掠れた絵本
「っつっーー」
槇は雰囲気的に苦痛を嘆きながら立ち上がる。
たいして痛くない事に気づいて片眉を上げた。
辺りを見回し、薄暗い空間を眺めると、ある程度の経緯を思い出した。
「食われたんだっけ? じゃぁ、ここは地獄か何かか」
と独り言を呟きながら、隣で寝ているかおりと康貴を一瞥し、見なかったことにした。
「あぁ、……取り合えず、まだ生きてるのか。つまらん」
小さく溜め息を吐いた。
ダルそうにしゃがみ、かおりの肩を叩く。
「おきろー」
「ん、……んーー」
かおりが起き上がり、肩が痛いのか手を当てながら首をかたむけた。
「あれ? ここ天国?」
「あーほ」
槇はかおりの頭を指でつつく。
「ぁぅっ!」
間抜けな声を上げたかと思うと急に顔を赤らめて、
「バカ槇!」
槇のほっぺに平手打ちをする。
パチンという良い音が鳴り響いた。
「ん? 昼飯の時間か?」
呑気に欠伸をしながら起き上がった康貴。
ボヤける目を掻き、2人を見る。
なにやらあったような表情に頭を捻る。
「どうしたの?」
槇は赤くなった左頬を擦る。
かおりは上げてた手を下げ、
「な、なんでもないわよ」
さらに顔を赤く染めた。
かおりは頭を横に振り、熱い顔を冷やす。
そして、目線を真っ直ぐに戻す。
「あれ? あれなに?」
かおりは薄暗い空間の先に人差し指を向ける。
槇は目を凝らしてそっちを見る。
「どれだ?」
「あれよ」
かおりは自らそちらへ小走りで向かっていく。
康貴はかおりにぴったりくっついていく。
小さくため息を吐いた槇はマイペースに歩く。
かおりが見つけたのは、異様な存在感を放つ、神殿ともとれる建物だった。
建物の四隅にはボロボロだが太くしっかりと建物を支えている琥珀の柱があり、大きく口を開けた入口の上にはステンドグラスが来客者を歓迎していた。
それらは見上げると飲まれそうな威圧感があった。
「なんなんだ?」
康貴は威圧感に戸惑う。
そんなことお構い無しにかおりは呑み込まれるように中に入っていく。
「ちょっちょ!」
康貴は慌ててかおりを追った。
神殿の中は、まるで教会のようだった。
天井は暗さからか見えず、ただ、果てしなく先にあることだけわかった。
天井を支えている幾本の丸く白い柱は寂れてもなお凛々しくこの神殿を支えていた。
柱と柱の間には茶色く汚れた絨毯が道を示し、その先には祭壇と神々しい女神像が立ち、まるでかおりを出迎えているかの様だった。
「うわ、すげぇ」
ただただ感動に浸る康貴。
広い空間にはしゃぎ、あちこち調べ回る。
一方、かおりはまだ、何かを見ていた。
導かれる様に歩き出す。
祭壇へ。
無音が奏でるコラール。
かおりはそれに耳を傾け、不思議に光る祭壇の前で立ち止まる。
かおりはその正体を見て動きを止めた。
祭壇の上に、埃まみれの1冊の本。
かおりはその本の表紙を眺めた。
傷だらけで、書いてあるものはほとんど薄れていた。
しかし、そこにはしっかりと文字が書いてあった。
「なんだ? この文字」
ゆっくり歩いてきた槇はそこに書いてある文字に覚えはなかった。
「韓国じゃないし、英語じゃないし、ヒンドゥーじゃないし、アラビアじゃないし……」
「私も……知らない」
かおりは被っていた埃を払う。
そこに浮き上がった記号と、絵はまるで絵本のようだった。
1人の赤髪の少年と1人の金髪の少女が手をつないで船に乗っていた。
『ほのおをまとうつばさをひろげるもの』
機械的な声。
口を開いたかおり本人でさえ、何を言っているのかわからなかった。
「読めるのか?」
「わからないけど、詠めるみたい」
かおりは表紙を開く。
中は絵日記のようで、左側には絵、右側には文字が並んでいた。
1ページ目には、赤、青、緑、茶、白、5つの光を表すものが描いてあった。
「読んでくれよ」
「うん」
かおりは息を呑む。
『しらすはかね、いつつのいしかがやきまじえ、いんえがきはじめれば、したるもののみながめられん』
「意味わからねぇな」
「……次いくね」
かおりはページをめくる。
次の絵は、頭の上にわっかをつけ、白い翼を生やしている、天使の様なものが描かれていた。
『いせかいからあらわれしそのみおがむことかなえば、すべてのぞみかなえることたやすいだろう』
詠み終わり、ページを進める。
次は人が天使に何かを頼むような絵であった。
『ものがたりしりしよくぼう、かなえしそのとき』
ページを送ると、人は両腕を上げていた。
まるでガッツポーズをしている様に。
『のぞみすべてひきさかん』
「内容と絵が合わなくなってきたな」
「うん」
それでも進める。
次は金髪の少女が両手を握り合わせて泣いているようだった。
『はかなきゆめ、そのうちにたくわえれば』
業務的にページを送る。
次には少女が剣を持ち、天使に刃を向けていた。
『なんじのすべてかなえよう』
「天使殺るのか?」
「…………」
かおりはページをめくる。
5つの光が天使を囲むように描かれていた。
『いみしすかぎりみうるよくぼういみなさず、みえぬよくぼうしにまねき、きえるよくぼうまっしょうされん』
次のページには絵がなかった。
『むにきすときそれあたえられん』
それより先にはなにも書いてなかった。
槇は難しい顔をしながら難しいことを考えていた。
「なんだ? 死ねば望みが叶うってことか?」
「無に期すとき。死ぬ時、よね」
「死ねば元の世界に戻れる……。信じられるか?」
「確信もてないし、リスクが大きい」
もし、死んで元の世界に戻れたならいい。
もし、死んで戻れないなら、どうなるのか。
かおりは疲れを感じ、まだページのある本を閉じた。
背表紙にはまだ文字が書いてあり、かおりはそれも読んだ。
「ん? 『はじまりはゆうしゃのみちびき』?」
勇者……。
2人はあの人の顔が思い浮かんだ。
「もう道に入ってるってか?」
「少なからず、道に足を入れてはいるわ。さっきの、この石が魂なら、後4つあるわね」
かおりがそう言い終わると、本が勝手に開く。
そこには地図が書いてあり、一ヶ所が茶色く塗られていた。
それはこの大陸の下の方で、砂漠のような感じに書かれていた。
そして、茶色く塗られている光と同じマークが、右下の海にあり、右側の森にあり、左の火山にあり、上の平原にあった。
「石がここにあるのね」
2人はそう解釈した。
「取り合えず、石集めて、鐘の音がはじまりを知らすんだよな」
2人は顔を見合わせた。
確かな希望のような物が見つかった。
5つの石があれば、帰れる。
儚さを漂わせる希望が2人の間に流れた。
その時、地震が起きた。
食べられた時と同じ地震。
「なに!?」
「今度はなんだよ」
薄暗かった空間に光が差す。
光が差した方から突風が吹いた。
目に砂が入らないようにすると体が浮き上がるのを感じた。
反対方向からの突風に、3人は再び外の世界へ飛ばされたのだ。