早く食べられちゃえばいいのに
翌日……。
決戦の日。
“人魚姫の舞”当日。
なにも変わらなかった。
普通の日常。
日が昇って、落ちる。
街は活気にとられ、賑やかな島生活を満喫していた。
もはや夕刻である。
それでも今日1日の活気はいつもと何ら変わりなかった。
かおりは武器屋に入り、一通り見て、あのイカを倒せるような武器を購入した。
それはなぎなたであった。
「何で私がこんなもの……」
一般用で軽く扱いやすい。そのうえ細身の刀身がかおりの戦闘スタイルとマッチしていた。
だが、かおりにとっては邪魔でしかなかった。
かおりは武器屋の前にいた康貴を一瞥して、東門に向けて歩いていく。
その後ろを無言でついていく康貴は小さく舌打ちをした。
彼自身は、インリードから頂戴してきた両刃の斧を腰に差していた。小柄だが、投げると戻ってくる業物らしく中央に黄色の装飾が施されている。
2人の準備は万端であった。
川沿いを歩き、そのうち広い空間に出る。
だだっ広い湖が目の前にあり、その周りでは野次馬が今か今かと愉快そうに話し合っていた。
「やっとこの日だな!」
「せいせいする」
「これで今年も安泰じゃ」
かおりは舌打ちをした。
無神経だとも、反人道的だとも思わずただ鬱陶しく感じた。
「康貴、人魚姫が出てきたら、矢で射るから、倒れたところを拾ってきて」
無茶苦茶なやり方だった。
成功する見込みなんて一寸もなかった。
康貴でさえそんなことわかった。
穴だらけの作戦だと。
「でも、」
「私に逆らう気?」
理不尽な剣幕に康貴は黙ってしまう。
何の支えにもなれない自分が悔しかった。
目を閉じれば暗い世界がそこにはあった。
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暗い部屋で槇は見えない天井を眺めていた。
そこにシセリアの笑顔が描かれ、その想い自体、何倍にも増幅していた。
「助けたい」
なにもない空間に響いた。
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野次馬たちが騒ぐのを止めた。
それと共に危険な気配をふたりは感じ取った。
「きた、」
かおりは狙いやすい位置で弦を引き、チャンスを狙う。
康貴も作戦通りに走り出す。
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『オレに力があれば』
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人魚姫が、護衛を何人も連れてその中央で綺麗な踊り子の衣装に身を包み、野次馬を押し退け湖に向う。
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『神様、仏様。もうこの際誰でもいい。アイツを助けてやってくれ』
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湖の手前で衛兵は止まり、野次馬との壁を作るように横1列に並ぶ。
人魚姫は足を止めず、湖に足を入れる。
そのまま沈むと野次馬の1人が叫ぶがそんなことなかった。
水の上を歩き、石で出来た小島に向かっていく。
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『力が欲しい。ここから、抜け出せて、アイツを助け出す力が欲しい』
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人魚姫が足を止めたのは、小島の真ん中であった。
周りに邪魔になるものはない。
明らかにチャンスであった。
この距離なら届く。
今なら作戦通りに……、
━━━━別に助けなくてもいいんじゃないか?
かおりは矢を放った。
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『頼む。シセリアを助けられる力を、オレにくれ!』
━━━━その願いボクが叶えてあげるよ━━━━
誰もいないはずの空間に聞こえた自分以外の声。
━━━━力を貸してあげる━━━━
槇は立ち上がり、声の主を探すが、どこにも人影は見当たらない。
そうこうしているうちに、あちらこちらからオレンジの光の玉があらわれ、槇の体の周りを回り、それと槇が一体化する。
すると、槇の右目だけが金色に色を変えた。
「なんだこれ」
体中に力が漲ってくる。
そんな感覚に驚いた。
━━━━ボクが貸せる力はそれくらいだよ━━━━
牢の扉が勝手に開く。
すぐさま出ると目の前には2つの剣が主の事を待っていた。
それを無造作に取り、シセリアの待つ祭壇へ走る。
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かおりの放った矢は、人魚姫の頬をかするだけだった。
倒れなかった。失敗。
奇襲に気づいた衛兵は臨戦態勢に入る。
作戦通りに飛び出した康貴はそんな衛兵に捕まる。
かおりはなんの抵抗もせず捕まった。
荒だたしい会場に、広がる鎮魂歌。
この音を奏でているのは誰なのか、そう感じながらシセリアは小島の真ん中で膝をつき、空を見た。
見うる限り、真っ青な世界。
そこに浮かぶ、ふたつの月。
「これでいいのじゃ。これでいいのじゃ。わらわの一生は……。人魚姫は最後まで美しくなければならん。おとぎ話のようにの……。もしも生まれ変われるならば、……次は地球に生まれたいのぉ」
強張り顔で、涙を堪え、無理矢理笑顔になって、全てを思い返した。
走馬燈。
楽しくなかった日々。
楽しかった一瞬。
その全てに後悔して、将来にも後悔する。
水色に色付いた目から一筋の涙が流れた。
それが、小島に落ちた瞬間だった。
ザバァー
最期のときは来た。
水が山のように盛り上がったかと思うと、それは巨大な化物へと姿を変える。
イクスウェルだ。
間違いなく、あの時のイカである。
そのあまりの大きさにシセリアの姿は野次馬から一切見えなくなる。
野次馬は唖然とした。
神とは程遠いその姿。
湖を半分以上覆い、触手の数は10だけではなかった。
その1つがシセリアを掴もうとする。
「いやじゃ……」
それが宙を飛んだ。
シセリアが反射的に右目を光らせ、湖の水で斬ったのだ。
イクスウェルは悶える。
そのせいで触手が暴れ、湖の水を叩く。
大きな波が起き、野次馬を襲う。
ほとんどの人が逃げ遅れ湖に飲み込まれる。
衛兵たちはかおりと康貴を連れ、湖から離れる。
かおりは連れられながら巨大なイカを見て口が開いた。
「……はやく食べちゃえばいいのに」
言葉が届いたのか、イクスウェルがシセリアを捕えた。
触手が伸びきる最大限まで天に突き出され、他の触手で暴れる手足を掴む。
儀式が終わったのかゆっくりと口まで運ばれる。
その時、シセリアは両目を光らせる。
自分を掴んでいた触手を切り刻む。
湖の水を鉄砲のようにしてイクスウェルを攻撃する。
小島に降り立とうとした瞬間だった。
イクスウェルの頭部が激しく光った。
その光をまともに見てしまい、シセリアの目は眩み見えなくなる。
終わった
触手が自分を巻き付けるのがわかった。
助けて
儚い願い。
命を逆らうことはできなかった
なにも変わらなかった
結局、生まれた意味がわからない
し
ん