第4話
オズとフレイのこそこそ話は、リュディアがリューイをあやしている最中に終わった。
そして、オズがリューイをあやしているリュディアに感謝を述べた。
「リュディア様、いつもリューイの面倒を見てもらって、ありがとうございます」
「そんなことはいいのよオズ。私だって好きでやっている事なんだから」
リュディアが、リューイを膝の上に乗せて頭を優しく撫でながら言った。
「そうだぞオズ。リュディアは小さい子供が特に好きなんだから」
フレイが冗談めかしながら、紅茶の入ったティーカップに手を伸ばした。
フレイがリュディアに対して敬称を使わずに呼び捨てたことに、シャロンとアンリが不快感を露わにしそうになり声を上げようとした。しかし、リュディアがそれを視線で制した。
そこで話題を変えるためにシャロンは、抱いていた疑問を代わりに質問した。
「ところで、お母様。なぜこの場所を?」
「ここが学院から近くて、セキュリティーがある程度しっかりしているからよ。それにここなら警備も気にしなくて済むから私が楽になの」
シャロンがカラカラと笑いながら答えた。
シャロンとアンリはリュディアが言っていることが、確かにその通りだ、と思った。そしてリュディアが、過去の出来事から、プライベートもしくはそれに準ずる場面での警備は腹心にしか、させていなかったことを思い出した。
そして、その腹心というのが、オルテシア王国建国以来の天才魔術師でありオルテシア王立魔術学院の主任教授フレイ・ヴェルダンディだった。
シャロンとアンリが、ある程度の納得を示したところで、シャロンが次の質問を投げかけた。
「お母様。そろそろ本題に入りませんか?」
リューイと遊んでいるリュディアに対して、少しイライラした調子でシャロンが言い放った。
そんなシャロンをフレイがなだめるように言う。
「シャロン様。落ち着いてください。リュディア、言いづらいなら私が話しましょうか?」
リュディアがリューイを膝の上に乗せたまま居住まいをただした。
「そういうわけにはまいりません」
リュディアは凛として言い放った。
その事から、シャロンとアンリが自然と背筋を伸ばした。
その姿を見ながらリュディアが話し始めた。
「シャロンとアンリは、ここ最近パパロット帝国内で不審な動きが出てきて、それに伴ってわが王国内にもその動きを牽制しようとしていることは知っているわよね」
「えぇ、王宮の中でも気を付けるようにと、警備隊の方にも侍従長に言われていますわ」
シャロンが、肯定を示した。
「私も気を付けるようにと聞いております」
アンリも知っていると言外に言った。
「王宮内なら比較的安全ではあるのだけれども・・・。シャロンとアンリは、今日から学院に通うことになるわよね?」
リュディアが心配そうに頬に手を当てながら、困ったわ、というポーズをとっていた。
「護衛なら必要ありませんわ。私もアンリもうまく魔法を使えると、近衛の方々に言われてますわよ?」
シャロンが警護なら問題ないと言い切り、アンリも控えめながら頷いていた。
そのことに対して、オズが声を出して笑いそうになったのをフレイが、シャロンとアンリに気づかれないように、オズの脛を蹴って叱った。結局のところ、オズが笑いそうになった事、今はフレイに蹴られたところが痛かったのか軽く顔を歪ませている事は、シャロンとアンリに気づかれることはなかった。
それは、シャロンとアンリの母であるリュディアが、二人の甘い考え方に対して、叱責したからであった。
「何か起こってしまったら遅いのよ?」
この物言いに対して、シャロンとアンリは黙ってしまう。
重苦しい雰囲気になりかけたところで、フレイが口をはさんだ。
「まぁ、学院に私がいる限り万が一なんてことは起こらせないわよ?」
フレイのこの言葉に、リュディアが安心したのか重苦しい雰囲気が霧散し、話題をもとに戻した。
「いくらフレイが学院にいるといっても、フレイが四六時中離れずにいるなんて不審でしょ?」
「そうですわね」
シャロンが納得し、アンリがまさかというような顔をした。
