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あの時の……







 讃夜まで残り72日。


 天を見上げると紅と蒼の月が互いに抱き合い、そこへ繋がっている様にかかる天の河。陰影がくっきりとしたコントラストからは想像もできないほどに奥行がある。

 それは嫌というほど綺麗な夜空だった。


 次へ向かわなければ、と踏み出した。

 寂しい足音が船と陸地の間に鳴り響いた。


 船、キュベレイは夜のゲゼアルにたどり着いた。

 黒船が来航したような静けさに慣れていた2人は、地上を3歩進んで踵を返した。



「ここまで、ありがとう」

「いやいや、いいってことよ」



 振り返った先にいたインリードに別れの挨拶をする康貴。

 その表情はどことなく憂いを帯びていた。



「あ、それと……」

「槇くんの事かい? 大丈夫だよ。当分はここに停泊する予定だったしな」



 康貴は小さく頷いた。


 あの一件からかおりの様子もおかしかった。

 食事は喉を通らない様で、ほとんど食べず、毎日欠かさなかった弓の練習も最近では引きこもりがち。


 そんな暗い顔のかおりを康貴はただ見守ることしかできなかった。



「これ、渡しといて」



 俯き低くそう言いながら、かおりはインリードにあのペンダントを差し出す。

 それを一瞥し、かおりの表情を伺う。

 何かを察しインリードはなにも語らず、それを受け取った。



「じゃ、旅、気を付けて」



 2人は歩き出す。

 次の宝珠がある、マール付近のあの森へ。


 始まりの森へと誘われるように向う。


 振り返るとインリードが手を振っていた。

 それを律儀に返す康貴。

 後ろを振り返らないかおり。



 夜通し無言で歩き続け、やっとマールに着いたのが翌朝。



 讃夜まで71日。


 早朝だったが、パンの芳ばしいかおりに引き寄せられる人、仕入れ中のセリ場に集う強者、魚の解体ショーでもやっているかのような魚屋、町は賑やかで忙しなく人が行き来していた。


 それを見てかおりはあの2人の事を思い出した。

 この場で出会った盗っ人の事を……。



「ねぇ、あそこ寄ろう」



 呟き歩き出すかおりに康貴は頷き人混みを掻き分けていく。

 あの時の様に……。


 賑やかな街並みも、裏に入れば嘘のように無くなる小道。

 そのさらに裏の裏にあるさびれたドア。

 何も変わっていないそれを開けて中に入る。


 相変わらず、埃っぽく、ジメジメし、薄暗い。

 本当だったら、ろうそくの灯りぐらいは点いているはずだった。

 かおりはムダに広い空間に街で買った花を置いた。


 そして、両手を合わせ目をつむる。

 するとあの2人が笑顔で迎え入れてくれているような、そんな映像が瞼の裏に映った。



「行こう……」



 瞼を開けて、この場を一足先に出るかおり。

 そして、正門へ向かって歩く。


 また、人混みを分けて進む。

 その途中で大きな十字架を背負った大きな家を見つけた。

 あの2人の墓はきっとないのだろう。

 どこにも。


 無惨な形でそこら辺に捨てられたに決まっていた。

 今なら助けられるかもしれない。

 そう思うと、虚しいだけだった。



「かおり、平気?」

「う、うん」



 正門を出た。

 目指すは目の前にある、広大な森。

 森の入り口で偵察に行ったシフォンと合流の予定である。

 なのでまずはシフォンを探すところから始める。


 森の入口は多く、それをしらみつぶしに探す。

 マールに1番近い入口だったら楽なのだが、五宝珠が近い入口でないと迷う危険があると、シフォンの提案だった。



「ここだぞ!」



 やっとのことでシフォンを発見した。



「待ちわびたぞ」



 康貴が適当に進み、道に迷っていた。

 それを知ってかシフォンにでさえ溜め息を吐かれる。



「時間がないぞ」

「ん? まだ70日あるぜ」



 康貴はことの重大さがわかってなかった。



「宝珠を全部集めるのに目標は40日。すでに9日経ってまだ2つ。明らかに遅れてんだぜ」

「なんでそんなはやく集めなきゃダメなんだよ? 讃夜に間に合えばいいんだろ?」



 かおりは暗い視線を康貴に向けた。



「あんた、あの『魔王』に勝てる自信があるわけ?」



 ギクっとあからさまにビックリしたような行動をとる。



「あんなイカ倒せない私たちが、イカを倒した槇を戦意喪失させた、あの黒甲冑の相手ができる?」



 無理に決まっていた。

 槇がいないこのパーティにバトルを切り抜けられる程の力はない。

 ゴミの集団に等しかった。

 そのゴミの中でも、再利用やリサイクル出来ない康貴に、『魔王』どころか、この森の主なんか倒せるはずがなかった。



「シフォン、今回の目標は?」



 かおりの言葉に唸りを上げるシフォン。



「わからないんだよ。あんのーんって感じ。いる場所はわかるんだけど」



 この時点でイカより強いのは明白だった。



「取り合えず案内して」



 きっと木のお化けか、キノコのお化けとかそこら辺の類いだろう。

 かおりはそう踏んでシフォンに着いていこうとした瞬間だった。

 目の前にいたはずのシフォンが消えた。否。



「たーすーけーてー」



 声がデクレッシェンドの様に遠ざかっていく。

 声の発信場所はどうやら木を飛び移りながら森の奥へ進んでいる蜘蛛のお化けからだ。



「最初っからクライマックだぜ!」

「なにそれ? 面白くないんですけど。それともカッコいいとか思ってんの? そういうのに浸るのも良いけど、現実に目を向けたほうがいいと思うよ康貴くん」



 戦闘前に味方に戦意を喪失させられる康貴。



「なに地面とお友だちしてんの? なに? 交尾? はしたないから私の見えないところでやって」



 ただ落ち込んでいただけなのに、その行動さえ貶される。



「いつまでそうしてんの? さっさと追っかけるわよ。康貴くんより役に立つシフォンがさらわれちゃったんだから助けなきゃ」



   もう、立ち直らなくていいかな……。



 康貴はそう胸に語りつつ、走るかおりが追う、蜘蛛のお化けを追う。

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