口をティティに向けた。
「射舞!!」
ショットガンの如く銃弾は散り、ティティの上空を氷の弾で覆いつくした。
「おい、こんなに魔力高いなんて聞いてないぞ!」
杖を振るう線通りに木の盾が現れる。
しかし、先ほどの魔法で魔力があまり無く、頑丈な盾とは言えなかった。
「そんなんじゃムリだよ! あれしかないって! あれやるのかよ! いやなんだよなぁー、っでもそれしかないよ!!」
氷の弾がティティに降り注ぐ。
それは木の盾を蜂の巣にするのに時間は必要無かった。
かおりはその様子を見て深く溜め息を吐く。
一帯の波は収まり、天空の海となっていた。
「移動用の魔法覚えておいてよかった」
ゆっくりと空中から落ちていき、水面を凍らせて立つ。
ようやく自身にかけていた幾重の魔法を解き、くらくらする頭を抱える。
「まだ、倒せたのかは……」
体が思うように動かせない。
「限界ってこういうことを言うのね」
それでも倒れる事はできない。
まだ、アイツは生きているから。
「やっぱり強いね! オバサン!」
殺気を撃ち落とす。
リングはそのまま海中に落ちたと思いきや、水中からかおり目掛けて飛び上がる。
「何度も同じ手は食わない」
リングは勢いが死に、その場に落ちる。
「ほぉ、対魔か」
魔力の増幅にかおりは水面に弾を撃ち凍らせる。
次の瞬間、水が突然噴き上がると壁と化し、半径5mの氷の歪なフィールドに取り残される。
「まぁ、これなら……オバサンでも辛いでしょ!」
まるでふたつの性格を行き来して戦っているようだ。
甚だ恐ろしい相手だ、と水の壁から襲い来るリングを撃ち落としていく。
「ほらほら!」
そこに水のドリルが加わる。
「輪廻舞踏」
リングとドリルの乱攻にかおりは避けるだけで精一杯になる。
時折リングが掠り、ドリルに抉られる。
かおりの体力はもはや限界だった。
「もう、終わりに!! してあげるね!」
水の壁から現れたティティは拳にはめたリングをかおりに突き出す。
「━━待ってた」
にっこりと笑う。
その表情を見た瞬間にティティは絶望した。
「絶対零度」
水の壁は一瞬で氷の壁に変わる。
それと同時に、ティティの体は凍りつきドリルと一体化して身動きが取れなくなっていた。
「はぁ……、はぁ……。見様見真似だけど、凄い疲れるこれ……。あのひと、やっぱりすごいんだなぁ」
氷のステージの上はダイアモンドダストが輝いていた。
「……このまま捕虜でいいのかな? 2人に聞いてからにしようかな」
かおりはその場に座ろうと足の力を抜こうとした瞬間だった。
その、黒い魔力に手をかけられていることに気づいたのは。
「……!!! うそっ!!」