淀む夜空
真夜中、槇は1人で甲板に座り込んでいた。
幾千の星の輝きを妨げるものはこの場にはなく、強く光る星、弱く光る星、その様々な個性をこの場では感じることが出来た。
しかし潮風は冷たく、薄い服ではとても長居はできなかった。
体をさすり道徳的な雰囲気を醸し出している自分に溜め息を吐くとそれは白く形を作り空に上がっていった。
それを目で追うと、直ぐに消える。
消えた先には赤く、青く光る大小2つの月で止まった。
今の槇にはその神秘的な絵さえも淀んで見えた。
━━━━人を殺した━━━━
ふと蘇る、あの夜の記憶。
汚い汗。
唾液。
奇声。
服の断片。
浴びた血。
その映像と臭い、味を思い出すと吐き気を覚えた。
なぜ、あの時は平気だったのか。
自分に問いたかった。
「どうしたの?」
その声に視線だけ向けた。
「……かおりか」
寝ていないだろう槇を探しにきたかおり。
また星でも眺めているのだろうと思い甲板に出てみたら案の定であった。
「また寝れないの?」
「……あぁ」
空を見上げたまま呟いた。
まるで魂の抜けた人形のように、言葉に生気は感じられなかった。
かおりは槇の隣に座り、肌寒さに身を寄せた。
そして同じように月に目を移した。
「あの大きな月が地球だったら、意外と近くにあると思わない?」
かおりはそう語り始めた。
「神様が願いを叶えてくれなくても、ロケット造ってそれで帰れそうじゃん」
「……そうだな」
まったく興味のなさそうに答える槇。
かおりは横目で、槇の顔を見る。
月光に当たり不思議に光る槇。
何かを感じているかのような、悲嘆しているような、思い返しているような、そんな感じがあった。
「守ってやるから。どんなところにいても、絶対に守ってやるから」
唐突に切り出したため、かおりは恥ずかしくなって立ち上がり槇を見た。
「ば、……バカ。いきなりなに変なこと言うのよ。当たり前じゃない」
槇は今にも泣きそうな顔をしていた。
それを見てやるせない気持ちに視線を落す。
「……守ってくれなきゃ、死んでやるんだから」
槇は立ち上がり、かおりを抱き締めた。
不意な行動にかおりは驚いた。
身を委ねるようにすると震えている事に気付いた。
誰にも頼らず、ひとりでやってのけるあの槇が……。
こんなにも、彼の事が小さく見えたことなど一度もなかった。
かおりは思わず彼の頭を撫でる。
大丈夫だよ、と伝える様に。
彼女の背後には微かにオレンジ色に光る玉が舞っていた。
その光は、まるで蝶のように舞い上がり、その先には、夏の大三角形のように強く光る三点の星が見えた。
讃夜まで残り77日。