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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
日ノ本ノ国、この世界
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ep.77 真実への紙片

お待たせいたしました。


『――赦す。僕は、きみのすべてを』


 言の葉が反響する。

 静かに、優しく、温かく。


 穏やかな気分に浸って一日が明けて、今日。


 改築が加えられて少々荘厳さを増した旧北アッシア城――現王城の一室で、青年が窓の外に見える青々とした晴空を眺めていた。


 数年前に比べて多少精悍さを増した黒の瞳、少年から青年へと移り変わり、いくばくか伸びた背丈。靡く黒髪は少々はねっけがあって、若々しい。


 青年の名は南雲竜基。


 エル・アリアノーズの参謀にして、内政を一手に担う司徒。


 今日も軽く朝の仕事をこなした後で、何の気なしに空を見上げていた。


 空を見上げる、という行為に直接の意味はない。

 しかし竜基にとって空とは途方もない彼方であり、そこから連想できる一つの単語が、今も彼の心に抜けない楔を打ち込んでいた。


 日本。


 遥か遠き、生まれ故郷。戻ろう、帰ろう、そう考えて結局実行に移せていない自らの魂の生家。


 北アッシアの良き纏め役であった、今は亡き偉丈夫も、その場所の出身であった。


 彼のことを思い出すと、今でも涙腺が緩んで仕方がない。

 申し訳ない気持ちと、感謝と、少しだけの怒り。


 失っていた日本での記憶を取り戻そうとしていたのに、それよりも先に命を絶ってしまった彼に、言いたいことは山ほどあった。


 だが、故人のことを考えるよりも、今は生きている自分たちのことに向き合わなければならない。


 竜基はそこまで考えて、先ほど甦った言葉に辿りつく。


『――赦す。僕は、きみのすべてを』


 昨日、二人きりで出かけたこと。その最後に、大切な人たちの眠る墓地で交わしたその言葉。


 彼女もきっと日本から召喚されてしまったうちの一人で、案の定記憶を失っていて。


 一年以上前の彼女との出会いは忘れられるはずもない。彼女の部隊を壊滅させ、あまつさえ「生きたい」と願った彼女を偽善じみた振る舞いで助け出してしまったこと。


 しかし昨日、彼女はそんな竜基の振る舞いを赦すと言ってくれた。誰が石を投げ、罵声を浴びせようと自分は赦すと言ってくれた。


 その優しさが、抱きしめられた温もりが、一日経った今も心に残っている。


「……ほんっと、俺は恵まれているんだろうな」


 空を舞う二羽の小さな鳥たちを眺めながら、竜基は一人感傷に浸る。


 悪友のように隣でいつも笑ってくれているグリアッド。

 折れそうな時に必ず背を押してくれた村長。

 黙っていても肩を叩いて激励してくれるガイアス。

 どんな時も竜基を庇い味方でいてくれるライカ。

 弱っている時に小さな気遣いをくれるファリン。

 一番近いところでいつも支えてくれるヒナゲシ。

 そして、進むべき道を示してくれたアリサ。


 昔からの仲間に加え、今はヒナゲシの部下ハルトや、ガイアスの義妹シオン、元エツナンの領主シャルル、そして商人エイコウや魔剣使いリューヘイも居る。


 本当に、恵まれている。


 自分一人では絶対に生きてなど来られなかった。


 仲間がいるから、味方がいるから、今の自分はあるのだと。


 そんな風に、思える。


「本当に、ありがたい」


 穏やかで安らかな笑みを浮かべて、竜基は呟いた。


「竜基、おはよう」

「ん? ああヒナゲシか。おはよう」


 扉の開く音がして振り返れば、小さく伸びをしたサイドポニーの少女。

 黒髪黒瞳の特徴的なその容姿は、竜基と同郷であることを強く示唆している。


「……朝からもう仕事してたんだ」

「まあ、ちょっと早く目が覚めたからね」

「ふ~ん……」


 特に何の感慨もなさそうに竜基に目を向ける彼女は、そのまま自分の執務机へと向かうと今日の仕事始めの仕分けを行うようだった。竹簡の山を崩すように、右へ左へ分けていく。今やるべきものと、後でいいもの、特別な許可のいるもの、緊急のもの……手際よく分けていくその姿に、しばらく竜基は目を奪われていた。


