魔法の存在
「ただいま」
そこに買い物に行っていた2人が帰ってきた。
「ちょっと待ってて、今シチュー作るから。槇、ナイフ貸して」
槇は腰の鞘に納めていたナイフを抜き、かおりに渡す。
「えっと、お鍋がこれで、これがまな板かな? えっと、コンロがないから……、康貴! 頑張って!」
「らじゃじゃ!」
かおりと康貴の行動が気になるのか、2人はチラチラと料理し始めている方を見ていた。
「あれ? ペンダント売らなかったのか?」
槇がおかしなことにそう聞く。
「え? なんでわかったの?」
「いや、なんとなく」
かおりは顔を傾げた。
「売らなかったんじゃなくて売れなかったの。
こんな高価なもん買い取れないって。
でね、さすがに手ぶらじゃ帰れないと思って、そこら辺で譲ってくれないかって聞いたらくれたのよ。
たまねぎでしょ、ニンジンでしょ、ジャガイモ、牛乳と、ほらお肉も」
「え? どうや……」
「槇! 槇!」
どんな脅しを使ったのか槇は気になったが、隣の康貴が少しビクビクしてるところを見ると、聞かない方が身のためだと言葉を呑んだ。
食材をテンポよく刻んでいくかおりに対し、頑張って火起こしをしている康貴。
頑張りも虚しく煙さえ立ってないのだが……。
「なぁ、点くのかこれ?」
「お前次第だろ」
「じゃぁ槇変われよ」
「やだ、疲れる」
「こんぐらいやれよ」
「やだ、めんどくさい」
今にもケンカになりそうなのだが、疲れているのか康貴の威勢のよさがない。
「あ゛あ゛ー! 点かねぇ!」
諦めてほっぽりだした。食材も切り終わり、あと火だけになのだが、その火点け人がボイコットを呈したのだ。
「ちゃんとやれよ」
「だからお前がやれって!」
「やだっつってんだろ」
「だったら文句言うなって!」
2人の口喧嘩の中、少年が抱き着いていた少女を離させて立ち上がり、薪に近づいていった。
「ん? 大丈夫?」
康貴がそう聞くが、そんなこと無視して、薪に両手を向けた。
「なにやってんの?」
もちろん返答はなかった。
パチッ、パチッ、
薪から軽快な音と煙が上がり始めた。
そのうち薪が赤くなり、最終的に火が上がる。
少年が手を向けていただけなのに、火が点いたのだ。
まるでマジックを見ているようだった。
「早く作ってよ。お腹空いた」
少年がそう呟いた。
「うん。もう少しだからね」
かおりはそう言い、鍋を火の上に置いた。
気合いが入ったのか腕捲りをする。
具材をちょっとづつ入れていき、良い匂いが段々と部屋を満たしていった。
もう完成が近かった。
「はい出来た!」
もう薪は燃えきっていたが、余熱で結構な時間煮込んでいた。
お腹が空きすぎてうーうー唸っている康貴。
それを無視し、少し多めのシチューを近くにあったお椀に分け、各々の目の前に置いていく。
「食べよ」
「いただき!」
すぐにがっついたのは康貴だった。
「うめぇー!」
その言葉で唾を飲み、恐る恐るシチューを口に運んでいく少年と少女。
一口。
たった一口飲んだだけで2人は涙を溢した。
「美味しい」
少年がそう呟く。
「お姉ちゃんが作ったみたい」
少女がそう呟く。
そのあと2人は喋りもしないで黙々とシチューを食べていた。
全員食べ終える。
「ごちそうさま」
3人はそう言うと、男の子と女の子は遅れて言う。
「ごちそうさま」
かおりは思わず微笑んでしまった。
「ねぇ、名前聞いてもいい?」
一瞬ためらい、言葉を出した。
「オレ、テオ」
かおりは女の子に目を移す。
女の子はもじもじしながら自分の名前を言う。
「ミー」
「テオくんとミーちゃん」
かおりが2人の名前を聞き返した。
「うん」
男の子、テオは小さく頷いた。女の子、ミーは顔を赤らめる。
「へぇ、いい名前だね。私かおりって言うんだ。あの恐い顔が槇」
「誰が恐い顔だ」
「で、あの間抜けな顔が康貴」
「ん?」
「よろしくね」
そう言ってかおりはミーの頭を撫でた。
テオは無邪気に笑った。
「てめぇ、笑うな」
「あ、恐い顔!」
ミーが指をさして言うものだからテオは腹をかかえて笑った。
槇は深く溜め息をついた。
この状況を打破するように槇は咳払いし、喋りだした。
「で、ガザナの行き方わかるか? 教えて欲しいんだ」
槇は横目でテオを見た。
テオは不思議そうな顔を見せた。
「ガザナ? あの山? あそこならゲゼアルって港町から船で行くのが良いかな。
じゃないと砂漠越えることになるし、最近凶暴な竜が出るって噂もあるから。
ゲゼアルは西門からの真っ直ぐな道を進めば着くよ」
「ありがと」
スラスラと言われる言葉を一発で覚えたのかは知らないが槇はそう呟く。
「あのさ! あのさ! さっきの火が点くやつなに? マジスゲーんだけど」
康貴がテオに近づいてやけに目を光らせそう聞く。
さらに不思議そうな顔をするテオ。
「あれ? そのものの成り立ちを変えるんだ。
例えば薪を燃やすなら、そいつ自身の沸点を下げればいいし。
常温で燃えるようにすればいいのさ。
そのためにそれ自身に気を送って、いわゆる触媒の作用を働かせればいいんだ。
ってこんな当たり前なこと聞く?」
康貴はちんぷんかんぷんなようで、逆に清々しい顔をしていた。
「すまん、オレたちな……」
槇はこの世界の住人でないこと、もとの世界に帰るための方法を探していることを話した。
「それホント?」
「オレたちも信じられないが、この状況からして、妥当な解釈。だからさっきの魔法みたいなものも初めて見るんだ」
テオは理解に苦しむ顔を見せた。
「かおりお姉ちゃんって天使なの?」
急にミーがそう聞くものだからかおりは変な声を上げた。
「違う世界から来たんでしょ。だから天使なのかなぁって」
「ミーちゃんが天使だって思うなら私は天使だよ」
かおりは笑顔でそう答えるとミーは喜んだ。
「わーい! 天使だ!」
テオとミーの顔が段々と輝き始めていた。
たった数時間。
それでも、わかり合え、そして心が許せた。
右も左も分からない世界で、やっと心が許せる異端者が出来たのだ。
その喜びは果てしなく虚しいものだった。
「ねぇ、かおりお姉ちゃん。ずっと一緒に居てくれるよね」
一抹の不安と絶望。
喜びが大きい分、失うものは大きすぎるものだった。
「うん。一緒だよ」
そう言うしかなかった。
自分が感じている不安以上に、この女の子は恐がっているのだから。
「もう寝よう」
「うん!」
かおりはミーが寝付くまで側で子守唄を唄った。