逃走
港から出てすぐに門が見える通りまで来る。
物資発信の地として最も人通りが多いはずのこの場所にも人っ子ひとりもいなかった。
全て黒船のせいなのである。
急いで門を越えようとすると、人影が動いた。
ふたつの影である。
「この世界は門の下でお別れ言うのが恒例なのか?」
槇は走りながらナイフを抜く。
「知らねぇよ!」
康貴は斧に手をかける。
「いいじゃない。お別れを言うのは良いことよ」
かおりは槍の矛を地面に向けた。
「うっふふ。やっぱりここにいたわね、マブロフさん」
「ぐっふふ。ホントね、ズワロフさん」
「さっさと捕まえましょ、マブロフさん」
「殺してもいいらしいわよ、ズワロフさん」
「フヘヘへ……」
「グフフフ……」
ズワロフとマブロフは大剣を抜き、刃を舐める。
「さぁ、逃げるぞ」
「おうよ!」
槇たちは、マブロフとズワロフと対面し戦闘モードに入る。
「いいか? 取り合えず逃げるんだぞ」
「わかってるよ」
康貴は一歩後ろにいるかおりに目をやる。
「道つくるからね」
「わ、わかった」
2人はマブロフとズワロフを睨みつける。
「よーいどんで行くぞ」
槇と康貴は体勢を低くとる。
「よーい……」
「どん!!」
一緒に地面を蹴り、30メートル先のマブロフとズワロフ目掛けて全速力で走る。
槇はナイフを振り下ろし、康貴は左から右へと大きく振る。
ガチン!
金属と金属とが激しく交わる。
「意外と強いですね、マブロフさん」
「少々本気出しますか、ズワロフさん」
2人が鍔迫り合いをしている内に、かおりは間を抜け門まで走る。
「槇! 康貴! もういいわよ!」
「そうはさせませんよ!」
マブロフとズワロフは競り勝ち、槇と康貴を飛ばす。
2人は上手に着地する。
槇は俊敏にマブロフに斬りかかる。
持ち前の身軽さを活かし連続で斬るが、全て剣で受け止められる。
マブロフはナイフを強く弾き、隙の出来た槇に剣振り下ろす。
槇は大きく2歩後ろに跳び避ける。
それをチャンスとし、康貴は力強くマブロフに斧をぶつける。
横腹にクリーンヒットし、家の壁まで飛びぶつかる。
「よっしゃ!」
「康貴! 上!」
槇の叫び声で上を見たときにはすでに遅かった。
ズワロフの刃先が康貴の脳天目掛けて迫っていた。
避けようにも、斧の反動で身動が出来なかった。
「死になさい」
康貴は思わず目を瞑った。
「バカやろう!」
槇が康貴に体当たりし、康貴は2回転ほど転がる。
「しんっ!!」
すぐに立ち上がり、槇を見る。
刃が腹部を貫通していた。
鮮血が飛び散る。
「っがぁぁ!!」
痛みに叫ぶ槇。
「あら、残念」
刃は抜かれ、もう一度振り下ろそうとする。
しかし、急に表れた強烈な殺気に、大きな回避行動を取る。
刹那、ズワロフのいた地面に斧が雷鳴轟かせてめり込んでいた。
槇は、その場に倒れ吐血する。
落ち着くとすぐに立ち上がり流血する腹部を押さえたまま呟く。
「よ……し。逃げ……んぞ。……ゲホゲホ……ガハ!」
地面にどす黒い血を吐く。
覚束無い足取りを支えるために康貴は近づく。
「はや……く、い……くぞ……」
「わかったから喋んな!」
康貴は槇を担ぎ、急いで門の下に向かう。
その道のりには点々と血が落ちていた。
「待ちなさい!」
ズワロフは逃げることを許さなかった。
2人の後ろから剣を振り下ろす。
「……黙ってやがれ……、オカマが!」
白い一線が天高く上がる。
康貴は斧を振り上げていた。
その瞬間を誰も確認させずに。
それにより突風が起こり、ズワロフは吹き飛ばされる。
その勢いで樽の中に頭から突っ込む。
「邪魔すんな、バーカ」
康貴は斧を肩に置き一息吐いた。
そしてまたフラフラの槇に手を貸し門の下まで向かった。
「大丈夫!!」
「……あー、かなり痛いわ」
「応急処置するから」
「早く逃げんぞ」
勝手に進む槇を追いかけてすぐさまゲゼアルを後にする。
少し進み、マブロフとズワロフがこないことを確認して、槇の治療にあたるかおり。
医師から貰っていた救急処置セットで、適当に消毒し薬草を乗せて包帯でぐるぐるに巻き付ける。
「こんな感じかな?」
「すげぇ染みんだけど」
「我慢しなさい。男でしょ」
かおりはそう言いながら傷口を叩く。
「バカ! いてぇよ」
「気にしない気にしない」
呑気にそう言って立ち上がるかおりに溜め息しか出なかった。
槇も立ち上がり、先を進もうとした。
「槇、さっきは、その、ありがとう」
康貴が照れ臭そうにしながらそう言った。
「あぁ」
しかし、槇の返答は呆気なく呟かれた。
だが、康貴はなんとなく舌打ちする気になれなかった。
3人は進み始める。
次なる町に向けて。
ボーーー
ボーーーー
ボーーー
遠くで低い音が3人の耳に入ってきた。
きっと黒船が来航したのであろう。
そう思いながら決して振り向かなかった。
今は真っ直ぐ進む。
それが宿命だと信じていた。