AONA:2045
ジリリリ、という目覚まし時計の音で目を覚ます。
日曜日の朝の8時。何の変哲もない、何時も通りの1日だ。
私は布団から出て、朝ごはんを食べに台所へと向かう。
その途中で、リビングでテレビを見ているお母さんと会った。
「おはよー、お母さん。ふわぁ……」
喋りながらも、まだ眠いので欠伸が出てしまう。
お母さんは、そんな私へとため息を付いた後、テレビから私へと意識を移す。
「あおな。あなたまた夜遅くまでネットゲームしてたの?」
「しょうがないじゃん、ギルドメンバーが中々寝かせてくれなかったんだから」
「全く、あんたももう中学2年生なんだから、ゲームばかりしてちゃ駄目よ」
「いいもん、私ゲームの中に就職するから」
「ゲームの中に就職って、そんな事出来る訳ないでしょ」
お母さんが見ていたテレビの中では、環境団体が行き過ぎた科学技術に対する抗議を起こしているニュースが流れていた。
西暦2045年となった今では、もうすっかり見慣れたいつものニュースだ。
「出来るもん……」
私はただ小さく、そんな事を呟くのだった。
-
朝食を済ませた私は、部屋に戻る。
そして何時も通り、パソコンの電源を入れてから、ヘッドギアを被る。
そしてヘッドギアのスイッチを入れて目を閉じる。
すると、私の周りの景色は、中世風の建物が立ち並ぶ場所になる。
私がずっと前からやっているVRMMOゲーム、オムニスの世界の中の、見慣れた何時もの景色だ。
私はそんな街でぼーっと、今日は何をして遊ぼうかなと考える。
すると、頭の中に声が響いた。
「おはよー、あおな」
この声は、私の友人であるかずさの声だ。
かずさは私のネットゲームの中での友人でもあり、また同時に、私が通っている中学校でのクラスメイトでもある。
オムニスは全世界で2億人近くの人にプレイされている超人気のネットゲームなので、クラスメイトとネットゲームの中でも友達なんて事は、別に珍しくもない。
私は目の前にメニュー画面を開き、フレンドリストからかずさをチャット対象に選んで、そして声を発する。
「おはよ、かずさ」
するとまた、声が響く。
「あおな、今どこにいるの?」
「ロクスソルス王国だけど」
「そっか、じゃあそっち行くなー」
「うん、分かった」
そして私は、かずさが来るのを待つ事にした。
少し待っていると、私の所へと向かっているかずさが遠目に見えた。
オムニスの世界では、名前も容姿も自由に決められるが、私もかずさも実名で現実の容姿殆どそのままの設定でプレイしている。
だから私はかずさの容姿を、学校でもオムニスの中でも見飽きる程に見ている。
だから私はもう、遠目に見るだけでもかずさの姿を判別出来る。
「おまたせー」
そしてもう少し待っていると、かずさが私の所へとたどり着いた。
私は何時もと同じように、かずさと会話する。
「かずさ、昨日ログアウトしたの私より遅かったよね。
それなのになんで私より早くログインしてたの?」
「んー、私昨日から寝てないから」
「えー……、何してたの?」
「狩りだけど」
狩り、ネットゲームでのレベル上げの事だ。
「なんで徹夜でそんな事してたの……」
「だってもうすぐ、また100レベルになって転生出来るからさ」
オムニスの世界には転生というシステムがあり、100レベルになったらほんの少しだけ強くなって1レベルからやり直せるという仕様がある。
なのでこのゲームのプレイヤーは、100レベルを目指しつつ1から100レベルの間を何度も何度も行き来していく。
それが、サービス開始から13年経ってもやる事がなくならないこのネットゲーム、オムニスのシステムなのだ。
「今日は日曜だからいいけど、明日は学校でしょ。学校で眠くなったらどうするの」
「学校で寝る!」
「ええ……」
かずさは重度のオムニス廃人だ。
割と、リアルの世界を捨てているレベルの。
「そんな話なんてどうでもいいよ。
それよりあおな、狩り行こ」
かずさは全く悪びれずに、そんな事を言う。
「ま、かずさがそれでいいならいいんだけどさ……」
「よし、じゃあしゅっぱーつ」
私はそんなかずさの事を危うく思うが、休日にやる事が一日中ネトゲーな私も、あまり他人の事をどうこう言える立場ではない。
だから私はそれ以上は突っ込まず、何時も通りに、かずさと一緒に狩りに行く事にしたのだった。
-
オムニスの中には、イーオンという名前の近未来風の世界観の場所と、アエラという名前の中世ヨーロッパ風の世界観の場所がある。
イーオンの中ではアンドロイドとかが敵として出てくるらしいが、私達がいる世界はアエラなので、ファンタジーなモンスターばかりが敵として出てくる。
歩いていると、二足歩行するバッタのモンスターが現れた。
私はオムニスの中では魔法使いなので、杖を構えて魔法を打つ。
かずさはオムニスの中では剣士なので、剣を抜いて相手を切りつける。
そうしてモンスターは、あっけなく私達に倒された。
モンスターもすっかり見慣れた相手だし、かずさと連携して戦うのもすっかり慣れた行為だから、もう反復作業のようなものだ。
