特訓
槇が連れられて来たのは湯釜のあるだけの場所であった。
「こ、ここは……?」
「修行場じゃ」
杖で釜の下を指す。
そこには大量の薪が綺麗に積まれていた。
「あの薪を釜の下にくべて火をつけるのじゃ」
「ちょっと待ってくれ。修行なのかそれ?」
「ふぉっふぉっふぉっ。お主は剣術の前にその膨大な魔力の制御が必要じゃ」
「いやいやいや、もう使いこなしてっから」
そう言う長老の杖は槇の左肩をつついた。
「いっっ!!!」
「何をゆーておるのかの。自分の炎で火傷しとるくせに」
「……バレてたのかよ」
「なんでもお見通しじゃ」
槇は諦めて薪のそばによる。
「お湯温めりゃいいんだよな」
「そうじゃ」
「直ぐ終わらすから剣術教えろよ」
「終われば良いがな。ふぉっふぉっふぉっ」
槇は今ある薪を隙間なくくべ、燃やそうと念じる。
しかし、燃える気配がない。
「あれ……」
「お主は火と言うものを知らんのかの」
「知ってるよ。物が燃える現象だろ」
「では、どうすれば火がつくのかのぉ」
「どうすればって……」
槇は考えた。
隙間なくくべてある薪を見て、何がいけないのかを。
その答えはすぐに出た。
「そういや、テオが触媒とか言ってたな。ってことは……」
くべた薪を抜き出す。
「ふぉっふぉっ。こりゃ、本当に剣術にいけそうじゃの」
半分ぐらいにするともう一度、燃えるよう念じた。
しかし、パチパチ、と音を上げるだけで火が出ない。
「くそっ……。キャンプで火をつけるときは……。これはどうだ」
もう1度、念じる。
またパチパチと音がなると、槇は息を吹く。
すると、微風が槇を撫でる。
「ほぉ、風を使うか」
槇は風を起こし、薪に空気を送る。
すると薪は赤く光り始める。
「もう……少しっ!」
薪から煙りが上がる。
間違いなくもう少しだった。
「うぅ……くそっ」
しかし、なかなか火が出ない。
ただ煙りが出るだけ。
「こうなったら……」
辛くなってきたため、少し力を強めた。
瞬間だった。
「っ!!!」
薪が一瞬のうちに燃え上がり火柱を上げる。
火柱が消えると、中の薪は全て灰と化した。
「……うそだろ」
「制御しようとしたのかもしれんが、これが現実じゃ」
そう言って長老は槇に水をかけた。
「燃えとったぞ」
薪をひとつ拾って、簡単に火をつける。
「ほれ、こんな感じじゃ」
どうすればいいかわからない。
そんな表情を浮かべた。
「燃やすのではない。火を与えるのじゃ」
そう言って火のついた薪を釜に入れた。
「まぁ、後は慣れじゃな」
「やってやろうじゃんか」
槇は薪を手に取り、同じように火をつけようと念を送る。
そんな上手く行くはずもなく、また燃え上がり消えた。
長老はそれを見て洞穴へ戻る。
「うわ、来た……」
既に起きていたかおりが長老に気づくと嫌な顔をする。
「まぁ、そんな顔をするでない。いっぺん触らせてくれれば」
「まだ言うかこの、老害が」
長老の顔に深く突き刺さる拳。
「まぁ、冗談はこれくらいにして、修行でもするかの」
「わかってるわよ。はやくその場所に連れていきなさい」
顔が潰れたまま、次の目的地まで向かう。
着いたのは、凹凸のない広場だった。
「ここで、魔法についての知識をしっかりと持ってもらおうかの」
「魔法の知識? 火が水に弱いみたいな?」
「そうじゃ。それじゃ。ここからちーとばかし長くなるからの。辛抱して聞いておくれ」
長老は杖で地面を突くと、空にスクリーンが出来た。
スクリーンには4つの絵が現れる。
「世界には4つの源から出来ていると考えられておる。
上から右回りに『火』『土』『風』『水』じゃ」
それらは綺麗に円を描く。
「この4つは得手不得手がある。
お主が申したように、『火』は『水』に弱く、逆に『土』には強い。
その『土』は『風』に強い。
さらに『風』は『水』に強い。
こういった、右回りの法則が採用されておる」
へぇっと呟く。
何となくわかっていたが、改めて言われると難しいものである。
「先ずはこれらを瞬時に判断して、戦闘に活かしてもらう。そんな特訓をお主にしてもらおうと思っとる。理解出来たかの?」
「うん、とりあえず大丈夫。やらせて」
