覆らない思い
東門より先のその巨大な屋敷以外民家はない場所。
シセリアと最初に出会った屋敷。
槇は甲冑の兵士たちに連行されながら屋敷の地下に向かっていた。
階段を下るにつれ陽の光も弱まり、ろうそくの火でさえ頼りない。
レンガ造りの壁は朽ちてもおらず、兵士も少なくとも5人は屋敷内にいた。
逃げる事は不可能であった。
手荒く牢獄に入れられ、重苦しい音を響かせ鉄格子は硬く閉められる。
「いってぇな!!」
「まったく威勢がいいな」
シセリアの父が暗がりからに現れた。
「獄中はどうだ? 国賊」
一切笑みを浮かべずに槇を見下す。
槇はその男を睨みつける。
「シセリアをどうするつもりだ」
ドスの聞いた声が響く。
「お前には関係ないことだ。それともこの状況を覆すつもりか?」
「覆してやるよ」
「笑止!! お前はなんも知らないからそんな大口が叩けるのだ!」
強烈な怒鳴り声。ライオンが獲物をかみ殺そうとするような感覚。
その威圧に槇は怯んだ。
「“人魚の舞い”というものの本当の儀式を教えてやる」
槇は息を呑んだ。
男の見下すような視線に体が動かなかった。
「人魚とは魔力を多くもって生まれた子のことをいう。10年に1人の申し子だ。特徴として、目の色が違う。その子は、15の歳に生贄にされる。イクスウェルにささげるのだ。それが“人魚の舞い”」
「んなのおかしいだろ!」
言葉を遮ったつもりだった。
「昔、生贄を出せなかったことがあった。その時は町のほとんどの人が殺された。イクスウェルに」
そんな事くらい槇は予想できていた。
でも納得なんかできなかった。
「オレが倒してやるよ、そいつを」
「弱い奴が大口を叩く。お前がイクスウェルを倒せるわけがない。むしろ、また悪化させるだけだ」
男は槇に背を向けた。
「待てよ! やらなきゃわからないだろ!」
「私は我が娘の命より多くの命をとった。お前は多くの命より我が娘の命のみをとるのか?」
「どっちも……」
「お前じゃムリだ!」
「だからって、娘の命をおいおい受け渡すなんてどうかしてるだろ!」
「おいおい? 私だって渡したくない。愛しい我が娘だ! 産まれてから今までで何度この島を抜けようかと思ったか貴様にはわかるか! この覚悟をお前は容易に抱けるのか、いや抱けまい。私だって、シセリアだって、もう覚悟している! よそ者が口出しも、手出しもできる余地はないのだ!」
何かが折れる音がした。
「わかったか? もう口出しするな。シセリアのことは忘れろ。最初で最後の私の優しさを受け取ってくれ」
男の足音が鳴り響くのと共に、すすり泣く音が閉鎖された空間に響いた。
日が落ちた。
この時を待っていた康貴とかおりとシフォンは外に出た。
槇が生きているとわかって、夜にその屋敷に向かうことを決断したかおりからは、不安の色さえなかった。
「シフォン、気配消す魔法お願いね」
「あいあいさぁ姉さん!」
シフォンはかおりの右肩に乗り、黄色く光った。
「完了ですぜ」
光は消え、むしろなにも変わっていない感じがしたが、そんなこと考えている暇なんてなかった。
「行きましょ」
2人と1匹は南門に向かった。
東門から正々堂々向かうのはやはりアホであると、康貴を罵倒した後の作戦である。
案の定、南門には兵士などいなかった。
容易に町の外に出て、森の中を抜けると、屋敷が目の前に見えた。
しかし、かおりは違和感を覚えた。
「兵士がいない……」
昨日はいたはずだった。
現に門を封鎖していたほどだ。
見張りを厳重にしてもおかしくはないはずだった。
「罠?」
「いや、もしかしたら、いなくなってただけなのかも」
「どういうことだ?」
かおりは思いつく状況を口にする。
「推測だけど。“人魚の舞”が行われるのに人魚姫が逃げた。それを知られたくなく、門を封鎖。人魚姫が見つかったから見張りは、人魚姫の側に。という事は槇は……」
「んなバカな」
「バカなのはあんたでしょ。行くわよ!」
かおりを先頭に屋敷の中に侵入を試みる。
キッチンらしき場所の窓が開いていたため屋敷の中には簡単に入れた。
屋敷内にも兵士は徘徊しておらず、無防備にも程があると愚痴をこぼすかおり。
地下への階段がないかと探す。
かおりは地下に閉じ込められているとタカをくくっていたのだ。
念のため注意深く散策していると地下への階段を見つける。
「あった。康貴、先お願い」
「おうよ」
康貴に先頭を行かせて、階段を降りる。
そこには牢屋が並んでいた。
しかし、中はどれも空で普段は使用されていない事が見て取れた。
薄明かりの中をゆっくり進み、鉄格子の中を1つづつ確認していく。
個数を増やしていくにつれかおりの不安も増していった。
もしも、既に殺されていたら、と。
ひとつひとつ。
しっかりと確認していく。
「しん!」
静かに叫ぶかおり。
しかし、槇は暗い顔をしていた。
絶望に満ちたような、存在を消しているような、そんな感覚であった。
「今出してあげるから」
そう言って、康貴に檻を壊さすようとしたら、槇がそれを止めた。
「オレはいいんだ。明後日になればここを出してもらえる」
2人は言っている意味がわからなかった。
「“人魚の舞い”が終われば、出してもらえる。━━━━でも、それじゃ遅いんだ」
槇は鉄格子掴み、真っ赤に充血した目で2人を見る。
「アイツを、人魚姫を、シセリアを助け出してくれ! 頼む……ッ」
すりきれるような声で懇願する。
なにがあったかは、わからなかった。
しかし、かおりは理由も聞かず首を縦に振った。
「わかったわ」
「ちょっと待てよ! なんでだよ! これ壊してからでも!」
康貴が鉄格子を指差す。
「今、槇を逃がすと、警備が厳しくなって、人魚姫を助けられないかもしれない」
考えたらずの自分にイラつく康貴。
「槇、もしかしたら、助けられないかもしれない。それだけは承知しといてね」
「あぁ」
生返事だった。
不可思議な感覚。
不安感、
喪失感、
絶望感。
全てが入り混ざって、もはや気持ち悪さしかなかった。
「行こう、康貴」
「あ、あぁ」
その場から消えて行く2人。
屋敷の外に出ると、かおりはこの気持ち悪さに涙を浮かべた。