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オレたちが来た世界は、未来の終わりを知っている。  作者: kazuha
〜第5章〜〈人魚姫の微笑み〉
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帰りたくない



 夜が明けた。

 その眩しさに目を覚ましたシセリア。


 だが、槇に寄りかかっている状態から動こうとはしなかった。

 今まで感じることのなかった人の温もりを感じ、幸せという言葉の意味を知った。

 自分が人間であることを実感すると共に、最期くらい、人間でいたかった。


 気がつけば太陽は高い位置で働いていた。

 槇が何かに気づいたようにシセリアを小突く。

 それを受け、不機嫌そう体を起こす。



「あれみてみろよ」



 槇が指差す先には、白い一輪の花がポツンと咲いていた。



「花がなんなんじゃ?」



 槇は立ち上がり、その花に近寄る。

 目の前でしゃがみ、摘み取った。

 槇は振り返ってシセリアに近づき、その花を長く艶やかな青髪にさした。



「なにするんじゃ!」



 驚いた顔で叫ぶシセリアを見て、槇はクスリと笑った。



「何って、付けたらかわいいと思ったんだよ」



 それを聞いて顔を赤らめるシセリア。



「思った通り。……かわいいよ」

「ば、バカなこと言ってるでない!」



 あまりの恥ずかしさに目をそらすシセリア。

 そんなシセリアの隣に槇は座る。


 その時、涼しい風が吹いた。

 辺りの草はざわめき始め、髪にささっていた花は空に飛んで行った。

 槇はそれをただの風だとしか思わなかった。



「のお、槇」



 相変わらず空を見ながら返事を返す槇。



「わらわのことが好きか?」

「……」



 槇はゆっくりシセリアに目を向けた。

 顔を赤らめ、目をそらしたままのシセリア。



「い、いきなり、わらわがこんなこと聞くのは、へ、変じゃが、し、知っておきたいのじゃ」



 急に向けられた強い眼差しが、槇の心を揺さぶった。

 思う気持ちは、槇自身本心かわからなかった。



「わらわは好きじゃ。大好きじゃ!」



 強い気持ち。

 それがわかった。

 槇が目をつむり、気持ちを整理した。



(偽りな感覚かもしれないが、好きだ)



 決心をし、目を開け、口を開いた。

 瞬間だった。



「見つけたぞー!」



 響く怒声。


 槇は思わず剣を抜き、声の方を向き構える。

 シセリアは驚いた。

 そして恐れた。



「まだ、はやい」



 何十人もの甲冑の人が、どこからともなくあらわれ、2人を囲む。



「国賊め! シセリア様を誘拐するとわ!」

「国賊扱いかよ。振り回されただけなのによ」



 一歩づつ近寄ってくる甲冑の人たち。



「……万事休すってか?」

「まだ、まだはやいのじゃ」



 シセリアが槇の腕を掴む。

 それに驚いた槇は思わずシセリアを見た。



「逃げるぞよ」



 シセリアの右目が眩い程の輝きを放つ。

 それにそこにいた全ての人は目を瞑った。

 槇も同じだった。


 光が消え、瞼を開いた。

 槇は驚く。

 周りにいたはずの甲冑の人は姿を消していたのだ。

 いや、2人が姿を眩ましたと言った方が正しいだろう。


 その場は森の中で、1本の獣道が丘を突き進んでいた。


 シセリアはその場で木にもたれかかり、荒い息を整えていた。

 よく見ると、ひどく汗をかいていた。



「……どうして、……逃げたんだ?」



 槇が疑問を投げ掛ける。

 周囲を警戒しながらだが、しっかりとシセリアを見つめていた。



「別に誤解なら話せばなんとかなるだろ」



 シセリアの顔を覗いた。

 汗なのか涙なのかわからないものが瞳から流れる。



「まだ、槇と、いっ、しょに、い、いたいの、じゃ」



 途切れ途切れの言葉に今さら違和感を覚えた槇。



「わら、わは、ま、だ、にんげ、んで、いたい、のじゃ」



 それが意味するのは、酷過ぎることだったのかもしれない。

 しかし、まだ全てがわからない槇にとって、できることは1つだった。


 そっと抱き締める。

 優しく、子猫を抱くように。



「わかった。気が済むまで逃げよう」



 そう言うと、胸の中で頷く。



「そういえば、」



 槇は思い出したかのように呟いた。

 妙な間を置いて、そして、言いそびれていた言葉を耳元で呟く。



「オレも…………、好きだよ」






 一瞬、震えた気がした。

 泣く声が聞こえた気がした。

 シセリアはすぐに顔を上げ、目の前にある槇の目を真っ直ぐ見た。

 その真っ黒の目は、むしろ純粋で、真っ直ぐだった。


 シセリアが色違いの瞳を隠すようにまぶたを閉じる。

 槇はそれに応えるように、顔をさらに近づけ、まぶたを閉じた。


 互いの唇が重なりあう。

 長いような、刹那のような時間。

 永遠と続くと錯覚させる時間。

 そんな時間が2人の間に流れた。


 槇はゆっくり離す。

 お互いほぼ同時にまぶたを開くと、お互い頬を赤らめさせていた。



「槇、ありがとう」



 シセリアの素直な笑顔。

 槇も笑った。




━━━━その瞬間だった。




 槇は後頭部を強く殴られ、そのままシセリアの胸に落ちるように倒れていった。



「…………お、とうさま……!!」



 シセリアが見上げる先には巨体の男が強張った顔で倒れた槇を見ていた。



「やっと見つけたぞ、シセリアよ。“人魚の舞い”は明日なのじゃ。準備を始めなければならぬ。それなのに連れ出しよって……。衛兵! この男を牢に閉じ込めておけ!」

「「は!」」



 数人の兵士がシセリアの手の中にいる槇をひっぺがし、どこかに連れていく。



「槇!」



 シセリアは緑の目を光らせた瞬間、巨体の男がシセリアの目の前に立つ。

 左目に貯められた光は対象相手を失って途中で弾ける。



「待ってくださいおとうさま! 槇は、槇は悪くのぅございます!」

「どこが悪くないのじゃ?」



 鋭く強い視線がシセリアを貫く。



「帰らなかったのは、わらわが勝手に!」

「帰りたくないと、お主の気持ちをたぶらかせたのはあやつじゃろ」



 シセリアは何も言い返せなくなった。



「さぁ、ゆこう」



 運命を恨むだけで、他になにも恨めなかった。



「……魔力を持たせた神が憎い」



 ポロリと吐く言葉は、虚無に消えた。


 シセリアの肩を叩き、そして、最期を迎える我が娘の生きざまを目に焼き付け、ゆっくりと自宅に向けて歩くのであった。



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