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死刑宣告

(お題使用)


「げ」

「なんだ。またおまえかよ」

 月に一度の席替えの日。なのにまた、あたしは貧乏くじを引いたらしい。

「なんでこうも隣の席になるのかねぇ」

「そんなのあたしが知りたいわ」

 九月から三ヶ月続けてひとりの男子、浮島(うきしま)とあたしはずっと隣同士。

「いい加減あんたの顔にも飽き飽きしてきたんですけど」

「それはオレの言葉だっつーの」

 恨み言葉に買い言葉。本当むかつく。




「で、そんな風に言いつつも実はずっと相手を想い続けてることをあっちは知らない、と」

「な……っ、やめてよもう!」

 三時間目の古典の教科書を家に置いてきてしまったため、下の階の友達に借りに行くことにしたのはついさっき。友達といっても、金髪にピアスの見るからに不良な奴なんだけどね、何故か仲がいい。小学校からの腐れ縁だもんなー。

「早く教科書!」

「はいはい」

 手渡されたそれは相変わらず綺麗なままだった。

「……あんたさぁ、もう十一月なんだからこんなに教科書が綺麗ってことはおかしいでしょう」

「だって使ってねえもん」

「ああそう……」

 こいつは……まったく。ほとんど勉強してないんだから。

「まあありがと。終わったら返しにくるから」

「おー」

 くるっと向きを変えて教室へ戻ろうとしたとき、ふと思い出したことがあった。

「……ねえあんた、最近彼女できたって?」

「はあ?」

「いや、なんかさぁ……噂で聞いたんだけど」

「できてねえできてねえ絶対できてねえ!」

「……や。それなら別にいいんだけどね」

 そんなに力いっぱい否定しなくてもいいのに……少し呆れながら教室へと戻った。

「……なにおまえ、また教科書忘れたんだ。ばかだなー」

「うるさいよ」

 手にしていた教科書を、三ヶ月隣の席の浮島に目ざとく見つかってしまった。しかしよく見てるなぁ。

「忘れたんならオレが見せてやってもよかったのに」

「そんな優しさ要りません。ノーセンキュー」

「なんだそれ」

 訳が分からない、そんな表情がぴったりの浮島に溜息がこぼれる。

 ……ったく。そんなことされたらあたし、勘違いするでしょうが。気づいてないってある意味罪だよなぁ。

 あたしはこんなに好きなのにさ。三ヶ月、偶然でも隣の席に座っていられるだけで毎日幸せなのに、当のこいつはまったく気づいてない。

 まあ気づかれたらそれで終わりなんだけど、さ。

 だってあたしはきっと、まず百パーセント恋愛対象ではないと思う。だっていい友達? というか乗りのいい女友達、って感じだもん。こっちは友達以上の気持ちがあるのに。

 あーあ。一方通行ほど切ないものはないって本当。

「なに」

 知らず知らずあたしは浮島を見つめていたらしい。訝しげにあたしに尋ねるからつい、本当についぽろっとこぼしてしまった。


「あんたのこと、好きなのにさ」


 しーん……。

 一気にクラス中が静まり返った。それはもう、ざあっと波が引いたように。

 あたしもそれで自分がいったいどれだけ重要なことを口走ってしまったかようやく気がつく。やばい、なにやってるのあたし!

「……っ! 今の、今のなし! 冗談! ジョークだからっ!!」

 恥ずかしさのあまりめちゃくちゃでかい声で否定してから我に返った。あーこれじゃあ『今のは真実』だと物語ってるみたいじゃないか。ここまできたら泣くんじゃなくて笑いが込み上げてくる。どうしようもない自分の馬鹿さ加減に。

