ボスウルフ
槇はあの森に着いていた。
そう、あのピンク色がいた森である。
またピンクのお化けに出くわさないように慎重に進んでいく。
しかし、進めど進めどそれらしき花は見つからない。
「どこにあるかぐらい聞いときゃよかったな 」
ため息混じりに今更な言葉を口にした。
その時だった。
動物の唸り声。
槇はすぐさまナイフを抜き声のするほうに向ける。
すぐにウルフ1体が飛び掛ってくる。
槇は飛び掛かってくるウルフを避けながら殴る。
ウルフは間合いを取る。
睨みと唸りを効かせてジリジリと近寄っていく。
その微かな空気感に全神経を向ける。
再び飛び掛ってくるウルフを右に避け、首もとにナイフを突き刺す。
きゃんと鳴き声を血しぶきと共に上げそのウルフはそのまま動かなくなった。
槇は安堵の溜め息を吐き、先を急ぐことにした。
草木を掻き分けながら森の中を進む。
森は深く、太陽がどの位置にあるのかわからない。
時間感覚が失われた状態で槇は身体的に参っていた。
急がなければ、と思うほど体は動かなくなっていく。
とうとうその場に座り込み木の幹に背もたれる。
「疲れた」
息を大きく吸う。
深緑の香りが体中に行き渡る。
マイナスイオンといったものであろうか。
大自然を体中で感じると疲労が頂点に達する。
「ホントにあんのかよ」
愚痴がこぼれる。
ただでさえまともに寝ていない槇は体力も限界に近かった。
「少しだけ……寝てもいいよな」
ゆっくりと目を瞑る。
少しだけなら。筋肉に込めていた力はスッと抜け、眠りに入る。
ただ、いつ襲われてもおかしくないため耳だけは護衛様に立てている。
すると、今まで聞こえてなかった様々な音が聞こえてきた。
鳥のさえずり。
リスの声。
木の歌声。
川のせせらぎ。
「ん? 川の音?」
まぶたを開き、気になった音の方向にもう一度耳を傾ける。
ざぁ、ざぁ。
それは間違いなく水の流れる音だった。
「もしかしたら……」
槇は最後の頼みとばかりにその音のする方へ向かった。
開けた場所に出る。
簡単に言うのであれば切り株だが、それは巨大なフィールドのような場所でもあった。
奥には巨大な滝が虹を浮かべ、切り株の周りは来た道以外は泉が透き渡っている。
ここの最も滝に近い場所に赤き小さな花が咲いていた。
遠目からでもわかるくらい赤い実は輝き存在を知らせていた。
それこそが蓮華である。
「あった」
喜びに似た声がこぼれた。
見つからない事への緊張が解けたのか表情が緩む。
蓮華を取りに足早に大林のフィールドに足を踏み入れた。
瞬間だった。
ウルフ5体と、少し大きいいかにも長感のあるボスウルフが、辺りから出てきたのは。
「簡単には取らせてくれないんだな」
槇はナイフを強く持つ。
槇はボスウルフから一番遠いウルフに向かって走る。
首筋にナイフを一振りする。
しかし簡単に避けられ、体当たりを受ける。
よろけていると、ボスウルフが遠吠えする。
それを号令に5体のウルフが一斉に襲い掛かってくる。
槇は体勢を直しながら相手の出方を見る。
1体目は体当たり。
避けながら首にナイフを突き刺す。
すぐさま2体同時に左右から爪を立て飛び掛ってくる。
後方に飛びながら避け、ナイフを抜きざま左のウルフの首元を切り裂く。
背後に鈍痛。
ウルフの体当たりを受け、倒れてしまう。
そこを狙って最後の1体が左腕を噛み付く。
「ぐぅ、」
槇はナイフを立て、額に突き刺す。
顔に返り血を浴びる。
噛み付きがゆるくなるのを確認して蹴り飛ばし、ナイフを抜いた。
噛まれた腕を庇いながら立ち上がり、残りを確認する。
残りの2体のウルフはボスウルフの脇で威嚇をしていた。
ボスウルフは悠然と槇を睨みつけていた。
「お、ボス戦ってか。回復アイテム持ってないんだけどな」
槇は顔についた血を拭い、ナイフを構えて相手の動きを観察する。
ボスウルフの遠吠えを合図にウルフ2体が地面を蹴る。
そのスピードに驚くも冷静に状況を見ていた。
目の前で飛びかかる2体のウルフ。
大きく口を開け、首と腹部目掛けて突っ込んでくる。
槇あえて避けなかった。
下段のウルフをナイフの柄で殴る。
そのままナイフでもう1体のウルフの顎を貫く。
そして殴り落としたウルフは地面に倒れる。
起き上がる前に頭を踏みつけ倒す。
数秒の出来事だった。
槇は2体のウルフが立ってこないのを確認すると溜めていた息を吐いた。
「よし、後1体だな」
最後にとボスウルフに目をやるとすでに目の前にいた。
「ぐっ!!!」
突発的に腕でガードするがボスウルフの剛力に、数メートルすっ飛ぶ。
すぐに立ち上がり、噛み付きに来るボスウルフ。
目にナイフを突き刺してすぐに手を離す。
強力な噛み付きを避け横っ腹に蹴りを入れる。
痛みに唸るボスウルフは間合いを取る。
「やべ、オレ丸腰じゃん」
ウルフはナイフの刺さった顔で槇を睨みつけてくる。
槇も睨み返す。
お互いタイミングを見計らっている。
次で最後だと言わんばかりに。
一瞬の静寂が川のせせらぎを聞かせる。
地面を蹴ったボスウルフ。
電光石火の如きスピードにまたガードする。
今度は飛ばず、逆に腹に膝蹴りを食らわせる。
浮き上がったボスウルフはエビの様に反り、空中で回転し尻尾で槇の頭を殴る。
かなりの強打に一瞬意識が飛ぶ。
その隙にと空中で大きく口を開ける。
槇は咄嗟に横に飛び避ける。
落ちてきたところに蹴りを入れるとボスウルフは体勢を崩す。
ここぞとばかりに槇はナイフめがけて手を伸ばす。
しかし、ボスウルフは大きく口を開け、すぐに閉じる。
反射的に手を引くが、それにより体勢が崩れてしまう。
ボスウルフはそれを見逃さず体当たりする。
それによって飛ばされ、地面に倒れる。
絶好のチャンスにボスウルフは槇に飛びかかる。
倒れた状態で蹴りあげる。
しかしボスウルフは華麗に避け首筋目掛けて口を開ける。
それを読んでいた槇の踵落としがボスウルフの頭に炸裂する。
地面に倒れたボスウルフ。
意識が飛んでいるようだ。
槇は上半身だけ起こしすぐにナイフを抜き、首もとに刺す。
勝負はついた。
水の流れ落ちる音だけがその場に響く。
「勝ったァ……」
再びホッと溜め息をつく。
全身の力が抜けるのがわかった。
緊張が解け、一気に疲れが体を襲う。
重たいまぶたを閉じる。
「このまま寝ちまうかぁ」
その言葉の後に浮かぶかおりの顔。
「そんな場合じゃなかったな」
すぐに立ち上がり蓮華に近寄る。
ゆっくりとしゃがみ、小さく赤い可憐な花の間を覗く。
「これで……」
槇はその、いたいけな花に手を伸ばした。