勇者の恋心
天まで昇るような巨大な身体はまるで闇が住み着いているがごとく黒く、背中から出ている3本の触手はこの世界から魔力を吸っていた。その代わりに吐き出している息は瘴気にまみれ、触れた植物は腐り溶けていく。
その混沌たる姿は、誰もが一目で魔界のものだとわかる姿だった。
この世界に呼び押せてはならないもの。
「かおりは……。失敗したのか?」
かめ吉は驚き、嘆き、それでも槇の治療をやめなかった。希望、可能性、そんなもの既になく、ただ最後に行っていた行為を呆然と行うしかなかった。
「絶望は……、生物の思考を止める……か」
意識のなかった槇が唐突につぶやいた。
開かれた目は、深紅に輝いていた。
『我はリオイオ。我を呼び出したものはお主か」
世界が壊れる音に混じって、悪魔は語りかける。
ジーグは愉快そうに笑いながら頷いた。
「そうだ! オレだ!」
『貴様の願い、1つ聞き入れてやろう』
その言葉を聞いて、笑うのをやめた。
強風でかぶっていた帽子が飛んでいった。額の傷が顕になると疼くのか触れる。
そして涙を流す。それほどまでに、望んでいたこの瞬間を。
「ティエルを生き返してくれ!!」
「欲しいものはない!」
願いが交わると、ジーグは驚く。
ありえないのだ、自分以外にこの声が聴こえるのが。
「契約者はオレだ! なぜお前にもリオイオの声が聴こえる!」
ジークに近寄って来たのは、氷の槍を持った女性だった。
「契約は最後の石を置いたもの、よね。それを2人で最後に置けばどうなるかしら」
「貴様っ!!」
怒りは剣に灯った。
「願いは1つ。これは変えられない絶対だ。そんなことしたら!」
「聞き入れてくれないかもね。その願い事」
かおりは瞳を青く光らせる。
「間に合わなかったんだから、仕方ないよね。どうせ願いは聞き入れてくれないんでしょ。だって、答えは……」
『その願い聞き入れた! 交換条件は、この世界だ!!』
「っ!! うそ……」
「は、はは……。やった。やったぞ!!」
世界崩壊の鐘がなる。それとともにジーグの身体が黒く染まっていく。
「願いの代償は、その身。それを知っててやるんだから、本当にすごいと思うよ。勇者の恋心は」
「これで、……思い残すことも……」
闇がその身を覆う。自我のないただの化身となる。
「自分と、ティエルって人。天秤に掛けるなんて、できないわ」
かおりは槍をジーグだったものに向ける。
その化身は力強く狂気的に叫んだ。
『あと少し。なんとか耐えてくれ、3人とも!』