「……なに?」

「いや、なんでもない」


 視線に気づいたのか、竹簡を開きながら横目で竜基を見るヒナゲシ。

 そのあまりに自然な仕草に、昨日のことを思い出してしまった竜基は若干どもってしまう。


 嬉しかった。温かかった。

 彼女の思いやりが、今も鮮明に呼び起こされる。


 だから、つい視線を逸らしてしまうのだった。


「……なにさ。気になるじゃないか」

「なんでもないって。うん、なんでもない」

「むっ……」


 唇を尖らせて、ヒナゲシは瞳を細めた。じとっとしたその目線。

 気になるから言えよとばかりに訴えかけるそれに、竜基はしばらく睨まれて観念したように口を開いた。


「昨日のことで……ごめん、ちょっと照れてる」

「あ……」


 その一言で彼女も昨日の顛末を思い出したらしい。

 珍しく頬を染めて、若干不機嫌そうに眼を逸らす。


「べ、別にいいじゃないか。ちゃ、茶化す訳じゃないだろうね」

「そんなつもりは無いんだけど……嬉しかったというか」

「は、はあ!? き、昨日の僕はき、気分がおかしかったんだ! 忘れた! もう忘れたんだから! 昨日の分もちゃきちゃき仕事するよ!」

「あ、ああ」


 慌てたように彼女はがたがたと椅子をひくと、異常な速さで仕事を始めてしまった。

 呆気にとられる竜基だが、どうにもヒナゲシは会話を続けてくれそうもない。


 仕方がないかとため息を吐いて、竜基自身もデスクに着こうとしたその時だった。


「失礼します。あ、リューキさま。アリサさまがお呼びです」


 扉をノックする音に返事をすれば、入ってきたのは紫のツインテールがチャームポイントの少女。ガイアスの義妹、シオンであった。


 侍従として働くことになったらしく、てこてこと城内の形を覚えて回っている。


「分かった、じゃあちょっと行ってくる」

「ん……」


 そっけないヒナゲシの返事に苦笑いして、竜基はシオンについて部屋を出ていった。



「……素直じゃないな、僕って奴は」


 一人呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなかった。















 はたして呼び出しとは何なのか。

 そんなことを考えながら竜基は廊下を進んでいく。従者も増えてより綺麗になった板張りの床と、対照的な赤のカーペットが美しい。窓から注ぎ込む日差しも心地よく、竜基は目じりを下げた。