「おっほっほ。では、これから無造作に魔法がお主を襲う。それに対する魔法でそれをかき消すのじゃ。今日1日はそれだけでいこうかの」
「おっけー」
かおりはウォーミングアップに、『火』『水』『土』『風』の魔法をそれぞれ使う。
その具合を確認して銃を取り出した。
「いつでもどうぞ」
「それじゃ、始めるぞい」
ここぞとばかりに魔力を高め、4つの珠を創り出す。
珠は宙に浮き、かおりを取り囲む様に配置された。
かおりは熱さに後ろを振り返る。
珠が炎を吐き、かおりに迫り来る。
冷静にトリガーを引き、水の弾を連射する。
炎は煙を上げ消えていく。
小さく喜ぶ。
その喜びも刹那のものだった。
背中に鈍痛。
気がつけば前に飛ばされている。
直ぐに振り返ると、珠から土のハンマーが出ていた。
すぐさま火の弾を放つと、ハンマーは粉々に砕けていく。
立ち上がろうとすると、強風が右から襲う。
地面に這いつくばうがあまりの強さに吹き飛んでしまう。
地面に背中を打ち付けると、そこで待ち伏せていた珠がかおりを水浸しにした。
「まだまだじゃのお。隙が多すぎる」
「ごめんなさい。またお願い」
ゆっくりと立ち上がる。
濡鼠のような姿だが、その研ぎ澄まされた目は、本気の証だった。
「このテンポでゆくからの。10分堪えれたら次のステップじゃな」
かおりは小さく頷くともう一度銃をしっかり握る。
「それじゃぁ、始めるぞ」
再び珠たちは、かおりに牙を向けた。
康貴はまだ大いびきをかいて寝ていた。
外で大きな音がなろうとも一向に目を覚ますと気配がなかった。
「全く、これじゃぁ修行とか以前の問題だ」
長老に頼まれて、康貴を起こしに来たかめ吉は溜息と共に安らかな寝顔をマジマジと見た。
「まぁ、長老も言ってたしな。物凄い魔力あるけど、浪費の激しい戦い方するから、寝たら起きないって」
ぺちょぺちょと音を立てながら近寄る。
「まぁ、起こす役目を担ったんだから、しっかりやらせてもらうじゃい!」
かめ吉は象のような足で康貴の頭を踏む。
「100万トンプレス!!」
康貴の寝ていた場所はかめ吉によって陥没した。
そこには康貴の姿がなく、かめ吉は殺気のする方を見た。
「か、かめきちじゃねぇか!」
「よしじゃい!」
「いきなりなんだよ! 死ぬかと思ったぞ」
「殺す気だったじゃい」
かめ吉はブホブホと笑う。
その笑い声に康貴は気持ち悪さを感じた。
「そんなことより、訓練じゃい。他のふたりはもう始めとるんじゃい」
「マジかよ! 連れてってくれ!」
「よしじゃい!」
かめ吉はぺたぺたと康貴の先導をする。
康貴はまだ眠いのか半目状態であった。
康貴の訓練所は直ぐそこであった。
「ここじゃい」
そこは大きな釜戸があり、周りには丸太が多く転がっていた。
そして、鼻を刺すような焦げ臭いにおいと埃が立ち込めていた。
その原因は一目瞭然であった。
「槇、おはよう」
「お、おぉ」
疲労困憊の表情の槇。
その手には薪を持っていた。
「なにやってんだ?」
槇は康貴を一瞥して、念じるように目を閉じる。
すると薪は煙を上げる。
更に念じると、薪の1部分が赤い色を放つ。
「成功するかな?」
かめ吉の言葉に康貴は頭を傾けた。
薪から温かな炎が上がる。
一瞬で消えることなく、燃え上がった。
「よっしゃ!!!」
槇がガラにもなく叫ぶ。
康貴はよくわからないが拍手を送る。
「あー、もうダメ」
火のついた薪を釜戸に入れると、倒れる様に地面に寝た。
「少し休んでくれ。もう薪もないしな」
「そうさせてもらうよ」
かめ吉の言葉に目を瞑る槇。
「康貴! こっちじゃい!」
槇の近くにある切り株と丸太と斧がある場所であった。
「おう!」
駆け寄り、斧を手に取った。
「長老からの伝言じゃい。ここにある丸太を全部燃えやすい大きさにカットするんじゃい!」
「……え? それだけ?」
「それだけじゃい」
「もっとなんかないの? キメラと戦うとか、魔法を避けまくるとか、もっとこう激しいヤツ」
「ないんじゃい」
康貴はなにか物足りないといった顔を見せる。
「とにかくやればわかるんじゃい!」
「わかったよ! やるよ!」
徐ろに丸太を取って、切り株に立てる。
そして狙いを定めて斧を振り下ろす。
ガイン!
