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銃の意味



 無音が制するよりも、虚しさが制するよりも、彼女のひと言がかおりの脳内を制した。


 康貴も、槇も、こうして盾になってくれた。

 もはや死という言葉が似合う状態で……。



「助けなきゃ……」



 ボロボロの体にムチを打ち立ち上がる。

 1番近い槇に近づき溶けそうにない氷に触れる。

 残り少ない体力で氷を溶かす。


 氷が溶け水となりそして蒸気となって辺りを燻らす。


 こんな状態でさえなければ、文句のひとつやふたつ考えていたのに、そんな気になれなかった。

 やり場のない敗北感を胸に抱き、ゆっくり流れる空を見た。



「足引っ張ってるなんて……。気づかなかった」



 康貴が放った斧。

 あれはノーコンだったのではなく、突進するかおりの先の爪に気づいて止めたものだった。



「今更気づいたって……」



 軍師。策士。兵家。



 そうあるべき自分の不甲斐なさに、自信を全て失った。



私、……駒になってた方がいいのかな」



 森のざわめきに欠き消されるその言葉に解答を出したのは、ようやく顔が解凍された槇であった。



「お前がそんな細かいことで困ってたら、駒だったオレらは何を信じてマスを踏めばいい?」



 単純明快だった。

 あまりに下らなすぎてかおりは噴いてしまった。



「なに、そのオヤジギャグ。まだ脳みそ凍ってんじゃない」

「お前の気持ちの方が滞ってて気持ち悪いわ」



 元に戻った剣を鞘にしまいながらかおりに近づき、おもむろにかおりの髪を激しく乱す。



「な、なにすんのよ!」



 かおりは一歩後ろに下がり、顔を真っ赤にして怒鳴る。

 それを愉快そうに指差す槇。



「もぉー! バカ槇!」



 プイッと頬を膨らませる。

 それを指で潰される。



「なんなのよ!」

「その方がいいよ」

「へ?」



 不意の真面目な顔。

 ざわめいてた森が、一斉に黙ると共に、激しく鼓動するかおりの心臓の音が聞こえ始めた。



「かおりは、オレが好きなかおりは、そうやって笑って、泣いて、怒って、それでいて、総て、全てを統制指揮して、一緒にこうやってふざけてるかおりだよ」



 かおりの思考回路は、熱を溜めすぎオーバーヒートを起こし、真っ白になっていた。



「だから、最後もしっかりやろうぜ。帰還命令を」

「……その前にさ、」



 かおりは自分が何を思ってそう言ったのかわからなかった。



「あのさ、私さ、」



 今、ものすごい言葉が、喉から出ようとしていた。

 でも、止められない。

 なぜかわからないけど。

 もう一人のかおりはそれを言おうとしていた。



「実はさ、」

「なんだよ」

「槇のこと、だいす……」

「あーーぁ。よく寝た」



 かおりの言葉は、康貴の欠伸によって相殺された。



「あぁれ? 緑髪の人は?」



 シフォンによっていつの間にか解凍されていた康貴はキョロキョロ見回す。

 最高に台無しだった。



「もぅ……。帰るわよ!!」



 かおりはまた頬を膨らませ、2人に背を向けて歩き出した。



「あれ? かおりなんで怒ってんの?」



 康貴は首を傾げた。

 槇は溜め息を吐いて、半解凍の足を動かし帰途へつく。



 帰り道。

 深い木々の間を潜りながら、シフォンの案内でマールへ向かっていた。

 会話もなく、むしろ険悪なムードが漂う。



 空気の流れが変わる。

 暗天で陰湿な空気から、煌びやかで清涼感のある春の風がかおりの花をくすぐる。



「なんだろう」



 ひとり足早に道を外れた。



「どうしたの?」

「ったく、どこ行くんだよ」



 2人はかおりの後を追う。



「えっ?」

「なんだここ」



 森を抜けた。

 そして光が広がった。


 出た場所は広大で色とりどりの花が咲き乱れている、森の楽園であった。

 そこでは、肉草食動物たちが食物連鎖に関わらず、仲良く、安らぎを求めて集まっているようだった。



「スゴいな」



 康貴がポロッと言葉を零す。



「ホントね。なんか、」



 言葉にならない感覚。

 直接感情に流れ込んでいた。


 かおりはゆっくり花畑の中を進んで行く。


 かおりの存在に気付いた動物が立ち上がって寄っていった。

 甘えるように体を当てる動物たち。

 そのうちの一匹がかおりの服を引っ張り、唯一の木の下へ連れていかれる。



「お墓……」



 木の下にたったひとつの墓石が、ひっそりと立っていた。

 その墓石には読めない文字で何かが書いてあった。



『最愛なる者。ここに眠らん』



 かおりはそれの一番上の部分を詠み、そして、そこに眠っている者に黙祷した。



「こんなところに? 誰が?」



 ゆっくり歩いていた槇が呟いた。



「誰なんだろう? きっと優しい人だよね」



 かおりは書いてある文字を詠んでいくと引っ掛かる言葉を見つけた。



『罪深き子羊に罰を与えたまえ』



「オレたちか?」

「でも、前の文章から私たちを思わせる言葉なんか書いてないわよ。書いた人が自分を恨んでいるかのような言葉なら詠みとれるけど」



 よくわからなかった。

 ただ2人はなんとなく、緑髪の女性が、2人を撃った、緑髪の女性が、この墓石を造ったのではないかと思った。



「きゃ!」



 急に叫ぶかおりを見る槇。

 かおりの頭には色とりどりの花で作られたわっかが乗っていた。



「やっぱカワイイ」

「なにすんのよ康貴!」

「似合うじゃん」

「へ?」



 珍しく槇と康貴の意見が合致した。

 顔を赤らめる。



「康貴……ありがとう」

「どういたしまして」



 輝く康貴の笑顔。

 クールに清ましている槇。

 3人でいるほうが楽しいのに、なぜか、かおりの気持ちが揺れ始めた。


 いや、3人でいるから楽しい。

 だから、天秤が釣り合いを持って、ゆらゆらと上下に揺れていた。



「どうでもいいけどあれなに?」



 康貴が指差した先には、そこだけ花が咲いていない、土が剥き出ている場所であった。



「地面だろ」



 当たり前のごとく槇は答えた。



「ちげぇよ」



 康貴はその土部分に近寄り掘り出した。

 が、そこは墓石に近いのだ。



「やめろよ!」



 槇が止めにかかった。

 が、槇もそれを見て固まる。



「これ、あれだよな」

「あぁ。あの時の」



 銃であった。

 そう、テオとミーを貫いた、あの銃である。



「まだ使えそうだな」



 康貴はそれを拾い上げ、付いている土を払った。



「撃てないんだけど」



 それと同時にトリガーを引いているがなにも起こらないらしい。



「かおりなら撃てるんじゃん? ほら、弓の時も出来たし」



 と言って手渡す。

 困るに決まっていた。

 どこに向けていいかわからず、取り合えず空目掛けてトリガーを引いてみた。


 ドン!


 心臓に響く爆裂音。

 近くにいた動物たちは銃声から逃げる。



「やっぱりね」



 康貴は埋まっていたもう1つもかおりに渡した。



「これで、戦えるね」



 いまだに驚きを隠せないかおり。

 それでも嬉しかった。

 まだ、2人に信頼されている。


 ただ、おかしかった。

 驚き過ぎて、おかしな事に気づかなかった。

 根本的なおかしな事に。



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