率直な優しさ
「ねぇ……、槇」
ゆっくりと揺れる船。波の音は優しさを孕み、揺りかごの中で各々疲弊した体を休めていた。
悲劇の日から2日経った。
島を離れ次の目的地へ向う船の中、かおりはひとり、開かないドアに話しかけた。
「なんだよ……。……ほっといてくれよ」
ボロい木製のドア越しに聞こえる声は、あの堂々とした、どこか腑抜けている、独特なしゃべり方なんて消え、情けない、泣き枯れた声であった。
「ゴハンだよ。いい加減食べてよ」
かおりが持っているこれまた木製のトレーには、パンが2つと湯気が出ているクリームシチューが乗っていた。
「いらない」
かおりは悔しくて奥歯を噛んだ。
ドアには鍵はついていないが、何故だか開かない。
このドアを壊してでも、あの面を見たかった。
それが出来たら、もうしている。
かおりは床にトレーを置き、もとから置いてあったトレーを持ち上げた。
冷めきったポトフとパン。
一口もかじられてないし飲まれていない。
「いい加減食べないと死んじゃうよ」
もう泣きそうだった。
「死ねるなら死んでやるよ」
後悔を後悔して、絶望に絶望し、悲しみに泣く。
あの時、魔が射したとはいえ、
死んじゃえばいいのに
天罰だ。
自分が招いた、分岐ルート。
バッドエンド直行フラグ。
このまま船が沈むか、自身が暴走して皆殺しか。
あまりにこの場は負に電化しており、不安定過ぎた。
「……槇、……一緒に帰ろ」
しばらく声が帰って来なかった。
もう、今日は終わりかもしれない。
そう思ってドアに背中を向けた。
「……帰れない」
聞きたくない言葉が帰ってきた。
槇の鼻をすする音がし、言葉を続けた。
「汚れすぎたよ。何人の人を殺した? 犯罪者だよ。はは、……帰っても捕まるんじゃないか? そのまま死刑で、……どっち道死ぬならここで、あの小島で、……アイツがいるあそこで死にたかった」
冷たいポトフに涙が入った。
「………………………………………………あっそ」
ぼそっと呟き、俯いたまま、その場を足早に離れる。
「死ぬなら死ねばいい。死ねばいい……。死ねば……いい」
ガシャン!
階段に気づかずに、それにつまずき転ける。
それと共に食器が飛び、地面に落ちて割れた。
「もう死んじゃえよ! 知らない!」
「かおり……」
背後には康貴が立っていた。
かおりが心配すぎて、少し追っていたのだ。
「康貴。私なんか必要ないんだよね。槇は私よりあの子が必要なんだよね。あの子の代わりに私が、私がいなくなれば、あんな風にならなかったんだよね。私なんか必要ないんだよね」
康貴はかおりの口を塞ぐように顔を自身に向けて抱きついた。
「そんなことない……。そんなことない!」
「でも槇は!」
「オレじゃダメなのか? オレが必要なだけじゃダメなのか? やっぱり、アイツがいいのか?」
回している腕に力をいれる。
「オレはアイツよりバカだよ。バカが嫌いなのは知ってるよ。でも、人間としては腐ってないつもりだよ。あんなのと一緒にいると、かおりまで腐る」
「もう、朽ちてボロボロだよ」
「そんなことない。まだ、大丈夫だから。みんなで帰ろう。槇も、かおりも。みんなで帰るんだ」
かおりは弱りすぎていた。
そこに、策略のない優しさが妙に居心地よく、それでいて、自分の理想を共に持っている康貴に信用を見た。
なにか、吹っ切れる音がした。