斧を伝う振動が康貴を痺れさせた。
丸太は全く切れておらず、傷さえつかない。
「硬っ!」
かめ吉はそれを見て助言する。
「言われたことはないか? 力だけで降るなって。もっと体全体で振れって」
その言葉に康貴は過去を思い起こす。
ダグラスとか言う人が、そう言っていた事を思い出し奥歯を噛み締めた。
「それを身に付ける為の修行じゃい。それができなきゃこの丸太、傷もつかんのじゃい」
あれからなにも変わっていない。
そう言われているようなものだった。
槇やかおりはどんどん強くなっているのに、そう思うと焦りを感じた。
「まぁ、今日はそれだけじゃい。ゆっくり、その感覚を覚えるのじゃい」
「うおおおお!!」
康貴は力任せに斧を振り下ろす。
ガイン!
鋼鉄のような丸太に斧は跳ね返された。
「くそっ……」
もう一度、もう一度……、
やってもやっても傷さえつかない丸太。
その代わりに、康貴の体力と握力は酷く消耗していく。
その騒がしさに目を覚ました槇。
その様子を見て何かもの言いたげな顔をする。
「なにか言わんのか?」
かめ吉はそう問う。
槇は立ち上がり溜め息を吐いた。
「オレからなに言ったって聞かねぇよ。それに、オレから助言入れられたら、くそ悔しいと思うし」
「それも、スパイスだと思うが、まぁ好きにするじゃい」
かめ吉はその場から離れる。
「おい、オレは何すればいいんだ?」
かめ吉はのそっと振り返る。
「長老から聞いてないか? その釜の水を温めるのが試練じゃい」
「いや、だってよ、薪ねぇし」
「それを待つのも訓練じゃい。火をつけるだけであんだけ消耗したんだから黙って待ってるんじゃい」
「……わかったよ」
槇は苛立った表情をするが、大人しくその場に座る。
今度こそかめ吉はどこかへ向かった。
槇はがむしゃらに斧を降る康貴を見て、溜め息を吐く。
永遠に終わらない、そんな風に見えたのだ。
しかし、助言なんてしたもんにはケンカになってそれこそ特訓どころではなくなる。
どうしようか悩んでいる時だった。
スパン!
斧が丸太を真っ二つにしたのは。
「そうそう。これこれ」
独り言を呟いて半分の丸太をもう一度半分に切る。
それでやっと火がつけられるのに適した大きさになった。
槇は内心驚いた。
あのバカが、そんな繊細なことができるのかと。
切られた丸太が槇の目の前に投げられた。
「待たせた」
「ホントだ。練習になんないかと思ったぜ」
槇は薪を手に取りさっきと同じように火をつけようとする。
しかし、今度は火が一気に上がり、炭と化した。
「おいおい。せっかく切ったんだからしっかりやってくれよな」
「うるせぇ。待たせるから感覚忘れただろうが」
「人のせいにするのかよ!?」
「あぁ、そうだ」
「てめぇな!」
「あ!? なんだ!?」
「うるさい!!」
2人の頭から大量の水が降りかかる。
ずぶ濡れの2人は声の主の方を見る。
それはずぶ濡れで、泥だらけで、傷だらけのかおりだった。
「かおり!」
「ケンカするならご飯にするわよ!」
2人はきょとんとした。
康貴の腹の虫が鳴くと槇も空腹感を覚える。
「めっしだー!」
「そうだな」
3人横に並び、各々がやっている事を話し合う。
全員まだまだのようだった。
槇はやけど、
かおりは身のボロボロさ、
康貴は手の痺れ、
それぞれが傷を負いながら、それでも続く特訓。
和気あいあいとした雰囲気で長老の家である、洞穴へ戻るのであった。