長老
辺りはやはり山道であった。
その頂上であるこの場所には1つだけ洞穴がある。
洞穴周辺には水釜や薪などが置いてあり生活感が漂っていた。
そんな光景を理解に困っていたところ、帽子の男は迷わず洞穴に入る。
その様子を眺め、3人は恐る恐る足を踏み入れる。
中は意外にも明るかった。
本棚には大量の本がつまっており、机の上にはお皿やロウソクなどが乱雑に置かれ、あいているスペースには骨董品や工芸品など不気味にも思える物が来訪を歓迎していた。
康貴が中に入るとそれらを無視し、唯一生物味のあるものに指さした。
「あ! 校長!」
目の前で豪華そうな椅子に座っている頭が顔の面積と同じくらい長い老人。
康貴の言葉を聞いてか、老人はもにょもにょさせていた口を開いた。
「これから朝礼をはじゅめる」
「ジジィ殺すぞテメェ」
帽子の男が巨大な刃物を老人の首元に向けた。
「すまんすまん」
ホッホッホと笑いながら、身長ほどある杖の先に体重を乗せ椅子から降りる。
そしてゆっくりと片手を上げ、
「んちゃ」
空気は氷結した。
汚物を見るような目で老人を睨む。
「この場で死ね!!」
振るわれた刃に老人は吹き飛び、長い頭が壁に突き刺さった。
この光景に3人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
改まって、長老が椅子に座り、3人の顔を見る。
「ほぉー。主らが天神に選ばれた異端者かぇ」
ほとんど開いていない目をかっぴらき、かおりを足から嘗めるように視線を上げる。
そしてすぐさま、
「お主、ワシの女になれ」
男性陣の猛攻が長老を死の淵に追い込んだ。
「いい加減にまともに話しをやがれエロジジィ!」
それでも傷ひとつない老人はため息を吐く。
「つまらない奴じゃのう。しょうがないのぉー」
そしてまたかおりに顔を向けた。
「一回やらせてくれてからでもかまわんじゃろ?」
「射舞」
無数の光の矢が長老に突き刺さる。
そして恐怖を与える目付きで、
「次、私が生きる世界に生きてたら殺すわよ」
康貴が反応した。これは恐怖の始まりであると知っていたのだ。
素早く矢を放つ。
矢は一直線に長老の長い頭に刺さる。
そのまま崩れるように倒れる。
「あら、ごめんなさい。すでに私の世界にいるから悪いのよ」
(((理不尽過ぎる)))
声にならない思いが男性陣の表情に現れた。
老人は立ち上がりながら咳払いをする。
「まぁ、そんなことより、主ら、もうすでに宝珠を手に入れたんじゃろ?」
急に空気を変えまともなことを言い始めた。
かおりが茶色い石をポケットの上から触る。
「さぁ、しっかり聞くのじゃよ。五宝珠と、神と呼ばれるもののことを」
急に場が静まり返った。
長老が杖の先をかおりに向けグルグルと回すと、持っていた傷だらけの本が光だし、かおりの手から飛び出しページがめくられる。
「よくこの本を見つけたのぉ」
長老はこもる笑いをした。
本が止まる。
一番始めのページ、五色の光のような絵が3人に向けられた。
「このページにある5つの輝き、もうわかっておるじゃろうが、五宝珠のことじゃ」
またページが進められる。
天使の絵である。
「これが神じゃ」
そう言うと本は独りでに閉じ、かおりの手に戻っていった。
「天地の鐘がならされる、讃夜の日に、この五宝珠全てを持ち、天凱の中央に立てば神は現れる。その神に願いを告げれば主らの願いは叶うじゃろう。この世界に伝わる神話じゃ」
「讃夜っていつなの? 何日後?」
聞き終わってすぐに問うかおり。
「5の月24。80日後」
それは3人にとってかなり厳しい制限時間だった。
「五宝珠は基本的にその場の主が持っていることが多い」
帽子の男はそう言うとニカッと笑い、八重歯をちらつかせた。
「大丈夫だ安心しろ。オレがいてやる」
━━━━勇者━━━━
間違いないレッテルであった。
この人が、元の世界に戻してくれる。
かおりはそう確信した。
3人にとって間違いない、勇者である。
「まずは宝珠集めじゃな。
近場で海のネプチューン。
次に森のフォスタジア。
一回ここに戻り、次に北国のスティア。
火山地のタルザイン。
この順じゃな」
「なんでここに戻らなきゃいけないんだ?
