蓮華
日が登り始めた。
赤く燃え上がる日は水平線から半分以上顔を出し、見える世界に影を作る。
草も木も、花も動物も、そして人も影の主になった。
その影を背負って、槇と康貴が一本道を真っ直ぐ歩いていた。
康貴に至っては、泣き疲れて寝ているかおりを背負いながら夜通し歩いていた。
槇は太陽と反対方向、マール方面を追手を警戒しながら、丘の下に見える、海岸線に沿って建物が並んでいるゲゼアルの町に視線を戻す。
「康貴平気か?」
「……あぁ。……まだ部活の方がキツいよ」
そうか、と呟いて溜め息を吐いた。
「そういやぁ、なんでオレら追っかけられてんだ」
康貴がなんとなく聞く。
その答えに槇は数秒考えて答えた。
「ん? あの男の人が悪人だからじゃないのか?」
「あの人、悪人に見えたか?」
「少なからず善人には見えないな」
……はぁ、……はぁ、……はぁ、
康貴は背負っているかおりの呼吸が荒くなっていたのを、今更感じ取った。
「ん? かおり?」
足を止める。
嫌な感覚に背負っている彼女を見た。
「康貴どうした?」
「かおりが……」
異様な行動をしている康貴に気付いた槇は、2人の元に駆け戻る。
かおりの様子を見るのに覗き込む必要がなかった。
「……なんだよこれ」
かおりの右腕が、異様な、グロい紫色に変色していたのだ。
「なんで今まで気づかなかったんだよ!! くそ!!」
槇は自分の太ももを殴る。
「康貴、町まで急ごう。かおりの右腕が紫だ」
「は!? 紫!? なに言ってんだよ! つかなにが起きてんだよ!?」
「わかったら今処置してるっての。取り合えず急ぐぞ」
槇が走り出し、康貴はそれに着いていく。
槇の取り乱し様を見るとかなり危険な状態だと感じ取っていた。
まだまだある道のり。
体力の限り走っていく。
町の門に着いたときには、日はそろそろ頭上に到達する頃合であった。
「ゲゼアルへようこそ」
と門に寄りかかっている若い、暇そうにしている男の人がそう話しかけていた。
「ゲゼアルに観光かい? なら案内するよ」
RPGの町の入り口にいる人のような存在だろう。
町の名前だけを言う、物語の途中から話しかけたくなくなるあのポジションの人だ。
「観光はいいから、医者、医者の場所を」
槇は荒い息のままキツく放つ。
「はやく案内しろよ! 連れがヤバイんだよ!」
「は、はい」
冷静じゃない槇の怒声に恐縮してしまう案内人は真っ直ぐ医者のいる所まで案内する。
診療所のようなところに着くと、診察待ちであろう人たちを差し置いて治療室に入る。
「先生、見てくれ、やばいんだよ」
先生であろう白衣を来ている人は視線だけをこちらに向ける。
「とりあえず、ベットに寝かせなさい」
そう言うと今見ているバンダナを頭に巻いたの男から離れ、かおりの紫に変色した腕を見る。
「どうなんですか?」
「いや……、その……」
言葉を詰まらせた。
康貴はそれに息を詰まらせる。
見られている当人は苦しそうに唸りをあげ始める。
「なぁ、どうなんだって」
槇が催促すると先生は1度見るのを止めた。
「あの、大変申し上げ難いのですが、
毒に侵されているのは解りましたが、その毒がどの生物のものなのか解りません。
解りませんと解毒薬をつくれないのです。
なにか思い当たる付しはありませんか?」
「ウルフに噛まれた事があります」
槇が即答する。
しかし、医師は余計に首を傾げた。
「ウルフは毒を持っていません。他は?」
2人は悩む。思い当たる付しがまったく無かったのだ。
「ないです……か……」
諦めるしかない。
先生がそう告げようとした瞬間だった。
「オレに見せてみろ」
医師を退けて、かおりの腕を見始める、がたいの良いバンダナの男。
「こりゃ、ジャダンジェの毒だな」
男はかおりの腕を見るやいなやそう告げた。
「蓮華の実はないのか?」
「蓮華は無いです」
「そうか。ならお前ら、ちょっと森に行ってきて、赤い花の実を取ってこい。この花だ」
がたい良い男は腰のポーチから赤い綺麗な花を取り出し、康貴に渡した。
「なるべく早い方が良いぞ。あんまり遅いと腕を落とさにゃならんからな」
