不安と願いと
太陽は姿を隠し、闇の世界が広がった。
さっきまで賑やかだった町はすっかり人気をなくしていた。
静寂の夜。
その言葉が似合うだろう。
漆黒の空には、川のように列となった星々が描かれ、その中に小さな月と大きな月が仲良く身を交わしながら浮かんでいた。
絵に描いたような幻想的な夜空を見ているようで、小さすぎる自分の存在に溜め息しか出なかった。
「ここにいたんだ」
槇は視線を下ろし、隣に座ったかおりに目をやった。
「寝たんじゃなかったのか?」
「エヘヘ、なんか眠れなくて」
無邪気な、普通な笑顔だった。
槇はその笑顔から逃げるように、また夜空を見上げる。
それにつられてかおりも見上げた。
「うわぁ、綺麗」
かおりもまた、幻想的な夜空に浸る。
今日1日の不安を打ち消してくれるのだろう。
しかし完全に消去できるはずもなく、すぐに空から地面に目を移すのだった。
「槇、私たち帰れるよね?」
槇はなにも言わなかった。
帰れると言えば嘘になる。
帰れないと言っても嘘になる。
ムダな期待も喪失感もかおりに味わせたくなかった。
槇自身、帰れないと思っていた。
「私、怖いんだ」
そう呟いて、ウルフに噛まれた右腕を見た。
「3人で帰れないんじゃないかって。なんか怖くて。槇が、康貴が、側からいなくなるんじゃないかって」
あの時の記憶が鮮明に、黒い瞳の奥に映し出されているようだった。
殺されそうになる槇が目の前にいるのに、なにもできなかった、動けなかった自分が、勝手に再生されていた。
恐怖に混乱し、混乱に恐怖していた。
不意に抱き寄せられる感覚にその映像が停止した。
「大丈夫だ。
オレが守ってやる。
なにがあっても、どんな死境に立たされても、オレがかおりを守ってやる。
だから心配すんな」
臭いセリフだった。
だが、かおりにとっては、誰よりも好きな槇の告白にも似た言葉に、なんとも言えないほど幸せで、熱くなる感情に涙した。
「ありがとう」
そう呟いて槇に身を任せた。
何秒その状態でいたのだろうか。
気持ちが落ち着いたかおりは体を起こそうと思う。
「あ! 流れ星」
「え!?」
かおりは空を見上げた。
一筋の光が現れては刹那に消え、また現れては消えていった。
流星群。
星が雨のように降り注ぎ、さらに幻想的な絵にしていた。2人は言葉に表せない光景に心を奪われていた。
『みんなで帰れますように』
かおりは小さく願うのだった。