 情けない顔を見られたくなくて咄嗟に両手で顔を隠した。けれどあろうことかその手を浮島に一瞬早く掴まれてしまった。なに、と思う間もなく顔から手を剥がされる。

 顔を覆うものがなければ仕方ない、目を合わせられずぎゅっと瞼を閉じてみた。半端な逃げだがこれくらいしか思い浮かばない陳腐な脳みそが哀しい。

 絶対引かれた。これ賭けてもいい。浮島に引かれたよ。

 そうだよ、普段あんなにかわいくない態度とってた女から『好きなのに』なんて聞かされて喜ぶような奴、少ないと思う。ただでさえ浮島にばれないように必死だったんだから。

 逃げたい。授業とかついさっきのこととか全部放り出してここから逃げ出してしまいたい。

 どれだけぐるぐる考えてたんだろう、その間、相手はなんのリアクションも起こさない。まさか無視か、と気になってそろりそろりと片目を開けてみたら――あら驚いた。

 ぼんやりとする視界に飛び込んできたのは浮島の真っ赤な顔。

 ……なんですかそれ。

「ばーか!」

 ……はあ?

 開口一番それ?

 しかもばかって……ばかってなによそれ。

「おまえなあ、なんで気づかねえんだよっ! こんなあからさまに態度で示してんのに! 気づけよあほ!」

 ……いやいやいや。なんのこっちゃ。

 眉をしかめながら相手の顔をじーっと眺めると浮島の顔がますます真っ赤に染め上がっていく。なにこれ、おもしろーい。トマトみたい。熟れたトマトってうん、こんな色してるよ。

「つーか、三ヶ月もずっと隣の席になれると思うか普通!?」

 そんなこと言ったって、実際なってるじゃない。偶然ってすごいよねぇ本当。

 感心したような表情を見咎めて浮島は怒鳴った。それはもう大声でしたよ、耳が痛いってくらいに。ええ。

「だからおまえはばかなんだよ!」

「だからばかばかうるさいのよばかっ!」

 あたしの反論に静まり返っていた教室中から一気に笑い声が沸き起こる。突然のことだったからかなり驚いた。そういえばここ教室でした。

「偶然じゃねえの! 故意に決まってんだろっ!」

 席替えのくじ引きが故意……?

「……なんのために?」

 至極真面目に尋ねたのに、目の前の男は呆れたように盛大な溜息をついた。

「おまえ本当ばか。これだけ言ってんのになんで分かんねえの?」

「分からないわよ。ちゃん言ってよ」

「だからー。おまえの隣はオレが陣取ってんの!」

 陣取る? 隣?

 その単語にあたしはやっとパズルが嵌まった。

 つまり、三ヶ月隣の席になったのは偶然ではなく故意に仕組まれたことで? しかもそれを仕組んだのはどうやら浮島らしいって?

 なんのために……そんなの。


「だからな、浮島はおまえのこと好きなんだって」

「……っ、先生! 言うなよ一番いいとこをっ!」

「わりい。なかなか前に進まないもんだからつい言っちまった」


 いつの間にか古典担当の教師が教卓の上で頬杖をつきながらあたしたちを眺めていた。

 え……ちょっと待ってよ。今先生、浮島があたしのこと好きだって言ったよ、ね?

「マジで?」

 多分、すごくみっともない顔してると思う。自信あるよ自分のことだから。

「気づくの遅すぎ」

 目の前の浮島は呆れを滲ませながら、けれどどこか照れたように笑った。

 ……あ、やばい。この笑顔、クリーンヒットだ。

「……そろそろ授業始めたいんだけどな、このまま二人の世界を鑑賞したい奴手え挙げろー」

「な……!?」

 先生の能天気な提案に腰を浮きかけたけど、あたしと浮島の二人を除くクラス全員が手を挙げたものだからなにも言えなくなってしまい、そのままずるずると椅子に逆戻りだ。

「というわけで今から二人を観察したいと思いまーす」

「待て待て待てーっ!」

 教師がそれでいいのか!? 駄目でしょう!

 慌てて反論しようとしたら浮島が掴んだままだったあたしの手を引っ張った。ああそういえば掴まれたままだったよね、もう忘れてたよ。

「で、おまえはこっち」

「なにが!?」

「オレのこと好きなんだろ? じゃあオレの告白も聞け」

「んな……っ!」

 にっこりと笑顔で告げた浮島に。あたしは数秒後、思いきり平手を打ちつけた。

「ふ……ふざけんなーっ!」

 それから一ヶ月は周りに冷やかされることになるのだけど、まだこのときのあたしは気づいていない。




=終わり=





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