第5話
オルテシア王立魔術学院へ向かう道中の大きな馬車の中で、エニスがフレイに対して必死に懇願していた。
「勘弁して下さい。減給だけは本当にやめてください」
エニスはよほど嫌なのか、半ば泣いていた。
「喫茶店への襲撃に破壊行為。女王陛下がいらっしゃるのに、ですよ? これで何も罰がなければおかしいではないですか?」
エニスとは反対にフレイはとても良い笑顔だった。
エニスは減給がとても嫌なのか、先ほど小ばかにしていたリューイがいるのにもかかわらず、全力で謝っていた。もちろんリューイ以外にも人の目もあるわけだが。
エニスは〈十年戦争〉 と呼ばれた戦争での功績によって、平民からオルテシア王国宮廷魔術師に任命された。そして多くの人の羨望を集めたエニスが、恥も外聞も無く必死に懇願していた。もはやエニスは、ここにはフレイしかいないというような行動しかしていなかった。
シャロンとアンリは、オルテシア王国の宮廷魔術師というものに憧れていた。その理由としてオルテシア王国の宮廷魔術師は、他国の宮廷魔術師と違い絶対的な力を有し、国に絶対の忠誠を誓っているからだ。そしてオルテシア王国の宮廷魔術師は、オルテシア王国が個人の身の安全等を保障する代わりに、他国からの干渉を受けた場合にこれを速やかに排除するという責を負う。そのおかげか、オルテシア王国の宮廷魔術師は王国の国民に多大な畏怖と憧れを受けている。
そんな宮廷魔術師であるエニスを見てシャロンとアンリは、少なからず失望を抱いていた。そんな二人を見てリュディアが、ため息交じりにエニスをフォローした。
「エニスは、……まぁ、こんな感じだけれども宮廷魔術師なんてみんなこう一癖も二癖もあって似たようなものよ?」
リュディアのこの一言がシャロンとアンリ、特にシャロンの宮廷魔術師への憧れを打ち崩した。シャロンがエニスを見る顔がとても厳しくなっていた。
リュディアが放った言葉にオズの膝の上に座っていたリューイは、オズをじっと見上げていた。
「どうした、リューイ?」
「にぃ、エニスと一緒?」
「えーっと、リューイ。どうして、兄ちゃんとエニスが一緒だと思ったのかな?
」
オズは、何を言われているかわからなかった。オズが宮廷魔術師ということはリューイも知っている。なので、今更、宮廷魔術師か? などという疑問を挟まないだろう。
「さっきリュディアが言ってた」
そこまで言われて、リューイが言いたいことがなんとなくわかった。
つまりこういうことだろう。オズもエニスと一緒で宮廷魔術師だ。だからオズもエニスみたいに変わっているのか?と言いたかったのだろう。多分。
リューイのこの一言にオズは心を抉られた。オズはリューイが言おうとしている事を理解して、ショックを受けていた。そしてこの発言の原因であるリュディアに真意をオズは問いたださなければならない。
「リュディア様。ボク何か気に障るような真似しましたっけ?」
オズが声量を落としてリュディアに対して、先ほどの発言の意図を聞いてみた。
「あら、急にどうしたの? オズ」
リュディアはオズが内緒話をしたいと感じオズと同じような声量で答えた。
「先ほどの話なんですが、僕はエニス達よりまともですよ? 変わってなんかいませんよ」
リュディアは目をぱちくりと瞬かせ急に笑い始めた。
女王であるリュディアが、人目を気にせず急に笑い始めたことに馬車の車内にいたオズとリューイを除く全員がギョっとしていた。フレイに罰の軽減を必死に懇願していたエニスでさえも、笑うリュディアに驚いていた。
「ごめんなさい。オズ、あなたも冗談を言うのね」
ひとしきり笑い終わった後に謝罪した。謝罪といっても笑ったことに対してだったが。
「もういいです」
オズが注目を浴びるのを嫌ったためか、この話はお終いとでもいうようにぶっきらぼうに言った。ついでにリュディアがオズのことをどう思っているか分かった気がした。
「そういえば、今日が入学式なんですよね?」
話を変えるべく、そして自分の疑問を解消すべくオズがそんなことを聞いてきた。
「そうよ。入学式の流れが知りたいのかしら?」
「えぇ、詳しいことはまったくもって聞いてなかったので」
オズの疑問に対して答えたのは、リュディアだった。
「簡単に説明すると、私やフレイ、お偉い人達のお話を聞いて、後はそうねぇ、入学生代表が挨拶をすることかしら」
「へぇ、そんな感じなんですか。それで入学生代表は誰なんですか?」
オズが自分で聞いたことなのに、もう興味がなくなり始めていた。それでも一応気になったことを聞いてみた。
「それは秘密。入学式になったらわかるわよ。きっと素晴らしいことを言ってくれるわ」
「はぁ、そうですか」
オズがそう言って、膝の上のリューイと遊び始めた。
その様子をシャロンがオズを睨み付けるように見ていた。
大きな馬車は、オルテシア王立魔術学院の入学式会場に向かうのであった。