双肩の龍虎
月明かりはあるが、それでも闇が征しているこの空間。
千里先までは見えるはずの砂漠も、夜になると歩くことも難しいものであった。
この闇に足を踏み入れたのは火を持つ者であった。
彼らは着実に町へ向かい、ガキどもに報復しようとしていた。
灯火の光に映る顔はまっすぐ町を見据え、静かに燃ゆる復讐心が静寂をつくっていた。
「いざってなると、緊張するな」
息を呑む音。
闇が静かに裂かれる。
一閃の刃に倒れ、それに混乱するものが次の獲物となる。
集団は闇討ちに動揺する。
「なんてことねぇな。エデレスメゼンのやつらも」
反撃を許す間もなく3人、4人と殺していく。
血しぶきは暗闇でわからないが、生暖かく生臭いにおいは間違いなくそのものであった。
いまだ灯りで捕らえられない。
蝿を落とす様に藪から棒に斧を振り回す者は後ろからひとつき。
恐れおののく者は脳天を裂かれ。
足音に灯りを向ける者は喉を突かれ。
1人の少年に軍が完全に乱れた。
「襲撃ですね、マブロフさん」
「士気が下がりましたね、ズワロフさん」
2人の声でようやく姿を現す槇。
返り血を浴びた顔を袖で拭った。
「おら、かかってこいよ」
エデレスメゼン軍の兵たちは槇目掛け、斧を振りかざす。
一番始めに振り下ろされた斧を回転しながらスレスレで避け、喉元にナイフを刺す。
危険を察知しナイフを離し、バック宙すると頭の下スレスレを斧が横通る。
着地と同時に斧を振った兵の顔を回転しながら蹴り飛ばし、流れでナイフを取る。
後方で斧を振り下ろそうとしている兵の首にナイフを突き立てた。
再び兵が動揺し始めた。
槇は少し荒い息を調えながら呟く。
「次は誰だ? かかって来いよ」
槇の目は、月の明かりによって鋭く輝いていた。
かおりは布団を押しどけながら起き上がった。
嫌な胸騒ぎがしたのだ。
それが、いまだにこの世界に同調出来ていないものなのか、それとも、予知なのかは定かではなかった。
「ぐわぁー! なんだこいつらぁー!! むにゃむにゃぁ〜……」
康貴は相変わらず大イビキをかきながら、気持ち良さそうに寝ていた。
ベットから降りる。
すると康貴が寒そうに体を摩る。
当たり前だった。布団を被っていないのだから。
「しょうがないなぁ」
かおりは呟いて康貴に布団を被せる。
温かくなったのか幸せそうな顔になった。
かおりはそれを見て不覚にも笑顔にされた。
瞬間的に不安たる胸騒ぎを忘れられた。
「寝ようかな」
時間の確認に窓の外を見る。
月が異様な輝きを放っていた。
鋭く、冷たい光だ。
「あれって……!!」
かおりは今更気づいた。
エデレスメゼン軍が追いかけてこない訳がない、と。
松明であろう無数の光が左側に見える。
それはゲゼアルの方向。
そして、松明は……。
「なんで考えられなかったの!」
ベットの横に立てかけていた弓を慌てて取り走る。
槇のところまで。
「お願いだから死なないでっ!」
切なる願い。
儚い思い。
再び静けさの闇が広がる。
その場に立っているのは3つの影。
1つは槇。
残り2つはマブロフとズワロフ。
短時間であの集団を1人で総殺したのだ。
「大変なことになりましたねぇ、マブロフさん」
「怒られてしまいますねぇ、ズワロフさん」
マブロフとズワロフは剣を構える。
闇に浮かぶ2人は恐ろしく冷静かつ笑っている。
「さぁ、始めましょうか、マブロフさん」
「そうしましょうか、ズワロフさん」
開始を担ったのは2人であった。
マブロフとズワロフは同時に地面を蹴り、左右から槇を襲う。
バックステップで避け、右のズワロフの喉元にナイフを伸ばす。
しかし、剣で弾かれ、振り下ろされるそれを横に避ける。
その瞬間、マブロフの刃が槇の横腹を喰らい数十メートル飛ばす。
地面を転がる槇。
勢いに任せて地面を押し、飛び上がって両足で着地する。
その時には目の前にマブロフがいた。
繰り出される斬撃をナイフで受け止める。
5発目の斬撃でナイフを飛ばされてしまう。
「終わりですよ」
マブロフの切り上げで宙を舞う。
ズワロフは空中で剣を大きく振り上げていた。
「私たち『双肩の龍虎』に勝てるわけないんですよ。ヒツジが」
ズワロフが槇に力一杯、斬撃を喰らわせる。
地面に叩きつけられ、ドンという音と共に砂ぼこりが舞い上がる。
「さすがです、ズワロフさん」
「いえいえ。アナタのお陰ですよ、マブロフさん」
お互いを褒め合いながら槇にトドメを刺すために近づく。
「っ!!」
砂ぼこりの奥から、青白く光る無数の矢がマブロフを襲う。
反応出来ず矢がマブロフの急所を射抜き、倒れていく。
「マブロフさん!」
「おい、余所見すんじゃねぇよ」
ズワロフの肩をナイフが突き刺さる。
「誰がヒツジだ? それがオレのことなら、ヒツジにやられる龍と虎ってのは、タツノオトシゴと子猫か?」
槇はズワロフの顔面を蹴る。
そのまま倒れていくズワロフ。
「おい、ザコオカマ。ここがお前らの墓場だよ」
ズワロフの首にナイフを突き刺した。
槇はよろよろとかおりに近づいた。
弓を強く握りしめているかおりは、なぜか悲しそうに目を反らしていた。
「おせぇんだよ」
「…………ごめん」
さらに近づく槇。
なにも喋らず、ただゆっくりと近づく。
そして、目の前に来たとき、かおりは槇の顔を見た。
怖かった。
返り血で汚れている顔。
人を殺したという真実がそこにあった。
やむを得なかった。
そのくらい、かおりにはわかっていた。
それでも、気持ちの悪い以外の感覚はない。
今にも、折れてしまいそうなのだ。
そんな時に、
「ありがとな」
槇がかおりを抱き締め、耳元で呟いた。
「…………っバカ」
闇は2人だけを映し、花火のように美しく輝かせた。