漆黒の重鎧
「ちょっと油断した」
キエリアは身軽に着地し、サイスを持ち直した。
槇は叫ぶのを止め、キエリアを睨む。
その瞳は、紅く染まっていた。
「許さねぇ」
「まずはお前からだ!」
キエリアは地面を蹴ると一瞬で槇の目の前に現れる。
が、その刹那、槇はキエリアの後ろに立ち、剣を振る。
キエリアは吹き飛び、水面にぶち当たる。
大きな飛沫を上げる。
「許さねぇ」
槇は剣の峰を左手で矛先へと撫でていく。
撫でた場所から業火が上がり剣は紅蓮に染まった。
槇は空高く飛び上がる。
キエリアは水中から飛び魚のように空にいる槇目掛けて飛び上がる。
しかし、そこにいるのは槇ではなかった。
真っ赤に燃える鳥
その鳥が急降下し、くちばしでキエリアをとらえ、そのまま地面に叩きつけた。
火の鳥の炎がキエリアに移り炎が上がる。
「ギャァぁ!」
鳥は火を払い、火の粉を飛ばすと中からは槇が現れた。
槇が握っている剣はキエリアの心臓を抉っていた。
それを抜き去り、キエリアの喉元に当てた。
「死神は一生地獄にいりゃぁいいんだよ」
突き刺そうとする前、
「槇! 避けて!」
かおりの声。
槇はそれに反応し、飛び上がる。
それと同時に、地面に倒れているキエリアが消えるほど巨大な斧が槇のすぐ下を通った。
槇はかおりの近くに着地し、斧の持ち主に剣を向ける。
漆黒の重鎧をまとい、ドラゴンの頭のような兜は槇を睨んでいた。
あまりに大きすぎる両刃の斧は漆黒の闇を纏い、地面に置くだけで地面が揺れた。
異様な覇気を放ち、生きている感覚すらない冷たい視線。
『魔王』
その者を人はそう呼ぶ。
再び剣を構えた槇はその黒甲冑の覇気に体が固まった。
足がすくんで動かない。
体は震えて、剣先はぶれている。
「キエリア。なぜ子どもに手こずっているのだ」
「う、うるせぇ。油断しただけだ」
「否。お前が弱いのだ」
『魔王』は一歩前に出る。
ガチャ。
鎧がすれる音。
それにさえ過剰に反応する槇。
冷や汗、震え、高まる鼓動。
向かってこられたら、間違いなく負ける。
槇は確信していた。
「お前ら。運が良かったな。今日は遊ぶ暇はないのだ。次会うときは、お前らが死ぬときだ」
『魔王』は目の前に斧を振り下ろした。
その波撃が稲妻を帯び、地面を割きながら槇目掛けて走る。
それは槇の目と鼻の先で消えた。
「覚えておけ」
『魔王』はキエリアを担いで、川下に下っていった。
プレッシャーから解き放たれた槇は剣を落とし、膝を折り座り込む。
まだ余韻があるのか、息は荒かった。
「はは……、なんだよ……あれ。……犯則だろ」
こんな力があったって、どの道シセリアを助けられなかった。
あの、『魔王』の前では……。
「くそ!!」
槇は地面を殴った。
「くそぉっ!!」
苦痛な叫びが小島にだけ響いた。