第3話 入学準備
フレイに学院に行けと言われた日の翌朝、オズが朝食を食べ終わり、二度寝の為に自室へ向かう途中の一室で声が聞こえた。
「フレイ、これブカブカぁ」
「うーん。これより小さいサイズはないんだ。まぁ、可愛いから我慢しろ」
「フレイが言うならリューイ、がまんする。あと、スカート、スースーしていやだ。」
「それなら、スカートの下にスパッツをはけばいい」
「いいの?」
「ああ、問題ない」
というやりとりが部屋から聞こえてきた。そうか、今日から学院に行くんだっけ、と二度寝をしたいオズの頭が、他人事のように考えていた。そんなことを考えていたからか、反応が遅れたのだろう。
バン、と勢いよく開かれたドアにオズ頭は強打されてしまった。
「コラ、リューイ、いつも言っているだろう。ドアは静かに開けなさい」
「うぅ、ごめんなさいフレイ」
「あぁ、びっくりした」
ドアに頭を強打したオズは目が覚めたようだった。
「オズか、おはよう」
「にぃ、おはよう」
二人は、ドアにぶつかったオズのことを気にせず、朝の挨拶をした。
オズが二人に挨拶をしようとしたところ驚きで動きが止まってしまった。フレイとリューイの服装はいつもと違い華やかだったからだ。
フレイは、いつもの落ち着いた感じのドレスよりも煌びやかなドレスだった。それにいつもは身に着けないアクセサリーも煌びやかで品のあるものを身に着けていた。このまま宮廷での舞踏会に参加できるような華やかさがあった。
リューイは、胸ポケットに校章の入ったブレザー、ブレザーの下にはシンプルなブラウス、首元にリボンタイ、ブレザーの上から丈の短いローブをはおり、プリーツスカートとその下にスパッツをはいた姿だった。そしてそれが、オルテシア王立中央魔術学院の制服だった。しかし、小柄なリューイには、とにかくもういろいろと着ているものが、ブカブカだった。特にブレザーとローブが……。スカートも大きいのか膝下丈であり、オズは安心した。
そこでオズも驚きからの思考停止状態から脱した。
「おはようリューイ、フレイ。リューイは今度から、ドアは静かに開けるんだぞ?」
「うん。分かった」
「それにしても、フレイ、なんだよその格好。いつもと違って気合入れすぎじゃん」
あまりにも似合っているためについつい憎まれ口をたたいてしまうオズであった。しかしフレイは一枚も二枚も上手だった。
「当たり前だろ、今日は、可愛いお前たちの晴れ舞台だぞ。気合を入れなくてどうする。それからオズ、お前も早く着替えろ」
フレイの言葉にオズは赤面してしまったが、リューイがチラチラとオズのほうを見ていたためにすぐに素面に戻った。
「にぃ、リューイは?かわいい?」
「リューイはいつも可愛いぞ。それでフレイ、僕の制服とやらはどこにあるの?」
リューイは嬉しそうにきゃっきゃっと、はしゃぎ始めた。
「ここに置いておくから、早く着替えろよ?」
「分かった」
「それと、着替え終わったらエントランスに来いよ?」
「分かった」
オズが返事をして、部屋に消えると、フレイは、はしゃいでいるリューイを捕まえて、エントランスに連れて行くのであった。
★☆★
オルテシア王国は、ムーランド大陸の中央東部に位置し、夏は雨が多く暑く、冬は乾燥して寒いが、肥沃な土地と水が豊富にある。そのため、他国から見れば豊かな王政国家である。
そして、王国の中央に位置する王都オルテシウムは、不思議な街だった。
一度でも、王都に足を踏み入れれば誰もがそう思うはずだ。中心の高台に王宮があるのは、一般的だろう。王宮周辺には、オルテシア王国の伝統的な石造りの屋敷が多い。その周辺を外側に抜けると、いっきに街の様相は変わる。王宮から離れるにしたがって背の高い建物が数多く存在するからだ。この背の高い建物はいわば、他国からの攻撃の際に、王宮やその周辺の伝統的家屋を守る壁という役割を持っている。
そのため、比較的背の高い建物の建設が許されているワケである。
そんな王都のから離れた、広い平野部分にオルテシア王立中央魔術学院は存在する。
