三話 思い出の夜
今回の話はいつもの二倍ほどの長さがありますが、どうか飽きずに見てください。
俺とアリスはロイドと約束をした翌日からランニングと勉強を始めた。最初こそ体力が無くて一キロほども走れなかったが、今では三キロ走れるほどにはなった。子供の体だから筋肉が付きやすいのだろうか?
勉強の方も、最初は魔法基礎という、体の中の魔力を意識したり、自由に動かせるようにする、ということを、知識として理解し、その後実際にやってみる、ということから始めて、今では魔法理論、いわゆるどうやった魔法が発動するかとか、どうして魔法何もない場所から炎が出るのか、などのことを勉強している。
さらに、その派生でこの世界の歴史などを勉強したので、五歳児とは思えないほどの知識や体力を持っている(実際には五歳児ではないのでが)。
そう、俺は調子に乗っていたのだ。いくら早くから魔法が使えるようになっても、筋トレをして筋肉をつけようとも所詮は五歳の子供だということを。
そしてこの慢心が人を傷つけてしまうだなんて、今の俺には考えようもなかった。
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この日、俺とアリスは日課の夜のランニングをしていた。いつもは貴族街と呼ばれる貴族が集まって住んでいる場所でランニングをしているが、日に日に体力をつけてきた俺とアリスには少々手狭になってきたので、今日から市民街と呼ばれる市民、商人、冒険者などが主に住んでいる場所までランニングをすることにした。
この街は夜になると商店がしまってしまうので、夜に現れるモンスターを狙う冒険者以外は6時ごろには皆家の中に入ってしまう。そのため夜街にいるのは冒険者のみ、ということらしい(と、ロイドに聞いた)。
途中ですれちがう冒険者などは、皆驚きの顔をしているが、そんなことを気にせずに走り続ける。
ハルベルト邸から約2キロほど離れたところにある公園でクールダウンをする。無理な運動を続けるのはよくないとロイドに言われているからだ。
俺とアリスが屈伸やアキレス腱伸ばしなどをして、再び走り出す準備をしていると、3人の男がこちらに近づいてきているのに気付いた。
きっとこの3人も冒険者なのだろう。3人ともが鉄製と思われる胸当てをしていて、各々が長さの違う剣をを背中にかけている。
この3人の特徴は、まず左側にいる金髪のいかにもチャラいですよ、と言わんばかりの男は、普通の剣よりも少し短めの剣を持っていて、左腕には小さめの盾をつけている。
真ん中の男は元の世界でも見たことのない鼻ピアスをしていて、体や胸当てにいくつか傷が付いている。きっとモンスターとの戦闘で付けられたものだろう。
最後に左側の男。こいつは3人の中で一番身長が高く180センチはあるだろう。そして最も特徴的なのは髪が虹色だということだ。いったいどうやったらこんな間違ったファッションセンスになるのか聞いてみたくもあるが、さわらぬ神にたたりなし。俺とアリスはこの3人組を無視することにした。
しかし、向こうはそうとは思っていないようで、こちらに馴れ馴れしく話しかけてきた。
「おっほ! これはこれはハルベルト家の双子オジョーサマじゃないですか」
最初に話しかけてきたのは金髪だ。見た目通りで口調もチャラい。そしてそれに続くように真ん中の鼻ピアスとレインボーヘアも話しかけてきた。
「こんなところでなにやってるんだい? よければオニーサンたちがおうちに連れて行ってあげよう」
「そうそう、こんなとこにいたらわる~い人たちに連れて行かれちゃうかもよ?」
「お手を煩わせる必要はありません。私たちは自分で帰ることが出来ますので。さあアリス、帰りましょう」
俺はアリスの手を引いてこの場から立ち去ろうとしたが、相手さんはそう簡単にはひいてはくれないようだ。
「おいおい、そんなつれないことを言うなよ♪ ほらオニーサンたちが連れてってやるって」
「触らないでください!!」
鼻ピアスが俺たちに向かって手を伸ばしてきたので俺はとっさに鼻ピアスの手をはじいた。
パシッ! といういい音が鳴り響き鼻ピアスの体が少しぐらつく。
「こんの、クソガキがぁぁぁぁあ!!!」
手をはじかれたことに怒った鼻ピアスが背中の剣に手をかける。が、俺たちはそれよりも早く鼻ピアスの横に回り込み、両側から鼻ピアスの両膝に渾身の回し蹴りを食らわす。すると鼻ピアスは低いうなり声をあげて地面に伏していき、転がりながら両膝を押さえる、という無様な格好で倒れ伏した。
それを見ていた金髪とレインボーヘアは一瞬ぽかーんとしていたが、仲間が倒されたことに気付くと、二人とも憤怒の表情でこちらに近づいてきた。
「よくもガインをやってくれたなぁあ!!」
ガインとは地面に倒れているこの男のことだろう。しかも逆ギレだし…それにガインとかいう男もこんなに弱かったんだし、ひょっとしたら俺たちでもこの冒険者倒せるんじゃね?