北からだったら火山の方が近いんじゃないか?」
槇が聞く。
「簡単じゃよ。かおりに会いたいか……、ぐへゲイボルク!」
すぐに康貴のハンマーが顔の形を歪ませた。
「ちゃんと言いやがれ!」
帽子の男が吠えた。
「わかっとるよ。……かおりちゃんと……ディディゴー!」
かおりが放った矢が股間に命中した。
「子作りができなくなるじゃろ」
痛みに泣きながら訴えた。
「よし、もう3発ぐらい入れてやんよ」
かおりは可愛くそう言い弦を引いて、3発入れる。
長老は白くなり動かなくなった。
「あぁ、行こ行こ」
帽子の男が頭を振りながら洞穴を出ようとした。
「近くの海岸に船を用意しておいた。行くならそれを使いなさい」
灰からそんな言葉が聞こえた気がした。
「あぁ、わかったよ」
そして外に出た瞬間だった。
帽子の男が横に飛ぶと、変わりに大きな鉄球が地面を潰した。
3人は何が起こっているのかわからなかった。
「ったく運わりぃなあ。お前ら先に行け。」
帽子の男の声。
鉄球が視界から消える。
「時間がないんだ。ついていってやりてぇが、」
出口に現れた帽子の男は、背中に背負っていた大きな剣を抜いていた。
「またドロップアウトだな。」
男が3人に手を向け、勢いよく反対側に振ると、3人は洞穴の中から崖の外へと飛ばされていた。
「……またいつかな」
3人が何か言う前に落ちていた。
遥か下は海。
重力による加速度で増す落下速度。
瞬間的な槇の計算と康貴の感覚は一致していた。
━━━━死ぬ━━━━
悪足掻きで上に向かって平泳ぎを始める康貴。
冷静に風を受ける面を広くとる槇。
その中、かおりは黄色い物体が自分たちより速く落ちていくのを確認し、さらには船が近づいていることも確認した。
かおりは全神経を自分に集め、槇と康貴を掴んだ。
3人は青く光る。
すると落下速度は遅くなる様な気がした。
しかし、まやかしでしかなかった。
「あぁ! ぶつかる!!」
落ちる直前だった。
船先が落下地点に入り、トランポリンのような黄色いものが急に膨らんだ。
ポヨーーン
跳ね返った時には3人は驚いた。
生きていたことと、包容感のある謎の黄色い物体に。
ブヨブヨとしたトランポリンは3人を乗せたまま小さくなっていった。
「間に合ってよかったぜ。まったくキツネ使いが荒いっつうの」
トランポリンの正体は、癪に障るにやけ方をしているキツネであった。
さらにキツネの後ろから男が1人寄ってきた。
「まったく同感だ」
その男はどこかで見たことのある顔だった。
槇と康貴は頭痛で思い出せない。
すぐに思い出したのはかおりだった。
「あ! スク水の変態!」
槇と康貴は、あぁ、と納得した後に、えぇ! と驚愕した。
海賊のような服装をしたからなのか、やけにカッコよかった。
「やぁ、君たちだったか。well came! 海賊船キュベレイに! 僕の名前はインリード。船長だよ」
これはお決まりなのか勝手に名乗りだした。
そんなインリードの言葉を遮りキツネがしゃべり始めた。
「こんな変なのほっといて、オイラはシフォン。長老からの命を受けてお前らの助けをするよ」
キツネにバカにされたインリードは落ち込んでいた。
それを見てキツネはケラケラと笑った。
一応3人も自己紹介する。
準備が整いインリードはマントを風に舞わせた。
「さて、まずはネプチューンだな。そこの宝珠はデッケェーイカが持ってるぜ」
インリードが口を開いた瞬間、シフォンが先に説明をした。
言い終えると康貴の頭の上に乗った。
「まぁ着くまで休んどけや」
3人は船の進む方を見た。ここからがこの国での本番である。
海がそう告げるように穏やかに波打っていた。
3人は各々の感情を内に秘めた。
━━━━絶対に帰る━━━━