生かされてる意味
「そんなんじゃない」
槇の言葉にインリードは静かに口を閉じた。
「オレは、2人を殺したいなんて思わない。こんなところに引きこもってる理由にもいかないのもわかってる」
「なら、なんでここにいる?」
「……」
一瞬頭に過ぎる惨劇。
淀んだ血の臭い、倒れたくなるような心臓の鼓動、脳みそを掻き回されてるような耳鳴り。
全てが再現されればまた彼は死ぬだろう。
「また目の前で誰かが死んだら、オレもう……」
「だったら、戦え。生かされてる意味を考えろ。この場で苦しんで悩んでいる時を幸せに感じろ」
インリードは槇に剣を投げる。
「あの子はもうそんなことも出来ないんだ」
部屋から出ていく。
その足音は槇の泣く声を消すには小さすぎた。
*
「かおり、槇むかえに行こっか」
「……」
視線をそらすかおり。
会いたくなかった。どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
失望している。
期待してる。
気持ちの整理。そんなことうまくできるわけなかった。
そんなとき、大きめの蜘蛛が康貴の肩めがけて、つーっと落ちてきた。
ちょっとしたトラウマにかおりは薙刀で蜘蛛を突き刺す。
「うわっ! なにすんだよ!」
「ごめん。蜘蛛が……」
急に康貴はかおりのなぎなたを奪い取り、かおりの顔の横ギリギリに突く。
「な、……なに!?」
かおりの瞳孔が開いた。
痺れる空気。
何が起こっているのかわからない。
それが尚更、不安を煽った。
「かおり、動かないでね」
薙刀はかおりの背後から氷に包まれていく。
康貴の手に氷が届こうした瞬間、康貴はかおりを蹴飛ばす。
かおりはステージギリギリで止まるとすぐに康貴を見た。
「こぅ…………きっ!!!」
そこには氷のアートのような、最早美しい部類にはいる氷像が出来上がっていた。
康貴は全身凍らされたのだ。
なぎなたの切っ先には、緑のお下げ髪の女性が左手を前に出していた。
「君じゃないんだよ。だから奪ったんだと思うけど」
女性はサファイアブルーに光る目だけをかおりに向けた。
「あなたはあの人と同じなのね」
その目はとても悲しそうであった。
誰かを思うように。
それを確認した瞬間、肩にナイフが血を帯びて突き刺さっていた。
もう1人いる……。
「チェックメイト。出来てないわ。切り捨てのポーンを倒しただけでそんなに喜ぶものではないわ」
左腕に、右腕に、右太ももに、左脹ら脛に、腹部に、数えきれない型の違う刃がかおりを貫く。
「教えてあげる。異端者のなれの果てを」
女性はまず、なぎなたを蹴る。
それは粉々に、跡形もなく、砕け散った。
「これをこの子にやったらどうなるかわかる?」
「……い……や」
また一本、かおりに突き刺さる。
「いや? あなたたちに権利はないわ」
女性は康貴にゆっくりと近づいていく。
「ほら、私と遊びなさい。じゃなきゃこの子、殺しちゃうから。早く出てきなさい。……シンくん」
次の瞬間には、かおりの背後にいたもう1人の女性は緑髪の女性の方に飛ばされていた。
かおりに突き刺さっている刃を素早く抜き去り、かおりの前に立つ。
「すまん。遅くなった」
剣を鞘から抜くその姿は間違いなく、槇であった。
「ちょっと待っててくれな。軽く蹴散らしちまうから。話しは後でしよう」
槇は鞘を腰から抜き、左手に持った。
「絶対に死なないでね」
「……当たり前だ」
槇は地面を蹴る。
槇は緑髪の女性目掛け、剣を向けた。
緑髪の女性を護るように、満面の笑みを振り撒く短髪の少女があらわれ、両手に持っている小さなリング状の刃で止められる。
「お兄ちゃん、覚醒してるんでしょ? 遊んでよ」
精一杯力を入れているが、微動打にしない。
