思える人、思ってくれる人
夜、月と海に写るそれが白く光り、町を不思議に光らせていた。
町には灯りなどなく、その明かりだけがものを見せていた。
男はかおりの寝ている部屋にふらっと立ち寄る。
右腕を侵している毒の状況を確認し、そしてイスに座った。
息の荒いかおりの、おでこに乗せていた、もうすでに乾いているタオルを取り、桶にはっていた水に浸け、固く絞り、おでこに乗せる。
「……し……ん……」
かおりが寝言で呟いたのに男は少し驚く。
「……しん……」
男は小さく笑った。
「まったく。こいつら見てると、あの4人を思い出すよ」
男は思い出に浸る。
「キズついて戻ってきては、バカみたいに笑って。4人で助け合っては泣き合って。こんな世界変えてやるってのが口癖だったな。……ったく。どうしてこうなったんだか」
男はまた窓辺に立ち、外を見た。
「ん?」
動いている物体に視線を下に向ける。
それは、斧を振り回している少年であった。
本当だったら、まだこの部屋の空いているベットで寝ていなければならない少年である。
男はそれを確認して、またイスに座った。
「女、お前は幸せだな。思える奴がいて、思ってくれる奴がいて。……強くなれよ」
男はその部屋から出ていく。
その背中には大きな罪を抱えているようだった。
夜が明けて直ぐに槇はこの場所に着いた。
「またせた!」
直ぐにかおりに近づき状況を確認する。
まだ生きているが紫がより一層濃くなりながら範囲を広げていた。
「これだろ。蓮華」
医者は静かに頷き蓮華を受け取るとかおりの口にすぐに入れた。
「これで大丈夫です。直ぐによくなりますよ」
康貴はその様子を静かに見ていた。
医者の言葉を聞いて槇は周りを見回す。
「そう言えば、バンダナのおっちゃんは?」
「あぁ、帰られましたよ」
「え!? お礼したかったのに!」
肩を落す槇に医者はこう続けた。
「━━━━ダグラス、彼の名前です。
元、エデレスメゼンの軍人でした。
数年前辞職し、今では傭兵をやっているそうですよ。
運が良ければまた会えますよ」
ダグラス。
その名前を2人は頭に刻み込んだ。
「ん……」
その直後のかおりの唸り声に目を向ける。
康貴は身を乗り出してかおりを見る。
既に紫は無くなっていた。
「大丈夫?」
まぶたを開けると心配そうに顔を覗く2人が目に入る。
かおりは思わず笑ってしまった。
「2人ともキズだらけ」
少し掠れる声で呟かれた。
2人は顔を見合わせた。
「ホントだな」
「かっこわる」
3人は笑った。
まだ生きているという事を感じて。
昔の仲が良かった頃の3人の様に笑った。
まるでこの瞬間の幸せを噛み締めるかのように……。
その後すぐに出発の準備をする。
「そうだ。君たちにこれをあげよう」
医師が箱をかおりに渡す。
「応急処置セットです」
「え!? そんな申し訳ありません。
ただでさえ1日泊めて頂いて、さらに治療まで……」
「いいのいいの。君たち見てたら、これ渡さなければいけない気がしたからさ」
「ありがとうございます!」
3人でお礼を言う。
「それじゃ、オレ達行きます」
「お世話になりました」
「またねー」
診療所を勇み足で飛び出た。
3人は急いで港まで行く。
テオの言うとおり船でガザナに向かおうとしたのだ。
港に着くと異様な光景に目を丸くする。
港には船一隻すら浮いていなかった。
「なんでだよ」
康貴が広い海原に声を沈めた。
「なんで船ないんだよ」
「簡単な話さ。黒船が来るからさ」
語り口調に発する声。
3人はその方へ顔を向ける。
そして後悔する。
「変なのでてきたぁ!」
海を臨めるベンチに座り、筋肉質な右足をベンチにかけ、筋の綺麗な内股を見せつけるように広げ、適度に太い両腕を背もたれにキザの如く乗せ、鍛えられている胸板に抱きつかせようとさせているポーズを取っている。
そして、格好がスクール水着。
目の前に現れたのは細マッチョな男性、簡単に例えるなら変態であったのだ。
そして、その男性は真剣な顔をかおりに向け一言、
「……やらないか?」
瞬間、その男性を害悪と判断し亡きものにしようとする槇と康貴。
「は……、やめ、てくれ……きもち…………いい」
さらに力を強める2人。
かおりはその男を冷めた目で睨んでいた。
──数分後。
「……すまなかった」
正座をして鼻から血を出している顔でしっかりと謝罪する変態。
「で、黒船が来るからってなんで船がないんだ」
かおりは槇に隠れながら、男性を冷めた目で睨む。
「簡単な話だ。デケーんだ。ここの港全部使うくらいな」
槇は港を見回す。
港は九十九里浜より三里少ない程度であり、そんな巨大な船ならば多分浮かばない。
「嘘。そんなに大きくないでしょ。本当は?」
それをかおりが指摘する。
「すまん。たしかに嘘だ」
「次、嘘ついたら殺す」
「実はみんな君たちが大好きで間近で見るのが恥ずかしいらしく逃げた」
とあからさまな嘘をいった瞬間、男性の喉元に槇のナイフが触れる。
「おら、はやく言え」
「はい、I'm sorry」
槇にはこの男の一言一言がムカつくらしく、喋るごとに舌打ちをする。
「みんな怖いんだよ。
黒船が。
邪魔なものはすぐに排除し、駆逐していくからな。
前、一隻の船が黒船の留まるはずの港に留まってた。
そしたら砲撃喰らわせて落としたそうだよ。
乗員も全員死んだ。
ヒドイと思わないか?
まぁ、だからどの船もみんな隠れちまった。
ってことで今は船ではどこにも行けねぇぞ」
槇たちはこの不利な状況に多少慣れつつあった。
なので動揺もせずに次の一手に切り替えた。
「ガザナまで行きたいんだ。なるべくはやく。どうしたらいい?」
「ガザナ? あの山だったら船で行くのが普通だな。待てば? 3ヶ月くらい」
槇はナイフを更に押し付けていく。
「なら、あっちの方からでて道を真っ直ぐ。
町があるから食料とか水とか買い込んで砂漠を進む。
危険すぎるけどな」
槇はナイフを仕舞う。
「ありがとう」
そう言って男の指した方に頭を向ける。
「おい! マジで危険だぞ!」
「ここにいた方が危険だよ」
「そーゆーことー」
急ぎ足で門へ向かう。
この街は黒船が来ると言ってほとんどの店が閉まっていた。
本当はもっと賑わっているだろうこの街に来る、黒船という台風は一体どういうものなのか気になった。
しかし、3人は歩を緩めなかった。
生きるために。