お風呂
槇と康貴は変わらず同じ作業の繰り返し。
康貴はスムーズに割ることができるようになっていた。
一方、槇は未だに苦戦しているようで、5個に1個の確率で成功している。
さすがの槇も焦りを見せ始めていた。
かおりは再び長老の元へ行くと長老は珠をもう4つ用意していた。
かおりはそれを不思議に思うと同時に長老がかおりに気付く。
「おお! 待っておったぞ! 早速じゃが触……」
「だから! やだっていってるでしょうが!」
覚えたばかりの火で丸焦げにする。
「気を取り直して、」
せきばらをして持っている杖で地面を叩く。
すると、『火』『水』『土』『風』のモチーフが書かれている絵がうきあがった。
「午前中にやったことのおさらいじゃ。火は土、土は風、風は水、水は火に強い、右回りの法則をとっていると言ったな」
「それの訓練をさせられたんでしょ。それはもういい」
長老はふむふむと口にすると両手を前に出した。
「それでは次の段階にゆくぞ。いわゆる、上級魔法じゃ」
右手に水の塊、左手に突風の塊を見せる。
「このふたつ合わせるとどうなると思う?」
水と風。
かおりは真剣に考える。
「もしかして、雷?」
「正解じゃ」
両手を合せてふたつをしっかり混ぜる。
すると、それは雷光を見せる。
「ふたつの属性を合わせることでさらに上の力が得られる」
「ってことは、12種類あるってこと?」
「残念ながら、真反対の属性は相性が悪く合わせることができん。隣合ってる4種類しかない」
かおりは見様見真似で雷を使ってみた。
雲と雲の衝突による摩擦によって起こる強力な静電気。
そのことを理解しているため、簡単に雷を起こすことができた。
「うん、できる」
「ふぉっふぉっふぉっ。さすがじゃな」
長老は次に右手に火の玉、左手に土の塊を作り混ぜ合わせる。
「次はこのふたつじゃ。危ないから直ぐに離すんじゃよ」
火が土に吸収されたかと思うと土の塊は内部から赤くなる。
そうなると長老はそれを上空に投げる。
「爆発するからの」
そう言うと、土は爆発する。
かおりは思わず目を閉じた。ある程度離れてはいるがさすがに恐怖を覚えたようだった。
先程と同じように火と土を合わせる。
「多分、土の成分を爆発物にして……」
土の塊を変化させようとするがなかなか上手く行かない。
試行錯誤すると土がいきなり発熱する。
「やばっ!!」
上に投げると長老がやったよりも強力な爆発を起こす。
おかげでかおりは吹き飛び、地面に転がる。
「まぁ、かおりちゃんの場合は苦手な属性になるからの。使いにくいかものぉ」
近くに寄ってきていた長老に手当てされながらの言葉。
さっきの4属性でも土の魔法は苦手だったのだ。
苦手は克服しなければと思うがなかなか難しい話だった。
「次を見せるぞ」
治療が終わったので長老は元の位置へ戻る。
かおりは立ち上がり汚れを叩くと爆発した場所へ戻った。
次に長老は、右手に土の塊、左手に風の玉を作る。
「次は特殊じゃ。なぜそうなるのかはわかっていない」
そう言って合わせると、木の根がうねうねと伸びだした。
「一説によれば、土の養分と空気に含まれる酸素と窒素によって種子を生成・発育させているのではないかとのことじゃ」
聞き流しながら同じようにやると手から真っ直ぐな木が出来た。
「あれ、まっすぐだ。うねうねのほうがよかったな」
「そういうプレ……」
「それ以上言うな」
「は、はい……」
長老は咳払いをして真剣な表情をする。
「残りは火と水だね」
「そうじゃ。これはかおりちゃんが得意とすべき属性じゃ。しっかりと身につけるのじゃぞ」
右手に水の玉、左手に火の玉を出す。
「今度は概念を変える必要があるからの。よく見るのじゃ」
そのふたつを合わせる。
すると水の玉はたちまちに凍った。
「え? 氷!?」
「そうじゃ」
火と水ではむしろ蒸発してしまう。
そう思っていたため、かおりは混乱する。
どういう理屈なのか。
「そもそも火は、そのものに熱を与えることで起こすものじゃ。
その逆はどうすればできるか、わかるな?」
「え? ってことは、火って熱を与えることも奪うこともできるってこと!?」
「うむ」
早速使ってみる。
得意の水系魔法を使い、体の周りに綺麗に舞わせる。
それから熱を奪う。
すると水は氷へと変化し不規則なモチーフへと姿を変えた。
「さすがじゃな。得意なものほど上達がはやいのぉ」
かおりは自分の作り上げた氷を見て、緑髪の女性を思い浮かべた。
「あの人みたい。私が知っている中で最も最強の氷使い。彼女を目指せば、強くなれるのかしら」
作った氷を意識的に砕く。
シャランシャランという音がかおりの集中を戻した。
「それで?」
「これらにも得手不得手がある。同じように右回りの法則じゃ。
氷は爆発に、爆発は木に、木は雷に、雷は氷に強い。
それを踏まえ、今度は8属性の対応をしてもらおうかの」
長老が杖をひと振りすると8つの珠が浮かび、かおりを取り囲むようにして配置された。
「覚えられたかの?」