オルテシア王立中央魔術学院は、王国内でもムーランド大陸内でも知らない人はいないとされる程有名な魔術学院であり、大陸でも最先端の魔術を学べる名高い学院だ。
過去、現在においても、大陸で活躍している高名な魔術師の多くは、オルテシア王立魔術学院の卒業生である。
それゆえ学院に、入学し卒業することは、非常に誇らしいことになるのは必定の流れである。いわば将来の栄光が、地位が、約束されたも同然のことなのだからだ。
★☆★
王都の閑静な場所に貴族や王室関係者がよく使う喫茶店に二人の少女がいた。
一人は、オルテシア王立魔術学院の制服を着ていて、黒髪に黒い瞳をしたやや小柄な少女。その少女は、周囲をしきりに気にしているかのように、きょろきょろと落ち着きがない様子だった。
もう一人も、オルテシア王立魔術学院の制服を着たスタイルの良い少女だった。この少女は、金糸のような金髪にエメラルドのように綺麗な碧眼をしていた。
「アンリ、少しは落ち着きなさい」
ティーカップを傾けながら、金髪に碧眼の少女が落ち着きのない少女―――アンリに言った。
「いえ、それは無理です。もしシャロンお姉様に何かあったらと考えると……」
アンリは、やはり落ち着かない様子だった。
シャロンと呼ばれた少女は、そんなアンリの様子を微笑ましく見ていた。
そんな、アンリの落ち着かない様子をシャロンがしばらく眺めていると、喫茶店のドアがカランコロンと鳴って開いた。
そんなドアの開閉音にアンリは、すぐにでも戦えるように臨戦態勢をとった。しかし、入ってきた人物をアンリが目にすると困惑した様子だった。
入ってきた人物は四人だった。
しかもその四人は、仲良く談笑していたのでシャロンも困惑を強くした。
アンリとシャロンは、そのうちの二人を知っていたが、後の二人は知らない顔だった。
一人は、オルテシア王国が誇る稀代の大魔術師であり、王立魔術学院の主任教授を務めているフレイ・ヴェルダンディ公爵であった。
もう一人は、流れるような金髪に碧眼で、二〇代に見える女性だ。この女性は、シャロンとアンリの母親であり、オルテシア王国を統治している女王であるリュディア・オルテシアであった。
シャロンとアンリが見たことのない二人は、オルテシア王立魔術学院の制服を身にまとっていた。
可愛らしいクマのぬいぐるみを持った、淡い青い色をした髪をツインテールにまとめ、瑠璃色の瞳をした十歳くらいの小柄な少女と、ぼさぼさな白髪と赤い眼が特徴的な自分たちより年上だと思わせる長身痩躯の少年だった。
シャロンとアンリは、立ち上がって挨拶をしようとしたが、先にフレイが声をかけてきた。
「お久しぶりです。シャロン様、アンリ様。こうして外で会うのは初めてですね?」
にこやかに微笑みかけながら、そうフレイが挨拶してきた。
「え、ええ、そうですわね」
シャロンは、見たことのない二人が気になっているのか、必要最低限の返ししかできなかった。
しかしアンリに至っては、知らない二人に気をとられてしまっていて、頷くことしかできなかった。
それからシャロンとアンリは、フレイと世間話をしていたが、やはり目線は、自分達の母と仲良く話している知らない二人に行ってしまう。
それに気づいたのかフレイが、オズとリューイを呼びシャロンとアンリに紹介をした。
「シャロン様、アンリ様。息子のオズと娘のリューイです。御二方と同じで、今日から学院に通います。どうか仲良くしてやって下さい」
ほら挨拶しなさい。と、フレイがオズとリューイを急かしていた。
オズは、何か納得したのか得心顔で、リューイは、何かこちらを探るような目つきで、シャロンとアンリに挨拶をした
そして、オズが、失礼します。と、一声かけて、フレイと何やらひそひそと話をし始めた。そしてリューイが、オズとフレイの二人から仲間外れにされたと感じたのか、急に泣き出しそうになっていた。それに最初に気が付いたのは、女王であり3児の母でもあるリュディアであった。
リュディアにあやされているリューイを見てシャロンとアンリは、この国の女王なのだから当然だと思う一方で、同時に羨ましそうに眺めていた。