 そんな彼の目の前を先導して歩くのは、彼よりも頭二つ分くらい低い身長の少女だ。ライカよりも年下の少女と交流を持つことになるとはと、時の流れを感じる竜基。

 ぴょこぴょこと紫のツインテールを揺らしながら、時折確認するように振り返るシオンに竜基は笑いかける。


「昨日はどうだった?」

「え、あ、はい! おに……義兄と色々話すことが出来て、こうしてお城にも居られることになって……幸せです!」

「そうか。それは、良かった」


 聞けば、酷い暮らしだったという彼女の半生。

 迷わず救いの手を差し伸べたガイアスのことも仲間として誇らしく、今目の前で侍従服に身を包んだ彼女が迷わず「幸せ」だと口に出来ることも嬉しかった。


 こういう、幸せを国全体に届けることこそが竜基たちの仕事で、主の目指す道なのだと再確認して思う。本当に、戦ってきて良かったと。


「あ、あの。昨日はすみませんでした」

「ん?」

「ヒナゲシさんが義兄と恋仲であるなどと、勘違いをしてしまって」

「ああ、それか。恋模様には疎くて、俺には全然分からないから……シオンの言葉を聞いて「初耳だ!」なんて思ってしまったくらいだ。気にしなくていい」

「え。それはちょっと酷くないで……なんでもないです」

「えっ」


 何かまずいことを言っただろうか。若干白い目で見られてたじろぐ竜基だが、シオンのその表情は一瞬でなりを潜める。


「アリサ様がお待ちです、どうぞ!」

「あ、ああ。ありがとう」


 アリサの部屋の前に到着して、軽くノックをするシオン。


 竜基を連れてきた旨を告げ、アリサからの返答を待って扉を開く。


「遅かったじゃない」

「え、あ、ごめん」

「……別に、いーけど」


 入るなり文句を言われて顔をあげれば、アリサはご機嫌斜めだ。

 デスクに腰かけて、腕組みをして頬を膨らませて。

 彼女の不機嫌な理由にはだいたい察しがついている。昨日の件で、ヒナゲシとケンカになった際、竜基がアリサ側につかなかったからだろう。


 どうしてなのか、などという理由は竜基には理解できないが。それでも二年も連れ添っている相手に裏切られた、という解釈は出来なくもない。


 そのあたりに申し訳なさを覚えつつ、竜基は素直に謝ることにした。


「昨日は、ごめん。もし、俺がきみの信用を裏切ったというのなら、素直に謝る」

「……そういうことじゃないの……ばーか……」


 ふん、とそっぽを向かれては竜基も形無しだ。

 だがアリサはもうこれ以上話を引き摺るつもりもないようで、あっさりと不機嫌を引っ込めると真剣な表情で竜基に向き直る。


「セイヴェルン領の港町が港湾都市としての機能を持ち始めているのは、プランにも関わりのある貴方なら知っているわね?」

「ああ、セイヴェルン卿が今もかなり力を入れてくれているとか」

「そう。四か月計画で制作する予定だった艦が予定よりも早くできて、テスト航海を行ったとの連絡が入ったわ」

「へえ……」


 つくづく、思う。

 ゲームの時代からそうだったが、魔剣戦記の世界は建造や動植物の再生が早い。成長の早い植物など、水をあげてしばらく眺めていればその成長が肉眼で分かるほどだ。そのあたりは助かってもいるが、同時に世界の違いを思い知らされている大きな部分でもあった。


「……それで、何か起きたのか?」

「察しが良くて助かるわ」


 竜基の返事に頷いて、アリサは徐にデスクから竹簡を取り出した。

 グルッテルバニアの方から徐々に製紙技術が進み始めたとの話も耳に挟んではいたが、こちらではまだ作成段階に到っていない。そのあたりもいつか改良したいと思いつつ、竜基はその竹簡を受け取った。


「……見知らぬ島?」

「そ。セイヴェルン領から北東へ離れること十日の距離に、今まで存在が確認されていなかった島があったの。そしてそこには人の住んでいる形跡もある。上陸したは良いけれど、かなり排他的だったらしくて追い返されたらしいのよ」

「ふーん」


 アリサの説明の通りのことが記入されている竹簡に目を通しながら、竜基は頷く。しかし、それをわざわざ竜基に話す理由がまだ分からなかった。


「で、何で俺に」

「排他的で追い返された。つまり言語は通じたのよ。日ノ本言葉がね。それで、何故追い返されたかといえば、異民族のレッテルを貼られたから」

「なんだ、そんなに外見が違うのか」


 首を傾げる竜基に、アリサは大きく頷いて言った。


「私は一つの仮説を立てている。それは、貴方を呼びつけた理由にもなる、可能性。異民族だと我々を追い返した彼らの見た目は全て、黒髪黒瞳だったそうよ」

「えっ?」


 弾かれたように顔を上げる。


 その言葉が持つ意味は、ひょっとしたら。


「もし、仮説が外れていたとしても、貴方なら異民族扱いはされないでしょう。あと、ヒナゲシとぎりぎりファリンかしら。もしかしたらクサカや私のお母様なら行けたかもしれないわね。そのことが指し示す意味は一つ。竜基、貴方から教えてもらった、事実」


 まさかという思いが渦巻くなかで、アリサは最後に付け加えた。



「仕事はヒナゲシに引き継がせるから、貴方に行ってきて欲しいの」






 ――伝説の日ノ本の国、その可能性に。



少しペースをあげて、今週中にもう一本上げたいと思います。


詳しくは活動報告にて。

それから魔剣戦記二巻がクリスマスに発売されます。こちらは全編書下ろしのオリジナルストーリーとなっておりまして、北アッシア城を初めて訪れた竜基が内政を頑張る話です。特典情報を活動報告に載せますので、よろしくお願いいたします。

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