リュディアが真面目な顔をつくった。
「そこで、オズとリューイを貴方たち二人の護衛につかせます」
シャロンとアンリが聞いたとたんに、嫌そうな顔をした。
「そんな嫌そうな顔をしないで、二人とも非常に優秀な子たちよ?」
リュディアが優秀だといったが、シャロンとアンリが納得がいかないのかまくしたてるように言い放った。
「私達よりも優秀だというの?」
「同級生に、しかも知らない人に警護されるのは嫌です」
それに対してフレイが真摯に告げる。
「腕前についての問題は御座いません。なんといっても私の弟子といっても過言ではありませんので。それに私が直接お守りするのは不自然ですし。クラスメートならば一緒にいても自然ではありませんか?」
長ったらしくシャロンとアンリが抱いた疑問等に答えた。
シャロンとアンリは、顔を見合わせてこそこそと相談をした。
しばらくして結論が出たのか、相談を終えた。
「わかりました」
そして、シャロンが納得を示した。
アンリが仕方ないかというような顔をしていた。
「では、話もまとまりましたし、そろそろ学院の入学式に向かいましょうか?」
フレイがここでの話は終わり、というように席を立ちながらそう言ってきた。
「そういたしましょう」
リュディアが膝の上のリューイを下して立ち上がろうとしたところリューイが、端的にそして的確に必要な一言を言った。
「ダメ」
この一言にまずオズが、間髪入れずに周囲に防御魔法を構築し、すぐにでも戦えるように魔力を高めていることが分かった。
オズが突然、臨戦態勢をとったことにシャロンとアンリは驚いた。
その直後、窓が割れ、窓を割った何かと割れた窓の破片が女王に降りかかろうとしたところで、オズが構築していた防御魔法によってすべてが弾かれた。
割れた窓からくすんだ赤い色のポニーテールを揺らしながら、賊らしき人物が窓から侵入した。侵入してきた人物を見てシャロンとアンリは驚き、オズが頭を抱え、フレイとリュディアは苦笑し、リューイはキョトンとしていた。
「おいオズ、オレ様がお前の新たな門出を笑いに来てやったぞ!」
「・・・<赤熱の魔女>⁉」
アンリが恐れとともにぽつりとつぶやき
「普通に入って来いよ⁉」
オズはたまらず叫んでしまった。
「何だぁ、オズ。そんなに叫んでどうしたんだ?うるせえぞ?」
「お前のせいだよ。エニス・ウィンスランス。女王の前だぞ!女王の前で何やっちゃってんの?このバカ」
オズが一人ヒートアップし始めている。
「オズ、静かになさい。エニス、窓から飛び込むんじゃありません」
「・・・ハイ」
フレイがたしなめるとオズは憮然としながらも従った。
「エニス?返事はどうしました?」
「すみませんでしたッ」
今まで傍若無人なエニスだったが、フレイがたしなめると直立不動のまますぐさま謝罪した。そんなエニスをリューイがおかしそうに笑った。そんなリューイに割と本気な殺気をエニスがぶつけた。
「おい、チビ。何笑ってんだ。殺すぞ」
シャロンとアンリが割と本気なエニスの殺気にびくついていた。
「リューイ、チビじゃないもん」
「エニス、ひき肉になりたいんですか?」
リューイがエニスの殺気に怯えることなく反論した。そしてオズがエニスに対して寒気がしそうな笑顔で、エニスの殺気に劣らない殺気を放ち始めた。
オズの笑顔での殺気とエニスの殺気どちらかのせいか、はたまた二人のせいか、シャロンとアンリはすっかり怯えていた。
今にも魔法の詠唱をはじめそうな雰囲気になっていったが、フレイがパンと音を立てて注目を集めた。
「じゃれあうのもいいですが、場所を弁えましょう。リューイ悪いですが窓を直してもらえますか?」
フレイは笑顔で言い切った。しかしオズとエニスはこの笑顔の内側にあるフレイの感情を知っていた。フレイのマジでマジ切れ5秒前くらいの表情だった。その笑顔を見たオズとエニスはすぐさま殺気を納めた。そしてリューイは切り替えが早かった。
「わかった」
頼られたのが嬉しかったのかどこか調子のはずれた鼻歌を交えながら、リューイは修復魔法を使いエニスが壊した窓を直していった。