「体で覚える」
「……よし。始めるぞ」
かおりは片手に銃を持ち、戦闘態勢にはいる。
「いつでもどうぞ!」
珠はかおり目掛けて火を放った。
康貴はお湯から頭を出すと直ぐに振った。
「気持ちぃぃーー!!」
「極楽だな」
槇と康貴が温めたお湯での一番風呂は格別なものであった。
「ってか、かおりがボロボロだったんだけど大丈夫かな? 難しい顔もしてたし」
「オレたちと違って頭使う特訓なんだろ」
「そうなんだけどさ」
「明日はオレ達かもしれねぇぞ。自分のこと考えてようぜ」
「んー、そうだな」
そろそろ沈む太陽。
今日1日の出来事を思い返し、汗を流す。
熱めのお湯が疲れを癒していた。
「ねぇ! まだ!?」
かおりの声に視線を向ける。
「やだ。入りたいなら一緒に入ればいいじゃん」
槇の一言に康貴は吹く。
「バカ! 後がつっかえてるの考えてよね」
「はいはーい」
そう言っても出る気配がなさそうである。
ため息しか出ないかおりは仕方なしに洞穴へ戻った。
そこにいたシフォンを持ち上げ無意識に耳を触る。
「やめろ!」
ドタバタと暴れるがそんなのお構い無しである。
「そういえばシフォンって魔法なんでも使えるよね」
「あ、あたりまえだぜ! ってかやめろ!」
「羨ましいなぁ。まだこっちに来て日が浅いけど、魔法ぐらいなんでも使ってみたいのよねぇ」
今度は肉球を触り始める。
こちらは満更でもないようだ。
「そんなこと気にしなくていいんだぜ。
人には得意があるんだぜ。手先が器用な奴がいれば、力持ちの奴がいる。
それが魔法にもあるんだぜ。
そもそも全属性をある程度使える人間なんてごく一部だぜ。それは、誇ってもいいんだぜ」
「そっかなぁ……」
シフォンが前足でふみふみし始める。
なんだか楽しそうである。
「お、かおりちゃん。まだ汗を流してなかったのか」
そこに長老が戻ってくる。
長老は少し疲れた表情をし、いつもの椅子に座る。
「あの2人がなかなか出なくてね」
「こういうのはレディファーストじゃろうて」
やれやれ、と頭を横に振った。
「お、そうじゃ。あの本、ちゃんと読んだかの?」
かおりは首を傾げた。
「あの本って、わけのわからない絵本みたいなやつ?」
「そうじゃ」
「一応読んだと思うけど、しっかりとは……」
「なら、今のうちに読んでおくのじゃな」
かおりは言われるがまま、本に手を伸ばす。
それによってシフォンからは離れしょんぼりする。
「後ろの方に細かい事が書いておる。聖夜の時の石の並びとかの」
ペラペラめくっていくと確かにそのようなことが書いてあった。
「本当だ」
そこには不思議な絵と文書がいくつかに分かれて書かれていた。
かおりは指差しながらそれを読んでいく。
「石の並び、英雄の3つの武器、伝承のペンダント……。これ、どういうこと……?」
「話せば長くなるのぉ」
「説明してくれない!? ちょっと待ってよ。あの、ペンダントって……」
「書いてある通りじゃ」
「うそ……。なんで……」
かおりは頭を抱えた。尚更、わからなくなったのだ。
あの男の考えていることが。
文章の下の絵にはペンダントを渡した者が地を這っていた。
「英雄は、この世で3人だけ……」
「現英雄はもう察しておるじゃろ?」
「帽子の男、緑髪の女性、魔王」
本を閉じる。
動揺を隠せなかった。
「槇が、後継者……?」
「ペンダントは間違いなく槇を選んだ。だが、英雄の1人はまだ生きておるじゃろ?」
「……ひとり、」
シフォンはかおりの肩に乗る。
「大丈夫だぜ。まだなにも決まっちゃないんだからな」
「そうよね」
背後に人の気配を感じて振り返る。
「いー湯加減だったぁ!」
「あんなに入ってたらゆでたこになっちまうよ」
「お風呂はオレの勝ちだな」
「勝っても嬉しくない」
風呂上りの2人がじゃれ合いながら戻ってきた。
それを確認すると溜め息を吐いて本を置き、立ち上がる。
「よーし! お・ふ・ろ!」
疲労を背負った背伸びをして肩をすっと落とした。
シフォンはかおりの肩から降りて外へ向かうかおりの後を追っていく。
「よし、覗きに行くかの」
「ぶっ殺すぞじじぃ」
お風呂に入ると溜め息を吐く。
体中にある傷や汚れを眺めて、強くなったと自分に言い聞かせている。
お湯は熱いが、心地のよい程度。疲れた体を癒すには適温だった。
「んー、また小さくなった気がするなぁ」
「確かにだぜ」
女性のシンボルがコンプレックスなかおりにとって、さらに劣化していく自分が嫌になる。
「牛乳飲みたいなぁ」
寂しそうに呟くかおりの前を、楽しそうに泳いで横切るシフォン。
「明日も頑張らないとね」
「そうだぜ」
ただただ月が近い。手を伸ばせば手に入りそうなほどに。
あの青い月が変えるべき場所なら、すぐにでも帰れそうだった。
力もついてきた。戦いにも慣れてきた。
それが帰る近道だと信じて、また明日のことを考える。
「もっと強くなれるかなぁ」
「なれるぜ。ボクがいれば」
シフォンの声がいつもより女性のように聞こえた。