第1話 お金がないならつくればいいじゃない
高台にそびえる大きな屋敷の一室に若い男と幼い女がいた。
「ボク、次の給料日までダイエットするんだ」
長身痩躯にボサボサな白い髪、紅い眼の18歳ほどの少年――オズが、遠くに目を向けながら、誰ともなしにつぶやいた。
「にぃ、また、金もどきを作ればいい?」
幼さが残る声で、きちんと整えられた淡い青い髪のツインテールに、綺麗な瑠璃色の瞳が特徴的な10歳ほどの小柄な少女――リューイがクマのぬいぐるみを抱きながら、オズに聞く。
この二人は兄妹だ。しかし似ているところはものすごく少なかった。まず髪の色が違った。オズの髪の色は色素が抜けたような真っ白な色をしているの対し、リューイの髪の色は春の空のように澄み渡ったような水色をしていた。
そして、瞳の色も違っていた。オズの瞳の色は綺麗なガーネットのような紅色をしており、リューイは瑠璃色の瞳をしていた。
そんな外見が似ていないところの多い兄妹の似ているところを挙げるとするならば、眠そうな気だるげな目をしているところだけだろう。
そして、そんな兄妹の会話もおかしかった。まだ、年端のいかぬ少女が、高位の魔術師や錬金術師でもできないとされる金を生成すると言っている事。
兄も妹の金をつくるという発言に驚いていないことから、幼い少女が金をつくれることは間違いないようだった。
しかし、金がつくれるからと言って、金を錬成するのは高位の魔術師、錬金術師だろうが、いくら魔術の技が優れていようが、この国では違法となっている。
そんな違法行為を平然と口にしているのが10歳くらいに見える幼い少女が言うのだから、おかしさをさらに際立たせていた。
兄であるオズを心配するリューイの頭を撫でながらオズは言う。
「そうしてもらいたいのは山々なんだけど……。フレイにバレたらもうここにはいられなくなる。具体的には、ボクが一人寂しく収容所に生活の拠点を移すことになる」
「? リューイも一緒に行くよ?」
オズに頭を撫でてもらって気持ちよさそうに目を細めていたリューイ。
オズはそんなリューイの表情を見て嬉しそうに微笑んだ。そしてリューイの頭から手を放し部屋の窓から外を見てかっこつけながら言った。
そんな兄の様子を見て小首をかしげながら、リューイも答えた。もっともオズの言っていることをしっかりと理解していればこんな事を言わないのだが……。
「兄ちゃんとしては、嬉しいけどね……。まぁ、一緒にいる事ができなくなるからやめような」
「じゃあ、やめる」
「そうしてくれると助かる」
オズに一緒にいられなくなると言われるとリューイはすぐさま金の錬成をしないと言う。
そして、リューイもオズと同じように窓から外を眺めようと部屋についている椅子の上に立ちそこから外を眺めはじめた。
しばらくの間兄妹は窓から外を眺めていたが、リューイが飽きてきたのか椅子に座り足をぶらぶらさせていた。
「にぃ、フレイはいつ帰ってくるの?」
「予定だと今日中、多分もうそろそろ帰ってくるんじゃない?」
妹の保護者であり、兄の魔術の師匠。そしてこの屋敷の主人であるフレイの予定を気にするリューイ。多分寂しいのだろうリューイの声に力はなかった。
リューイの寂しさに気づきながらも、気にしないで壁に掛けられたカレンダーに目をやりながらオズが答えた。
「じゃあ、フレイが戻ってくるまでに、リューイが金もどきを作って、にぃが売りに行けば大丈夫だね」
リューイ先程とはうって変わりは朗らかな笑顔で言った。オズを心配さないために……。
「ねぇ、ちゃんと兄ちゃんの話した事、聞いてた? 離れ離れになるのは嫌って前にリューイが言ったよね? どうしても兄ちゃんを収容所送りにしたいの?」
「っえ、にぃどっか行っちゃうの? そんなの嫌」
しかし、結果は散々だった。オズはビックリという表情をし、ついつい声を荒げてしまった。オズの声の大きさにリューイはビックリして、泣きそうな顔をしながら――もう半分ほど泣いているが、そんなこと言ってきた。
「リューイが今、金もどきを作らなければにぃちゃんは、収容所送りにはならないからね? 一緒にいられるからね?」
「うん。作らない」
グスッグスッと泣いているリューイに謝り、あやしながら、オズは別のことを考えていた。
話をしていて大変疲れたが、まぁ、しょうがない。リューイは、特定の分野でのみ、能力を発揮するタイプだと前にフレイが言っていた事をオズは思い出していた。
そんな事を考えていた時に、二人がいる部屋のドアノブがガチャガチャと音をたてた。
「あれ、いつの間に鍵が付いた?」
この部屋には鍵などついていないのだが、鍵が付いていると勘違いしている声の主はドアをガンガンと蹴っていると思われる音がしている。
しばらくの間ガチャガチャ、ガンガンと音がしていた。それも長くは続かなかった。外にいる人物が飽きたのだろうとオズは考えた。そうしてしばらくの間、静寂が包んでいたがドンっと大きな音がして、結果ドアが破壊された。破壊された出入り口から人影が千鳥足で室内に入ってきたと思ったら、いきなり叫んだ。
