デスロック
一瞬、なにが起こったのか全くわからなかった。
急に世界に色が無くなったように、槇の見る世界が朱に染まった。
そのことが何を示すのか全くわからなかった。
「うそ……だろ……!?」
ただ、わかることは、今まで目の前にあった頭が消え去り、その奥に見える、見知らぬ男。
パンクな衣装に身を包み、朱に染まった様な美しい赤髪はウルフカット。その男の手に持たれている、死神が持っているような大きなサイスは漆黒が基調で刃は閃光の赤。
それがシセリアの首をはねたのだ。
「あひゃひゃひゃ!! 愉快すぎる!」
その空間に、耳障りな高笑いが響き渡った。
ヘビーロックのように激しく、全てを崩した。
槇はようやく現実を知った。
━━━━シセリアは死んだ━━━━
「愉快だ! 愉快すぎる!」
ひょろっとした体から出されているとは思えない、激しく高い笑い声。
蛇のような眼球が槇を見下し、牙のみの歯は真っ白に輝いていた。
「どうした!? 悲しいか? 憎いか? 怖いか? 悔しいか? 目の前の人間がゴミのように消えていくのは!」
その男はサイスを持上げる。
赤い閃光がシセリアであった体に入る。
始めに左肩。
ゴトと落ちる様を見てまた笑い上げる。
「愉快だ! 美しいものほど壊したときの快感は果てしなく爽快だ!」
次に右肩を、
次に両足を、
切断していく。
そこには、シセリアという原型はなくなっていた。
否。
━━━━シセリアなんていなかった。
「……そ……」
槇は小さく呟く。
絶望を醸してる体は震え、俯いている顔から血走った目が向けられる。
「クソヤロウ!!」
槇は地面を蹴り男に向かっていく。
「やめるんだ槇! そいつと戦うな!」
異様な感覚に飛んできたインリードが叫ぶ。
しかし、すでに遅かった。
赤髪はサイスを横に振る。
槇は上手く剣でガードした。
ハズだった。
ガードした先の脇腹は深く裂ける。
「バカは死ぬんだよ!」
そのまま力任せにサイスを振り、槇は水面を跳ねながらかおりがいるところまで吹き飛んだ。
「あひゃひゃひゃ! あひゃひゃひゃ!」
高笑いしか響かない空間。
絶望しか生まないデスロックが心臓に響く。
「槇、逃げるぞ! 勝ち目なんてない!」
インリードが叫ぶ。
「アイツはエデレスメゼン軍のトップに近いやつだ!
名はキエリア、『死神』って呼ばれてる4皇のひとり!」
その情報だけでも危険なのは容易にわかるものだった。
槇は立ち上がり、剣を構えた。
「許さねぇ」
もはや冷静を欠いていた。
溢れ出る殺気に体は応えず、何も聞こえず見えず、ひとりで悲嘆しているようだった。
「バカ! やめろって言ってんだろ」
「許さないねぇ……か。かわいいじゃん。その絶望に臆さない顔。もっと、……もっと絶望を浴びさせたくなるよねぇ! あひゃひゃひゃ!」
小島にはもう赤い髪は見えなかった。
だが、かおりがいるはずの後方から、あの高笑いが聞こえた。
槇は後ろを向く。
もう遅かった。
すでにサイスがかおりの首のすぐ横を走っていた。
「ウソ……だろ……」
この場で、終わる。
全てが終わる。
守りたいもの全て守れず終わる。
瞬間的に悟った。
槇の思考回路が止まった。
全身の力を抜いた。
━━━━ゲームオーバ━━━━
『いいの? まだ0,00000001秒残ってるよ? 間に合うんじゃない?』
ずっと気になっていた。
この声の主が誰なのか。
力を貸してくれたこの声の女性が。
ずっと気になっていた。
でも、今そんなことを考えてる暇なんかない。
「皆を助けたい。
だからオレに力をくれ!」
『知ってる? 瞬間より、刹那の方が短いんだよ。瞬時に間に合わないなら刹那でいけばいい。ものは考えようだよ、ぼく』
「ああああああ゛あ゛あ゛あ゛ああぁあ゛ぁ゛ぁあぁあ!!!」
槇が叫ぶ。
その刹那、槇を中心に突風のような、円の衝撃波が草を寝かせる。
「くっ……!!」
その波動がキエリアだけを吹き飛ばした。
直ぐにかおりを庇うように近づく。
「……よかった」
泣き声がかおりの耳に入る。
そこで後悔する。自分の脆さに。