「やーなこった。さっさと帰って寝たいんだよ」
槇は自ら離れて、体勢を整えようとした瞬間だった。
リングが槇の右足を抉った。
思わず膝をつく槇。
リングはブーメランのように綺麗に持ち主の所まで戻る。
「あっははは。カワイイ!」
そのリングを正確に取り、人差し指でグルグル回す。
「ねぇ、あれ私のお人形にしていい?」
「好きにしなさい」
「やった」
槇が立ち上がり、相手を確認した時には、その女性には不可思議な黒紫のオーラを放っていた。
「おいおい。マジかよ」
槇は咄嗟に身に着けている、帽子の男から貰った、金の羽根の形が入っているネックレスを握った。
『あーゆーれでぃ?』
「は?」
脳内で響いたその声と共に槇の持ってる剣が炎を上げ、その形を変えた。
灼熱を放つ黒刀。
鍔には炎の紋様が描かれている。
「っ!! デュランダル……!!?」
緑髪の女性はそれを見て名を知っているかのように呟く。
「ティティ! 撤退するわよ」
「やだ!」
ティティと呼ばれたリングの少女は槇に向けてリングを投げた。
『使い方は、多分知ってるんじゃないかな?』
槇は形の変わった剣を一振りする。
すると熱波が鎌鼬のようにリングを弾き返し、ティティを斬りつける。
「痛いなぁ」
ティティは地面に手をつく。
槇は咄嗟に空中に飛ぶ。
地面から無数の刃が出る。
「まだまだ!」
次は空からだった。
ティティが空に手を向けると無数の槍が降ってきて槇をかすっていく。
「へい!」
トドメと言わんばかりに真っ黒の巨大な槍を投げるティティ。
判断が遅れた槇に、それは腹部を貫通する。
「弾けちゃえ」
槍は爆発する。
黒煙が槇を包んだ。
「あはは。壊れちゃったよ!」
黒煙が消えた後には、槇の姿が跡形もなかった微塵も残っていなかった。
氷ついている康貴。
キズだらけのかおり。
敗北した槇。
全ての結果が絶望を示す。
「……ふぅ。さて、ティティ」
「女の子殺していい?」
「だめよ」
「えぇー」
ゆっくりとかおりに近づくティティ。
「私よりカワイイと、惨く汚したいのよね」
何も無い場所から手品のようにリングを取りだし、終始全てを見ていたかおりを見下す。
「ね、いいでしょ?」
可愛く笑う。
むしろそれが怖かった。
「まぁ、いいわ。好きにしなさい」
それを聞いたティティは、リングをかおりの耳に当てた。
「やった。先ず、ここからね」
「あなたの負けよ」
かおりの頬が上がった。
「ん? そんなわけないじゃん。見てみなよ。圧倒的な差。悪あがきもよして私のオモチャになりなよ」
「たしかに悪あがきはやりたくないな」
その声はティティの背後で呟かれた。
「……なんで? 壊れちゃったんじゃ?」
「なんでって……、そんなのあの世で考えな」
槇がティティの胸部にデュランダルを突き刺し、そこからは火が燃え広がろうとしていた。
「まぁ、お前なんて塵になっても邪魔だけどな」
火が一気にティティを覆う。
悲鳴を上げながら地面を転がり回る。
「苦しんで死ね」
悲鳴さえなくなり始めた瞬間だった。
ティティが氷に包まれたのは。
「予想外だったわ」
次の瞬間、槇の頬を緑髪の女性が触れた。
「まさか、それさえもあなたに与えるなんて」
槇はその首目掛けて剣を振る。
斬れた。
と思ったのは一瞬だった。
剣が届かなかった。
「ムダよ。私にあなたの攻撃は当たらない」
剣がかすった首元辺りに、槇がしているまったく同じそれがキラリと光った。
「今回は退いて上げる」
女性が触れている頬から凍っていく。
「次は、きっと……」
まったく身動きが出来ないまま槇も氷付けになる。
「かおりさん。あなたは足手まといになってるわね」
緑髪の女性はそう言い残し、強風と共にティティを連れ消えていった。
その場に、なにも残さず消えていった。