とてもじゃないが身代われない。ーシオン視点ー
繰り返します、前作の可愛いシオン様のイメージを壊したくない方は引き返すことを強く推奨いたします。
僕はこの国の第二王子として生まれた。だが、国にも王位にも全く興味がなかった。幸いにも兄上は人格者で王たる器を持ち合わせていた。正直、現国王など足元にも及ばない優秀さだ。兄上は本当に素晴らしい方で、本来、後継者争いのライバルとなる僕や他の弟二人もかわいがってくださった。
世間で言う『ブラコン』に近いことは認める。国はどうでもいいが、兄上が望まれるのであれば、兄上の手となり足となり働こう、兄上を支えよう。僕は幼い時よりそう思い、行動してきた。
兄上の側近たちは僕の気持ちを理解しているので、特に何も僕に対して動くことはなかった。だが、兄上を利用しようとする愚かな者たちが、兄上のご機嫌を取るために王位継承の邪魔になりうる僕を排除しようとした。僕と兄上の良好な関係を全く知らないからこそ、そのようなことを考えたのだろう。
流石に王族に刃を向けることは躊躇ったようで、眠り続けるという呪いを受けた。刃を向ける事も呪いをかける事も王族に対する謀反には変わりがないのだが、頭の出来が悪いためその判断もできなかったのだろう。しかも呪いも中途半端で僕は眠り続けるのではなく、10歳前後の幼い姿になってしまっただけだった。
もちろん愚か者たちにはすぐに兄上の前から退場してもらった。兄上はこの姿をとても嘆いてくださったが、僕自身は特に何か困るようなことはなかった。王族が呪いなどというものに屈したのを公言できないため、国民の前に出ることはできなかったが、もとより執務室にこもり必要最低限の人間との接触で済ませていたので問題はないと思っていた。
しかし、いくつかの公務には出席せねばならず、病欠としていたが、それも不自然になってきた。今までの公務も兄上のお伴ならば、と兄上が出席するものばかり出ていたため、今度は兄上との不仲説まで浮上してきてしまう始末。これは他国に付け入る隙を与えてしまう上に、何よりその噂自体が僕が受け入れられないものだった。早急に呪いを解こうと調べ始めたところ、意外と簡単に解除方法はわかった。
『運命の相手と結ばれる』
旧式にも程がある。さすが愚かしい者共の考えそうなことだ。だが、笑えはしなかった。何故なら僕にはその『運命の相手』とやらが存在しないからだ。この国の王族、貴族は神託によって生涯の相手を決められるのだが、僕とすぐ下の弟、ゼンには神託がなかった。要は『該当者なし』ということだ。他に解除方法がないか探っていた時に、ゼンから兄上と僕に至急面会したいという旨が伝えられた。
ゼンは神官としての能力を持っていたため、王位継承権を放棄して神職についていたのだが、そのゼンから衝撃的な神託を聞いた。
『異世界より乙女が舞い降り、この国の将来を担う者たちを虜にする。そして、乙女の奪い合いから戦となり、国が亡ぶであろう』
どうすればこの事態を回避できるか兄上と三人で考えた末、異世界から現れる乙女よりも先に別の人間を召還し、乙女の代わりに動いてもらうことを決めた。そして、その召喚に僕の『運命の相手』という条件を付けたのだ。この世界にいなくても、別の世界にはいるだろうという安易な考えではあったが、これが成功した。
そうして、莉音殿が僕の所へ来てくれた。それまで全く動いたことのなかった僕の中の何かが莉音殿だけに揺れ動くのが新鮮だった。ゼンは自分だけの乙女を囲って誰にも会わせていない。僕もできる事なら莉音殿に僕だけを見てもらい、誰の目にも触れさせたくはないのだが、『乙女の身代わり』役の彼女を僕だけの我儘で独占することは許されなかった。
仕方がないので、莉音殿が学園に行っている間は、執務室にこもり今まで以上に兄上のお役に立てるよう働き、莉音殿が城へ帰って来てからは片時も離れなかった。風呂だけは別々にされたが、莉音殿は僕を『誰にも顧みられない可哀想な第四王子』と思っているらしく、大抵の我儘は聞いてくれる。実際は元から人付き合いもない偏屈な第二王子なのだが、そこに付け込んでいる僕も男だったんだなあと妙に自分で感心する。莉音殿に甘えるためならば子供のようなしぐさや言動も簡単に演じられる。それをゼンが見て全力で引いているようだが、恐らく、ゼンとて自分の乙女を相手にしている時は僕と同じような状態なのだろうと予測がつく。
・・・・・
夏休みに入って莉音殿と過ごす時間が多くなったため、最近は莉音殿が眠りについてからベッドからそっと抜け出して仕事をしている。だが、今日は孤児院の慰問のため莉音殿は出かけてしまっているので、久々に日中に仕事を終わらせた。
「お帰りなさい、リオン殿。」
「ただいま戻りました、シオン様。」
「孤児院の慰問はいかがでしたか?」