そう思うと無性にこいつらを倒したくなってきた。
そう思い立つとすぐに小声でアリスにも戦うことを伝える。
「(いいか、アリス。こいつらがこっちに向かって突っ込んで来たら俺たちがいつもランニングするときに背負っている練習用の木剣でこいつらを倒すんだ)」
「(で、でも危ないよおに…おねぇちゃん)」
「(大丈夫だって。さっきの金髪も簡単に倒せたじゃないか。それじゃあいくぞ)」
そう言って俺はアリスの方から正面にいる鼻ピアスとレインボーヘアの方に顔を向ける。するとアリスはまだ何か言いたそうではあったが、渋々顔を正面に向ける。
そしてその約2秒後に鼻ピアスとレインボーヘアはそれぞれ背中にかけていた剣を抜き、フェンシングのようにこちらに向けて突っ込んでくる。
それを俺とアリスはそれぞれ左右に跳び、両側からファイヤーの呪文を詠唱する。
チンピラ二人は一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、俺たちが唱えている魔法が初級の、それも一番威力の弱いファイヤーだとわかると、長剣を持っていたレインボーヘアはにやりと笑って、早口で呪文の詠唱をしてくる。
詠唱が終わったのはほぼ同時だったが、わずかに俺たちの方が早かった。
小さな、といってもたき火ほどの大きさもある炎がチンピラ二人に向かって飛んでいくが、レインボーヘアもちょうど詠唱を終えたようで、魔法が発動する。
「ウォーターウォール!」
男のその言葉を聞くと同時にチンピラたちの前に水でできた壁のようなものが現れて、二人に放った炎が一瞬で消されてしまった。
男たちはにやにやと笑いながらこちらに話しかけてくる。
「おいおい、まだ6歳にもなってない子供が魔法を使えるだなんて聞いたこともねーぞ。でも使える魔法がそんな初級魔法じゃ蟻に羽が生えたぐらいでしかねーけどな!」
鼻ピアスがそう言うとチンピラ二人はぎゃははは! と下品な声を上げて笑い始めた。俺はそれにむかついたので、同じように挑発の言葉を返す。
「あらあら、子供相手にむきになって魔法を使うだなんて本当に野蛮ですわね。それに剣を持ちながら魔法を使うだなんて常識知らずもいいところですわ!」
俺はいつか古本屋で見た漫画に出てきたキャラクターの口調をまねてそう言い放つ。それになぜ魔法を使えるものが剣を使っているのかも気になったので挑発に混ぜて聞く。
「へ、これは銀でできているから魔力を通しやすい魔法用の剣だ。おれは昔っからどうにも魔法使いのローブやら杖やらが好きになれなくてよォ…だからこの銀を使って作られている剣を使うことにしたんだ。まぁ、金はかかったがな」
銀。魔力を通しやすいと言われている物質の一つだ。基本金属なら少なからず魔法を通すのだが、この銀はその中でもかなり魔力を通しやすい部類に入っているので魔法使いはよく自分の杖なんかに銀を仕込んでおくことがある、と本に書いてあった。
見たところレインボーヘアの持っている剣の持ち手の部分から剣の先端にかけて一筋の銀色の筋が出来ているのがわかる。その他は鉄でできているようだ(ちなみに鉄は金属の中では最も魔力を通しにくい)。
俺はそれに対する対抗策を考える。
だから気づくことが出来なかった。後ろから先ほど倒した金髪が剣を大上段で構えて今にも振り下ろそうとしていることに。
先に気づいたアリスが「クリス! 後ろ!」と言った。
俺は何のことなのかと後ろを見て驚愕した。なんと先ほど倒した金髪が起き上がってこちらに剣を振り下ろし始めていたからだ。
今からでは到底防御は間に合わない。せめて顔だけは、という意思を込めて腕をとっさに頭の上でクロスし、歯を食いしばって目を閉じる。
しかしいつまで経っても剣が体に当たる感触も、肉を断ち切られる痛みもやってこなかった。
俺はそれを不思議に思い恐る恐る目を開いていく。すると目の前に体だけに鎧をつけて、優美な金の髪をなびかせる13歳程度の美しい少女が立っていた。手には先ほどまで腰に差していたのであろう剣を片手で持ち、少女の金髪を見た後ではくすんですら見える金髪の男が振り下ろした剣をその剣で受け止めている、という摩訶不思議な光景が見え、一瞬幻術魔法をかけられたのではないかという不安が浮かんだ。
が、その光景はやはり幻術で作られたものではなく本当に起きていることのようで、そのことを理解した俺にはより深まった疑問しか残らなかった。
その美しい髪をした少女は俺が呆然としている間にチンピラ3人をあっという間に倒してしまった。少女の剣筋は、美しく、早く、華麗だった。
チンピラを倒し終えた少女がこちらに振り返る。少女の顔は彼女の美しい髪に見劣りしないほどの美しさで、ゲイや特殊性癖者でない限りは10人が10人美しい、または可愛いと答えるであろう。
「あなたたち大丈夫?」
少女の声もまた美しいソプラノボイスで、まるで天使の声を聞いているようだった。
「は、はい。助けてくれてありがとうございました」
アリスがこちらにやってきて頭をぺこりと下げた。俺も遅れないようにお礼を言いながら頭を下げるが声が上ずってしまったような気がする。
「いいえ、いいのよ。ところであなたたちはどこのおうちの子?」
「私たちはハルベルト家のもので、私は長女のクリスティア・ハルベルトで、こっちが妹のアリスティア・ハルベルトです」
少女は俺が名前を言うと、あごに手を当てて何かを呟き始めてしまった。
「あの~?」
「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていて。あなたたち二人でおうちの帰れる?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ならいいわ。次からは気を付けるのよ」
少女はそう言ってどこか別のところに歩き去って行ってしまった。そしてこの時俺(多分アリスもだろうが)はこの少女のような強い剣士になることを誓った。
初めて一度に四千文字も書いたので疲れました(笑)
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