海の主
早朝なのかもわからないくらい濃い霧が立ち込める。
行先もわからない状態でスクール水着姿で腕を組むインリードは一点のみを見ていた。
荒波高く、時折かかる海水に喜ぶのはインリードだけであった。
変化のない霧を一直線に見つめるインリードの瞳に小さな影が映る。
「ついたぞー! 錨下ろす準備しやがれ!」
スクール水着の男が叫ぶ。
その声は船内にも響き渡った。
飛び起きる康貴。
ハンマーを背負い、自分の部屋の扉を蹴破り、階段を掛け上って甲板に出る。
そこにはもうすでに2人が準備万端の状態でいた。
「おせーぞ」
「んだよ、悪いか?」
今日の始めも睨み合いから始まる2人にただただ溜め息しか出ないかおり。
そんなのお構い無しに康貴の膝、肩と伝って頭の上に登るシフォン。
ケラケラと笑いながら嫌なことを言い出す。
「ケンカするのもいいけど、来るぜ。……イカ」
「「「は!?」」」
3人がその言葉に理解した瞬間だった。
ドーン、と鈍い音と共に船が大きく揺れる。
転覆しそうなほど傾き、何人かが船外へ投げ出される。
3人はたまたま近くにあった柱などに掴まり、船の外に投げ出されることはなかった。
「イクスウェルだ!!」
船員が叫ぶと何人かは自ら水中に消えていった。
やっと揺れがおさまると、濃霧で見えなかった巨大なイカが船に足を下ろしていた。
数十本ある触手には、船員が捕まっていた。
「はぁ……はぁ……あの触手、……気持ち良さそうだなぁ」
スクール水着の変態の発言を総員無視。
「おら! 戦える奴は武器持ちやがれ!」
船員の号令にかおりが先制を取った。
光の矢はイカの触手命中するが、刺さる訳でもなくむしろ吸収されてしまった。
「なにあれ!」
「イクスウェル。この領海の主だぜ。食物連鎖の頂点に等しい生物の1つ。人も食うぜ。弱点は斬撃、雷。打撃なんか骨がない生物にはダメージなんかゼロだぜ。特殊能力で相手の魔力を吸い取るから注意だぜ!」
そうシフォンが情報を言っている内に、捕まっていた船員の1人が、触手の集結部分に消えていく。
「や、やめろ!! たすけてくれぇー!!」
そして、船員の悲鳴と断末魔の後、
ゴリ、ゴリ、ゴリ
という、骨が砕かれる音が辺りの空気を震わせた。
「なに呆然と立ってんだぜ! 殺らないと殺られるぜ!」
シフォンが喝を入れるが、かおりと康貴は足がすくんで動けなくなっていた。
「ちっ!」
槇は舌打ちし、2つの剣を鞘から抜く。
そして、なにも考えず突進する。
「バカ! 1人で行くな!」
インリードの声は届いていなかった。
槇はイクスウェルに接近したがすぐに触手に弾き飛ばされ、荒れている海中に消えていった。
「しん!!」
「ちくしょう!」
インリードが無数のナイフを投げる。
イクスウェルに突き刺さると直ぐに落ちるように海中へ消えていった。
「気絶剤だ。目覚ます前に抜けるぞ!」
「あいあいさー!」
船のスピードが急に上がる。
かおりは船上から海を見て、槇の姿を探す。
しかし、見つからない。
「しん!!」
柵を飛び越えようとするかおり。
「やめろ!!」
咄嗟に取り押さえるインリード。
かおりは拘束を振り解こうと暴れだす。
それを見た複数人の船乗りがインリードに加勢した。
「しんが! しんが!」
「バカ! やめるんだ!」
泣き叫ぶ。
海に手を伸ばしても、槇は助けられなかった。
イクスウェルが海の中に消えると共に大きな波が上がる。
そのせいでさらに、生存の確認が出来なかった。
「大丈夫だ。きっと大丈夫だ。今は取り合えず港まで……」
船員によって無数の浮き輪が海上に投げ込まれた。
海に消えていった仲間達の無事を祈り、全速力で港へ向かった。
ずっと槇の事を叫び続けるかおりの願いとは裏腹に。