「えーと、それがですね・・ごめんなさい、シオン様。私、明日アニエス様にお茶会に招待されてしまいまして、その、お断りすることもできず・・・。」
「アニエス様というと、ヒューイ・・様の婚約者の方ですよね。」
「シオン様はお兄様のことをヒューイ様とお呼びになるんですか?」
実際にはヒューイは弟でヒューイこそが本来の第四王子となる。僕の兄上は兄上だけなので、仮だとしてもヒューイを兄とは呼びたくない。困った顔をすると、莉音殿は兄弟でも王族だと呼び方が普通と違うんですね、と解釈してくれた。
「なぜお茶会に?」
「それが、私にもよくわからないのです。」
莉音殿の話によると、孤児院の慰問は何人かの学園の生徒と行ったらしい。そこにアニエス嬢もいて、莉音殿が助けられたという。
「最初は絵本を読み聞かせていたのですが、私の朗読が下手で子供たちが飽きてしまい、アニエス様に代わっていただいたんです。それで、異世界の乙女と同じ行動をしようと思ったんですが、鬼ごっこも私の足が遅くて誰一人捕まらず、かくれんぼも私の探し方が下手で、全部アニエス様達に助けていただいたんです。その遊びも貴族のご令嬢はやったことがないにもかかわらず私の説明だけで理解してくださって、本当に助けていただいたんです。それで、お礼をしようと思ったんですが、何故かお茶会に招待されました。」
異世界の乙女の神託は何人かには情報が洩れている。乙女たちを取り合う当事者たちは知らないが、そのライバルとなるご令嬢たちは恐らくその情報を握っているだろう。だが、乙女の身代わりは僕たち3人だけで決めたこと、ご令嬢たちは莉音殿を異世界の乙女だと思っているのだ。下手なことはしないと思うが、心配だ。
「僕も付いていってはいけませんか?」
「それが、男子禁制と言われてしまっているので、シオン様を連れてはいけないのです。」
「僕のことをアニエス様にお話ししたのですか?」
「あ、いえ。その・・・どなたも第四王子のことをご存知無いようでしたので、何か事情がおありなのかと思い、私が弟のように大切にしている男の子とだけ。」
事情というか、ゼンが王族から抜けたため、第四王子のヒューイが第三王子に繰り上がり、実質4番目の王子はいなくなっただけの話だが、僕のことを考えて言葉を濁して話してくれたようで嬉しい。
「そうですか、ありがとうございます。リオン殿には近いうちに事情を説明します。もう少し待っていてくれますか?」
「もちろんです!でも、私が聞いちゃっていいんですか?」
「はい。是非聞いていただきたいのです。それと、今度僕のことを話してくださるときは、弟のよう、ではなく、将来の結婚相手とおっしゃってくださいね。」
「へ!?え、いや、その。」
莉音殿の顔が赤く染まっている。可愛い。上目づかいでねだってみる。
「ダメですか?」
「いや、ダメではないですが、そうではなくてですね、私とシオン様では」
さらに赤くなった莉音殿は目線をそらしてしまったので、悲しげな声で俯いて見せる。
「ダメですか?」
「ああ、そ、そうじゃないんですよ、シオン様。シオン様が嫌だとかじゃなくて」
慌てる莉音殿に今度は涙を溜めて上目遣いをしてみる。
「ダメですか?」
「ダメじゃないです。わかりました、シオン様のことを話す時は私の将来のけっっ。こほん、結婚相手としてお話します。」
「絶対ですよ、リオン殿。約束してくださいね。」
「はい。約束します。」
ちゃんと言質は取れた。抜かりなく魔道具にも音声を記憶させた。さて、お茶会だったがどうするか。
「ではお茶会についていくのは諦めます。」
「本当は心細いので、私もシオン様についてきていただきたいんですけどね、作法とかよくわからないので、ちょっと困っていて。」
「いつも通りでよいのです。僕とお茶を飲んでいるいつものリオン殿で大丈夫ですよ。」
「神官様にいつも通りとか言われるとヤサグレますけど、シオン様にそう言っていただけると、自信が湧いてきます。ありがとうございます、シオン様。」
莉音殿が不安そうな顔から笑顔になった。僕の一言で表情を変えてくれる莉音殿が愛おしい。
「でも、寂しいので、早く帰って来てくださいね。」
「それは、はい、もちろん!!」
上目づかいでおねだりは忘れない。莉音殿と過ごす時間はいくらあっても足りないのだ。
翌日、お茶会から帰ってきた莉音殿が複雑な、けれど嬉しそうな顔をしていた。
「シオン様、私、カワイソウな子認定をされたようです。」
「どうしたんですか、リオン殿。」
「お茶会に行ったら、アニエス様、クロエ様、エミリー様、ジュリア様がいらっしゃったんです。」
「リオール様とミシェル様とウォルター様の婚約者の方々ですね。」
やはり、ご令嬢たちは異世界の乙女の神託を知っていて莉音殿を呼び出したようだ。