しかし、ただの反復作業なのに何故かそれが楽しいんだから、ネトゲーというものは不思議だ。
私達がそんな風に狩りを始めてから1時間くらいが経った。
私はなんとなく、剣を構えながら前を歩いていくかずさへと話しかける。
「かずさ、本当に明日、学校で寝るつもりなの?」
「うん、そだよ」
ゲームばっかりしてちゃ駄目よ。
今朝お母さんに言われた言葉を、なんとなく思い出してしまう。
そんな私へと、かずさは言葉を続ける。
「あおなも知ってるでしょ。私はオムニスの中でRMT業者になるのが夢なの。
だから私はオムニスの為なら、学校なんて1日くらい寝てても平気だよ」
RMT業者とは、リアルマネートレード業者、ゲームで稼いだお金を現実の世界の通貨と交換する業者の事だ。
オムニスは世界中で流行っているネットゲームだが、不正対策などが完璧に管理されているおかげで、プロムグラムに侵入して不正にゲーム内通貨を得る事に成功した人などは未だに誰もいない。
だからオムニスの世界の中の通貨であるロスは、現実の世界においても非常に価値がある。
そしてこのオムニスでは、現実の世界の通貨とロスを交換する事が規約で禁じられていない。
なのでこの世界には、業者となり、オムニスの中でロスを稼ぐ事によって生計を立てている人が沢山いる。
しかしそれをやっているのは、殆どは貧しい人達だけだ。
これはオムニスに限った話ではないのだが、ネットゲームの中でお金を稼ぐ事は、現実の世界で働く事と比べて遥かに難易度が低い。
だからRMTとは、現実の世界ではまともに職にありつけない貧しい国の人とかが、凄く低賃金でやるものになっている。
そして、その低賃金さを受け入れてRMT業者になったとしても、そのネットゲームそのものに価値がなくなってしまう可能性もある。
今でこそオムニスは世界一流行っているネットゲームだが、いつか飽きられて、誰もプレイしなくなってしまうかもしれない。
そんな風になってしまえば、どれだけネットゲームの中でお金を稼ぐ手段を持っていても、そのネットゲームの価値そのものがなくなってしまうのだから何も残らない。
だからオムニスの中のRMT業者というものは、決してゲームをしていたらお金が手に入るというだけの楽なものではない。
低賃金で、安定性もなく、まともな人が付く仕事ではないのだ。
「かずさはさ、将来への不安とかないの? ずっとオムニスばっかしてて。
RMT業者になれたとしても賃金なんて凄く低いし、それにオムニスの世界はただのデータなんだから、いつ終わってしまうかも分からないんだよ」
かずさは、体長60センチくらいの大きさのカエルを剣でバシバシ叩きながら、私へと話す。
「そりゃ、私も不安がない訳じゃないよ。
けれど、どんな風に生きるかなんて人の自由じゃない。
私はこのオムニスの中で、RMT業者になるのが夢なの。だからその夢が叶わなくても、その時はその時だよ」
私は今朝、お母さんにゲームの中に就職すると言った。
あれはただ勢いで言っただけの言葉だったが、かずさはその夢を本気で叶える気でいるのだ。
「そんなものなのかな……」
「うん、きっとそうなの」
かずさが夜も寝ずにオムニスをしている事には、理由がある。
ネットゲームとはレベルが高い程お金を沢山稼げるゲームバランスになっているので、こうやってレベルを上げ続ける事は、かずさにとってはRMT業者になる為の努力でもあるのだ。
かずさは傍から見れば、夜も寝ずにネットゲームしているだけの、不健康極まりない情けない人間なのかもしれない。
けれど私は、そんなかずさを、かっこいいなと思う事がある。
だってかずさは自分の夢に向かって、ずっと進んでいるのだ。
安定した将来性がないから、生産性が低いから、努力の形が変だから、そんな理由で人の夢が笑われるなんて、そんなのはおかしな事なのかもしれない。
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そうして、昼の2時くらい。
かずさの頭の上から、やっと、レベルアップを告げるファンファーレの音がなった。
「やった、100レベル」
「おめでと、かずさ」
「これでまた転生出来るよ……」
たぶんかずさは、もう30時間くらい寝ていないのだろう。
目をごしごしして、凄く眠たそうだった。
「じゃ、流石に寝てくるね、あおな……」
「うん。おやすみなさい、かずさ」
そうしてかずさはログアウトしていった。
かずさがいなくなったので、やる事がなくなってしまった。
「さて、何しよっかな……」
私は少し悩んだあと、結論を出す。
「私のレベルももう直ぐ上がるし、もうちょっと狩りしていこっかな」
かずさ程ではないけれど、それでも私も、この世界が好きなのだから。
コロンシリーズwikiに掲載された「AONA:2045」を代理投稿したものです。
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