「わかった! 行ってくる!」
康貴は走り出そうとした。
「っ!」
だが足の激痛でしゃがみこんでしまう。
「畜生!!」
ムリヤリ立ち上がろうとするが、痛みで体は動かなかった。
「動けよ!」
必死に立ち上がろうとする康貴の目の前に足が降りた。
「動くなよ。オレだけで行くよ。お前はかおりを見とけ」
そう言って槇は康貴の持っていた赤い花を奪い取る。
「1日、背負って歩いたんだ。足だってイカれるよ。少し休みやがれ」
そう言い残してその部屋を出ていった。
それを悔しそうに見ていた。
「うわ!」
急に抱き上げられ驚く康貴。
抱き上げたのバンダナの男だった。
その男の右目は三本のキズがあり閉じて開かない様だった。
左目の瞳は茶色く、思ったより長めの茶髪は、赤いバンダナによって立っていた。
「お前ら、過酷な旅してるみたいだな」
低い声で笑う男。
「なぁ、第一級指名手配さんたち」
男の目付きが鋭いものに変わった。
康貴はかおりの隣のベットに寝かせられた。
そして、とんでもないことを言い放った男を怯えるように見る。
「なんで知ってんだよ」
「知ってるもなにも、服だよ」
男はそう言うと、近くの窓から外を見る。
「普通の人間にはわからないが、一定の能力を持ってる奴からすると服全体が発光してる。
ピンクにな。
イヤでもそいつが指名手配者だってわかんだよ。
まぁ、そのお嬢ちゃんだけだがな」
「……どうするつもりだ」
康貴は睨み、鋭い口調で言う。
「どうもしねぇよ。
オレから見たら、よわっちい、いわば羊に本気で戦いを挑むようなもんだ。
くだらねぇし、つまんねぇ」
よわい。
……よわい。
…………よわい。
康貴の頭の中でその言葉が輪廻し増幅する。
「よわくなんかねぇ。よわくなんかねぇ!」
男は横目で康貴を見た。
そしてニヤリと頬を上げ、口をあける。
「なら、その状態からオレを倒してみろよ」
挑発にのる康貴は腰の斧に手をかけ、取り出そうとした。
「所詮、その程度か。こうやるんだよ、ボウズ!」
男が康貴を睨み付けるように力強く瞼を開けると、康貴がベットから飛び、そのまま壁にぶつかり落ちる。
「わかったか?
お前らを追いかけてるエデレスメゼン軍の隊長クラスはこれくらい普通にやってくるぞ。
捕まりたくなきゃ、死にたくなきゃ、これくらい身に付けねぇとな」
男は飛ばした康貴に近づき、また抱えようとした。
「…………そ……」
しかし、途中でやめた。
「……く……そ……」
否、やめたのではなく、やめさせられた。
「くそ……クソ、クソ!」
あまりに惨めすぎた。
そして、あまりに小さすぎた。
「オレが戦えなかったら、弱かったら、またあんな思いしなきゃいけないじゃんかよ。
こそこそやんなきゃ生きてけないなんて、」
流す涙で濡れた床を叩く。
「なぁ、強くなるにはどうしたらいいんだよ。
教えてくれよ。もぅ、なにも失いたくねぇんだ」
康貴は、その汚く不格好な顔を男に向け、ズボンをつかんで、すがるように頼む。
「イヤだと言ったら?」
「教えてくれよ」
男は少し考えた後、こう言う。
「ならよく聞け。
お前は斧使いだ。
斧と言えば力任せのイメージがあるがそうじゃない。
流れに任せるんだ。
力なんかいらない。
全て流れに任せるんだ。
まずはそこからだ」
そして抱き上げ、ベットに戻す。
「なにも失いたくねぇんなら、もう泣くな。
泣いたらなにも見えなくなるぞ。
守りたいものも、倒したいものも、自分も」
男はまた窓辺に立つ。
窓ガラス越しの海を眺めていた。
ゆったりとした流れで、特におかしなものは無かった。
しかし、知っていた。
後にタルザインの英雄と呼ばれる男は海から訪れる黒き船の存在を知っていた。
その船に乗っている、黒い甲冑の騎士が来ることを知っていた。
だからここにいた。
大規模な戦争が起きる。
それを止めに来た。
だが、男は知らない。
もう止められないところまで来たことを。
「おい、ボウズ。蓮華が来たらすぐに目的地に向かえ。蓮華は飲ませればすぐに毒は消える」
この3人を助けたことによって、争いが起きることは必然になったことなど、知るよしもない。