「たっだいま~。可愛いい私の子どもたち。今かえってきたぞぉ~」
部屋に入ってきたのは、まるで酔っぱらったオヤジだった。
声は若く艶のある美声だったが、言っている事とやっている事は、酔っぱらったオヤジと同じだった。実際ある程度離れたところに立っていたオズのところまで、酒のにおいがした。
「お帰り、フレイ」
酒のにおいなどお構いなしに、フレイと呼ばれた見た目20代の女性の胸に抱きついて行ったのはやはり、リューイだった。
「ただいまリューイ。ちゃんといい子にしてたかな?」
フレイがリューイとじゃれていた時、いつものようにそんな事を聞いてきた。オズは、まずいと思い咄嗟に近くの窓から逃げようとした。その事を視界に入れていたフレイが流れるような手順を踏み、|魔術≪・・≫で生成した縄をオズの足に引っ掛け結構容赦なくオズを捕獲した。
そんなオズよりもフレイに抱き着いているリューイが話す。
「にぃが、次のきゅうりょうびまでダイエットするって言ってたから、リューイがまた金もどきを作ればいいって聞いたら、にぃが、フレイにばれたら、リューイといっしょにいられなくなるからやめてくれって、言ってたからやめたの」
「そうかそうか、リューイよくやめたなぁ、偉いぞ」
「リューイ、偉い?」
「偉いぞぉ。リューイ」
常人ならリューイの言っていることを理解できないし、したくないと思うが、そこはさすが保護者というべきか、言われたことを理解していた。
フレイは偉い偉いと言いながらリューイの頭をワシワシと撫でながら、オズのほうを見る。
「それに引き換えオズ。お前は……、もうちょっとまともに生きられないのか? 今回はいくら負けたんだ? 怒らないから話してみろ」
「今回は、ギャンブルじゃないんだよ、フレイ」
フレイの捕縛の魔術で縛られているオズが、必死に言い募っていたが、その裏でフレイの魔術から抜け出そうとしていた。
「ほぉ、では何に使って、オズはダイエットをすることになったんだ?」
目が泳いでいるオズに目が据わっているフレイ。
目が据わっているフレイの様子から、まずいと思いオズは努めて良い笑顔を作って話し始めた。
「あれは、2日目だったかなぁ。困っている―(中略)―そんなわけで今お金がないんだよね。てへぺろ」
いつの間にかフレイの捕縛から抜け出したオズは、可愛らしく頬に人差し指を当てつつ言ってみた。女の子がやれば可愛いポーズだがオズがやったらただウザイだけのポーズになった。
そして、動揺していたせいか誰にでもわかる嘘を付いていた。
「で、本当のことはいつ言ってくれるのかなぁ、オズ君」
フレイは、右手に途方もない魔力を練りながら、誰もが見惚れるような笑顔で、そして聞き惚れるような声で聞いてきた。ただし目が笑っていない。本気で怒っているのがオズにはわかった。そしてオズは勢いよく土下座をした。
「すみませんでしたッ。本当は、モンスターレースに賭けました。負けるたび負けるたび、あ、これ、やばいな、と思いました。そこで元金を取り戻そうと国営のカジノに行った結果、すっからかんになりました」
「まぁいい。そんなことだろうと思っていたよ。で、約束通りダイエットするのか? オズよ?」
リューイを抱き上げながら、呆れたようにフレイが聞いてきた。
「えーっと。仕事もありますし、できればダイエットはしたくないかな?」
「あぁ、その仕事のことだが、私とアレクとファーロンとで話し合ったんだが、クビな、クビ。だから遠慮なくダイエットが出来るぞ。無期限で」
「……え。マジで?」
オズは顔色を悪くさせながらそう呟いた。
「マジも大マジ。私が今まで嘘ついたことがあったか」
「にぃ、リューイお腹すいた」
「リューイ。兄ちゃん今それどころの話ではないのですが」
「リューイ……。これあげるから、少し静かにしていような?」
フレイがどこから出したのか、一口サイズのカステラを一つ出してリューイに渡してあげた。
「うん。フレイが言うなら静かにしてる」
リューイはモグモグと一口サイズのカステラを嬉しそうに食べている。
「……えっと、マジでどういうこと?」
困惑を隠せないまま、オズが問うと、フレイが疲れたようなため息をつきながら言う
「自分の胸に手を当てて考えるんだな? 答え合わせは、そうだな……。夕食の時にでもするかな」
「じゃあ、ダイエットしなくてもいいんだよね? いつも僕が料理作っているから問題ないよね?」
先程までの様子から一転しオズがここぞとばかりに必死に言った。
「今回だけだからな? 次からはダイエットするほどギャンブルをするなよ?」
「善処します」
オズは敬礼をしながら、調理場に向かっていった。その様子を呆れながらフレイは眺めていた。
「フレイ。もう一個頂戴?」
「これから夕食になるから我慢しような、リューイ」
「うん。我慢する」
そんな腕の中のリューイを微笑ましく見ながら壊れた出入り口から部屋を出て行くフレイであった。