第17話
イルミアがオズの話を聞きにアルタナの家を訪れたりした翌日、学院は休日だった。
朝、太陽が昇るよりも早い時間に足首まで届きそうな黒のコートにフードを目深に被った男とも女ともとれる人物が、王城へ続く門を通ろうとしたところ門番に止められた。
「おい、止まれ。ここから先は王城だぞ」
「その通りだ……ん、……?」
性別不詳の人物は門番に言われるがまま止まる。
門番の二人のうち年配の門番が性別不詳の人物をじっくりと見ると何かを考えるように黙った。
すると性別不詳の人物は、懐から何かを出そうとした。その動作に驚いたかのように門番の一人は騒ぎ出す。
「う、動くな」
「お、おい」
門番のうちの一人が性別不詳の人物に警告の意味を込め、槍を突きつけようとした。その動作にもう一人の門番が慌てたように同僚を止めようとした。しかし、槍を突きつけられた性別不詳の人物は、ため息を一つつきながら、槍の穂先を左手の甲で弾く。弾いたその隙に性別不詳の人物は、懐からグリフォンの意匠が施された魔銀と呼ばれる金属で作られた懐中時計を取り出した。
「失礼いたしました」
二人の門番のうち年配の門番は何かに気づきすぐさま同僚の非礼を詫びた。しかしもう一人、若い門番の警戒感をさらに増す結果になった。
「おい。それは―――」
若い門番は性別不詳の人物に詰め寄ろうとしたが、中年の門番に止められる。
「通ってもいいか?」
性別不詳の人物は、グリフォンの意匠が見事な懐中時計をしまいながらそう口にした。そこでようやく性別不詳の人物は、若い男性だと中年の門番は知った。
「あ、あぁ。どうぞお通りください」
年配の門番は、顔を青褪めさせながら黒のコートをまとった若い男性に道を開けた。若い門番も先輩と思しき中年の門番が道を開けたことで渋々ながらも道を開ける。
黒のコートをまとった若い男性は王城へと入っていった。
「先輩、あいつは一体なんだったんですか? オルテシア王国の紋章をかたどった時計持っていましたけど」
「そういえば、お前はまだ会ったことなかったのか……。俺も初めて見たが、あの時計を持っている方たちは、この国の宮廷魔術師。それも相当、上位にいる人たちらしい」
「らしいって、そんなあやふやなことでいいんですか?」
「あぁ、それよりも不興をかって戦闘になっていたら……。それに王城には俺達より強い近衛騎士がいるだろ? そっちに任せた方がいい。それに本当に宮廷魔術師だったら通さなかった方が拙い」
「そんなもんなんすね」
宮廷魔術師と思しき青年が通った後、若い門番と中年の門番はそんな話をしていた。
★☆★
王城の片隅にある騎士団の訓練場の一角。
「まったくあいつは、まだ来んのか!」
訓練の準備をしている大勢の若い騎士たちを眺めている山賊みたいな男性が、苛立たし気にそばに控える男性に問う。
「団長。まだ、時間になっていませんよ。少しは落ち着いてください」
「うーん。そうか、まだ時間じゃないのか……」
周囲を気にしていた騎士風の男性がそれに最初に気づいた。
「そうですよ。……っと、来ましたね」
「やっと来たか」
団長と呼ばれた男性とそばに控える男性の二人が、足首まである黒のコートにフードを目深に被った人物に近づき声を掛ける。
「おはよう。今日は頼みますよ?」
「もう少し早く来ると思って、若いのを準備させてたんだが……もう行けるか?」
声を掛けられた人物は、聞かれた言葉に頷いて見せただけだった。
その様子を見ていた若い騎士たちの中には憤る者もいた。しかし団長とその副官は、まったく気にしている様子はなかった。
「よし。お前ら並べ」
団長の一言により準備をしていた若い騎士たちが集まる。
「今日の訓練はいつもと違います。ですから気を引き締めてください」
副官の言葉に若い騎士たちはざわめきだした。
「はい。静かに。では皆さんが気になっている訓練内容ですが、こちらの黒いロングコートを着た人との模擬戦です。では始めましょう」
副官がそう告げると黒いロングコートを着た人物は前に出てきた。
その様子に多くの騎士たちはどうしたものかと動かずに顔を見合わせていた。しかし一部の血気に逸った若い騎士たちがおたけびをあげて、黒いロングコートの人物に剣や槍で襲いかかる。遅れて顔を見合わせていた騎士たちも動き始めた。
これには団長、副官等の騎士団の幹部たちは苦笑いを浮かべながら会話をしていた。
「今年も元気が有り余っている連中が多いですね」
「あいつを相手に元気があっていいじゃないか」
騎士団の幹部たちの輪に一人の青年が近づき会話に参加した。青年に団長は挨拶をする。
「エドワード殿下。お久しぶりにございます」
「敬語と殿下はやめてくれ。シャルルさんの敬語は背筋に悪寒が走る」
エドワードと呼ばれた黒い髪に碧眼の整った顔立ちの人物がにこやかにそして、冗談交じりに返す。そして団長と呼ばないのは、私的な立場で来ていると言外に告げるためでもあった。
「ではそうさせてもらうか。それでエド、今日は訓練に参加しないと言っていたから来ないと思っていたぞ?」
そしてシャルルは意図をくみ取り愛称で呼んだ。
「いや~、来ないつもりだったんだけど。なんとなく、私の友人の気配がしたから挨拶しようと思ってね」
「あぁ、今度のドッグレースはグレードが高かったよね」
少し濁した言い方をしたエドワードの言葉を補足するように副官がにこやかに言う。
「ちょっとニウムさん!?」
「はぁ、まだやっておるのか……。いくら儂らが教えたといってもはまり過ぎではないか?」
エドワードが慌てた声を出し、シャルルが呆れた声を出した。
「あれ、エドじゃん。こんなところで何してんの?」
若い騎士たちを全員、地面に沈めたらしい黒いロングコートを着た人物がエドワードに声を掛けた。
「終わりましたか?」
「ん、あ、あぁ。終わったよ」
ニウムの問いかけに黒いロングコートを着た人物は、指をさしながら答えた。
「では。私は騎士たちに指示を出してきますのでこれで失礼します」
ニウムがエドワードに挨拶をして去っていった。
「では儂も行くか。賭け事はほどほどにな」
そして、シャルルもエドたちに注意をしてからその場を離れていった。
残された二人は、互いに顔を見合わせて笑い、ため息をついた。
「それにしても直ぐにばれるな」
「まぁ。あの人たちは独自の繋がりがあるから……」
「それよりも、落ち着いて話したいから、私の私室に行こうか」
「そうさせてもらおうかな」
そう話しながら二人は、訓練場を後にした。