「ええ。そうなんです。皆さまそれぞれの婚約者の方について熱く語ってくださって、私にそういう方はいないですか、と聞かれたので、シオン様のことを。もちろん、シオン様のお名前は出しませんでしたけど、昨日、約束もしましたし、その、まだ10歳くらいのとてもかわいい男の子と・・・」
そう言うと莉音殿は少し遠い目をした。
「いえ、いいんです。シオン様についてそりゃ熱く語っちゃいましたけど、ちゃんと、年下がいいんじゃなくて、シオン様がいいんだって主張してきたので、その、まあ、後悔はありません。」
「ふふ。リオン殿、大好きです!!」
「あ、えっと、私もシオン様のこと大好きですよ?」
もちろん魔道具で記憶させた。後で何度も再生しよう。
「とにかく、私の残念さが1学期から目立ってたようで、フォローしてくれると皆様がおっしゃってくれて、お友達になってくださいました!!」
もの凄く嬉しさ全開な笑顔で莉音殿はそう言った。ご令嬢たちから敵と見なされなくなったのはいいことだが、正直、面白くない。涙目上目遣いで念を押しておこう。
「僕のことを忘れないでくださいね?」
「も、もちろんです。」
ああ、早く莉音殿を僕だけのものにしたい。
・・・・・
今日は城での舞踏会だ。本来なら僕も出席しなくてはならないのだが、子供の姿のため、また病欠となる。莉音殿をエスコートして出席したいのはやまやまだが、今回の舞踏会は学園の生徒たちが社交界デビューする訓練と言ったところ。パートナーが決まっている生徒ならばエスコートされるだろうが、大体の生徒は舞踏会の雰囲気を学ぶために出席する。社交ダンスがまだ踊れないと言っていた莉音殿には誘われないよう、壁に寄っているといいと助言しておいた。
しばらくすると、莉音殿が部屋へ戻ってきた。フラフラとおぼつかない足取りで真っ赤な顔をしている。
「リオン殿、どうなさったんですか!?」
「あー、しおんさまだ~。おさけ、好きらのに、のめないとか、なしゃけにゃい!う~ん、わかさはあだにゃのれす!」
どうも、本来莉音殿は酒が好きなのだが、年齢を若くしてしまっているため、酒の回りが早く酔ってしまったようだ。ろれつが回っていないし、だんだん目が閉じてきている。舞踏会には、社交デビューの日に誤って酒でつぶれないよう、『たしなむ程度』というのを覚えるために酒も用意してある。毎年酔いつぶれる生徒は出るが、莉音殿はずいぶん早い段階で帰ってきた。この世界の酒は莉音殿には強いのかもしれない。
とうとうソファで寝てしまった莉音殿にちょっとした悪戯心が起きる。いつもそっと触れるだけのキスは一方的にしている。もっと踏み込んだら莉音殿はどんな顔をするだろうか。
「リオン殿、いいですか?」
「しおん、しゃま。。もい、ろんれす・・・」
リオン殿も許可してくれたので(いいですか?と聞くと大抵もちろんですと言ってくれる)、いつもより深い口づけをしてみた。
「・・・やはり、莉音殿、あなたは僕の運命の人。」
姿が子供から大人へと変化した。一時的なものらしく、便利なことに手のひらにカウントダウンが始まっている。
「ん・・しおん・・しゃま?」
うっすらと目を開けた莉音殿の額に口づけを落として、いい子で待っていてくださいね、と告げる。ふにゃりと莉音殿は笑顔になりまた眠ってしまった。
さて、莉音殿が戻してくれたこの姿を有効活用しなくては。舞踏会の会場へ急ぎ、挨拶だけをする。
「皆さんが皇太子殿下の良き臣下となられますよう、願っております。(あなた方ごときが兄上にご迷惑をかけるなど許しませんよ)」
ヒューイを筆頭に何人かは私の言葉を正しく受け取ったようで青褪めている。莉音殿に近寄るなとも忠告したいが、現状、莉音殿と第二王子である僕に接点はない。それに、残り時間も少ないため体調がすぐれないためこれで失礼すると退席する。
莉音殿のもとへ急いでいると、後ろから兄上が追いかけてきてくださった。
「シオン、その姿は呪いが解けたのか?」
「いえ。一時的なだけです。」
兄上に手のひらを見せる。
「莉音殿と完全に結ばれたわけではありませんので。」
「そうか。まだ、彼女はシオンの事情を知らないのだろう?打ち明けるタイミングもシオンに任せる。運命の相手だ、まあ、俺が改めて言うことではないが、大切にしてやるんだぞ。」
「はい。兄上。」
久々に兄上の嬉しそうな顔が見られた。莉音殿のおかげだ。兄上の背中を見送って、莉音殿の元へ戻る。残念ながら莉音殿の部屋に着いたときは子供の姿に戻ってしまっていたため、ドレスを脱がし、夜着へと変えるのは侍女に頼むことになった。大人のままだったら僕がやろうと思っていたのに、残念だった。
何故私の書く少年(外見)は腹黒いのだろうか・・・。
お読みいただきありがとうございました。




