『銀と金の刻印』
異様に静かな港に黒船が着き、錨を下ろした。
迅速に掛け橋を敷き、船内から黒い甲冑を身にまとったエデレスメゼン兵が上陸する。
兵たちは整列し、掛け橋の先に一本の道を作る。
緑髪の女性、メリーは自分の隊の兵を横に整列させ、船をじっと眺めあの男の上陸を待った。
図太い笛の音に黒い甲冑を着た兵が一斉に右手拳を胸の前に持っていき敬礼を取る。
すると船内から、黒と金の重甲冑を身にまとい、勇ましくも恐ろしい覇気をまといながら後ろに4人の親衛隊を連れた者が降りてきた。
メリーはその重甲冑を見るとゆっくりと近づいていく。
両者一本道の途中で立ち止まり、お互いを確認し合う。
「元気か? メリー」
重甲冑から低い男声が聞こえた。
「えぇ、元気よ、ゴウジェ。今は『魔王』だったかしら?」
「その通り名、好きではないのだが」
「私はピッタリだと思うわよ」
「なら、私はお前をこう呼ぼう。氷雉」
「こんな暑いところではただのやきとりよ」
魔王から地響きのような笑い声が放たれる。
メリーはそれにつられてクスリと笑った。
「相変わらずだな」
「あなたこそ。ここで話しをするのはなんだから、砦に向かいましょ。案内するわ」
メリーは踵を返し、自身の兵に指示を出す。
すると兵は回れ右と振り返り体型を取り進み始める。
それに続きメリーも砦に向かおうとした。
「おい、メリー、ゴウジェ」
「……ダグラスさん!?」
声に視線だけ向ける。
その懐かしい姿に思わず声を上げると周りの兵が戦闘態勢に入った。
「皆さん、大丈夫です」
驚きながらも冷静に矛を下ろさせる。
真剣な表情のダグラスを見たメリーはこう始める。
「止めにきたのですか?」
「話が早くて助かる」
冷たく言い放った言葉に笑みで返した。
「それは無理です。お引取りください」
「ちょっと待て。なぜだ?」
メリーは視線を外した。
ダグラスは更に問おうと一歩前に出ると、視界に巨大な黒甲冑が立ちはだかった。
「時代と感情は起こりうる事件によって褪せ、変わるものです」
ゴウジェは無機質に言いダグラスに背を向け歩き出す。
ダグラスは口を噤んだ。言い返せなかった。
過去の過ちを思い返せば当然である。
「お前らの願いは何だ?」
ゴウジェは立ち止まり、少しの沈黙のあと振り返らずに言う。
「あいつの、『奴』の死です」
もう歩みを止めなかった。
ダグラスは言葉にならない喪失感に苛まれた。
そして、後悔するのだった。
軍がたどり着いた巨大な砦。
町のような広大な土地を有している砦は、回りを5メートルの塀で囲まれ、塀の至るところに巻いてある有刺鉄線には高圧電流が流れている。
さらにその外に10メートル程の堀が砦を囲み、水がはってある。
入り口は正面のつり橋のみで、橋は基本上がっている。
────難攻不落の砦、ランデン。
ランデンの中央には一般兵でさて入れない、高圧電流が流れている有刺鉄線が回りを囲む居住区がある。
そこに、メリーとゴウジェがいた。お互い向かい合わせて座り、メリーは紅茶をすすった。
「ホントに『奴』が出てきたのか?」
「えぇ、出てきたわ。間違いなく。これ、一緒に行動していたらしい3人の内の1人が所持していたもの」
そう言いながら着けているペンダントをゴウジェに見せた。
「間違いないようだな。で、その3人は?」
「泳がせてるわ。
追ってればまた『奴』が出てくるに決まってるもの。
それと、なんとなくあの3人から『三将の選人』と同じような臭いがしたわ」
「それは本当か!?」
ヘルム越しでも、その驚きは容易にわかった。
「えぇ。間違いないと思うわ。まだ覚醒していないようだけど」
「そうか。しかし、なぜ『奴』が選人に接触したのだ?」
メリーは再び紅茶をすする。
「簡単な話し。石よ。五宝珠が目的なのよ。それで、……」
「その名前を出すな」
怒鳴りにも似た声を発した。
「ごめんなさい。でも、そうとしか考えられないわ」
「そうならば、はやく止めねば。本当の魔王の詐りの偽りに騙されている」
「わかってるわ。最悪、私の手で……殺るわ」
メリーは小さな手を固く握った。
「今、選人はガザナに向かってるそうなの。きっと長老の所へ向かってるわ。だからそこに出てくるはず。出てきた時に叩くわ」
「そうか。なら、トゥワイスを連れていくといい。アイツなら『奴』の刃を止められるはずだ」
「あなたの親衛隊よ? 平気なの」
「私の親衛隊は私の言うことを聞かない。
私が危険なときは1人として側に居ないのだよ。
だから、いてもいなくとも変わりはしない」
困った声色にメリーはクスクスと笑う。
「あなたも苦労してるわね」
「あぁ、出来の悪い部下を持つと大変だ。それと、……戦友か」
メリーは立ち上がる。
「戦友ね。私は愛していたわ」
近くに置いている槍を持ち、扉に向かう。
「私も、もう悪魔の名前が付くのかしら。愛しているものを手にかけようとしているのだから。いや、もうかけた」
異様な哀愁を感じたゴウジェ。
「どうした? なにかあったのか?」
「いえ。今、自分のしていることが正しいのかわからなくて。
でも、やらなければ。同じ過ちを起こしてはいけないのだから」
メリーは部屋から出て行った。
ゴウジェは頭を抱えた。
「また1人で片付けようとしているのか?
それこそ、同じ過ちを繰り返しているということに気付いていないのか」
ゴウジェは自身の鎧を眺める。左腕の部分にある自身の名前。
それは4人の罪の証だった。
ゴウジェは己が犯した罪をその鎧に刻み込んでいた。
しかし、メリーは己の罪を自分自身に刻むしかできないのだ。
その刻印がどれほど重たいのか、本人にしかわからなかった。
彼女の言葉は、誰に対しても届かない。誰に対してもいないのだから。