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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
日ノ本ノ国、この世界
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ep.74 ヒナゲシと二人、昼下がり(前編)


「――この前約束したデート、しよっか。竜基」


 その声がガイアスの部屋に響いた瞬間の、絶対零度の空気は酷いものだった。

 にこやかな笑みを絶やさないアリサに、どうしたの? とでも言いたげな表情を崩さないヒナゲシ。全てを察して肝を冷やし顔が真っ青になるシオンと、空気を感じ取って頬から汗を垂らすガイアス。


 険悪なことは分かっても、何故ここまで二人が殺伐としているのか分からない竜基。どんなに思考を巡らせても、自分に焦点が定まらないあたり卑屈さが透けて見えるというものである。


「それ、どういうこと?」

「どういうも何も、この前約束したんだよ。戦いから帰ってきたら、一回どこか行こうねって」


 ヒナゲシの説明に、どこかほっとしたような空気を出しつつアリサは言う。


「……デートってわけではないのね?」

「デートだよ?」


 しれっとヒナゲシが返す。

 もうやめてくれと視線を送るシオンだが、少女二人はどこ吹く風。いや、どこ吹く吹雪と言うべきか。アリサの視線は次第にどんどんと細くなり、カリスマ王女はどこへやらただただ睨むばかりという凄い表情になってしまっていた。


 その可愛らしい紅玉の瞳をただのジト目に変えて、その視線は竜基へと向く。

 な、なに? とばかりに戸惑う竜基に対し、彼女はぼそっと一言。


「ばか。あほ。りゅーき」


 言うや否やシオンの腕をぐいっと引き摺り外へと出ていってしまったアリサ。

 しれっと悪口の中に竜基が混ざっていた気がしなくもないが、それはともかく。竜基は日本に居た時に散々母親が「龍平さん、竜基さん……もう知りません!」と言って逃げていったのを覚えている。

 その経験から一つ言えることがあるとすれば。


 女はここで逃すとろくなことにならない。


 偏見にも似たその考えが、竜基の体を無意識に動かしていた。

 だが、竜基の腕を掴む手が一つ。


「……ヒナゲシ?」

「……」


 振り返れば、何か言いたげに上目遣いで竜基を見る少女の姿。その黒い瞳は訴えかけるように潤んでおり、しかしそれが何を意味するのか、一瞬では分からない竜基が居た。


「……ここまで強引にやっても、やっぱり竜基は王女サマの方行こうとするんだ」

「いや、そういうことじゃないと思うんだが……」

「そういうことなの」


 唇を尖らせて彼女は言う。

 どうしたものかと半ば思考放棄した竜基に対し、横からかかる声があった。


「……あー、リューキ。お前とりあえずヒナゲシと行ってやれ。どうせアリサ様はあーなるとしばらくはむすっとしてるし、あとで行けばいいさ」

「そ、そうか」

「いいからほら行くよ竜基!!」

「ちょ、おいって!」


 これはどこかで全て失敗したな、と小さく胸の内で嘆息したまま。

 竜基はヒナゲシにされるがまま、城の外へと連れ出されたのであった。














 久々に王城の外へと出た竜基は、しばらくの間書類の上でしか見ていなかった城下町の発展具合に目を剥き、ついで思わず笑みがこぼれた。


「そっか、ここまで、みんな楽しそうにしてくれているのか」

「それもこれも竜基のお陰だよ。僕も手伝ってはいるけどね!」

「いつもありがとな」

「ふふん、もっとほめやがれ」


 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、ヒナゲシはとても楽しそうに竜基の隣を歩く。仕事で向き合うことばかりが多かったからか、ヒナゲシのこんな屈託のない笑顔は新鮮だった。


 それにしても、喧騒の絶えないこの街の隆盛っぷりは凄まじい。まだ"北アッシア城"であった頃と比べても、様々な文化に対してより発展度合いを高めているように見えた。


 絹で拵えた衣類、様々な屋台が並ぶ食文化、区画整理が丁寧になされた住宅。


 どれをとっても、竜基が目指したものと寸分違わず、否それ以上に上手く回っている。ちらほらと見える衛兵も、巡回の仕事を全うしながらいろんな店の人々に声をかけられていたり、子供たちが通りを走り回っている様などは見ていてほほえましい。


 王城のメインストリートからは一本外れた、サブウェイとも呼べるこの通りは、竜基の想定を越えて豊かになっていた。


「市にかかっている税は少し増して還元すべきか……?」

「ねぇ、竜基」

「ん?」


 下見にもなって好都合だ。そう考えていた竜基だが、隣からかかった声に気づいて横を向き、サイドテールの彼女と視線を交わす。

 どうしたのか。ヒナゲシは口元をへの字にして、どこか揺れるような瞳を見せていたが、竜基が振り向くや否や笑顔を見せて、言った。


「今日だけはさ、お仕事のこと、無しにしよ?」

「あ、ああ」


 優しく、小さな花のようなヒナゲシの声色。

 滅多に見せないし聞かせない彼女のそんな一面に、どうもまともなリアクションが取りづらくて竜基はどこか釈然としないまま言葉を返す。

 そんな返事でもヒナゲシは笑って、竜基の手を取り街の中へと踏み込んだ。


 彼女は今日、わざわざ「出かけよう」ではなく「デートしよう」と言った。それで思い出すのは、いつの日かアリサを外に連れ出した時の記憶。アリサに申し訳なくなって、埋め合わせ半分で仲店通りへと繰り出したあの日。


 もしかしたらヒナゲシは、何らかの理由で竜基の為に外に出たのではないだろうか。


 ヒナゲシが竜基をデートに誘ったのは、王都攻略戦に乗り出す少し前のこと。あの時の自分は、かなり張りつめていた覚えがある。


 エリザの策にはまり、危うく北アッシアを滅ぼしかねない戦いがあって、それからというもの竜基は「二度と負けないために」とアッシア王国を打倒するまでの間ただひたすらに戦のことばかりを考えていた。


 その時にはもう、無血での勝利などという理想は考慮のうちから消え去り、「どうやって勝つか」というその一点だけで思考を染めあげて、切り詰めて、張りつめて。


「……それでも、失った、んだ」


 思わず声に漏れて、ヒナゲシに聞かれてはいないかと目を向ける。

 彼女は露天商の出している素朴な石のペンダントに夢中で、特に気づいた様子は無さそうだった。


 この辺りの通りは、竜基が北アッシア城を初めて訪れた時からあまり変わっていない。強いて言うなら、屋台料理屋が多かったあの頃よりも、店を構えるところが多くなったくらいか。


 何の気なしに周囲を見渡して、あの頃を思い出しながらのんびりと午後の日差しを楽しんで。


「ぁ」


 そして、気づいた。とある屋台の存在に。

 ぽつんと立った、串焼きの屋台。あそこは確か、竜基の目を盗んだライカが飛び込んでいって……そして。


「竜基、おなかでもすいたの?」

「ん? そうだな……そしたらあそこ、行かないか?」

「串焼き? ……たまには、いいかもね」


 前かがみで露天を眺めていたヒナゲシも、竜基の視線の先に気づいたらしく体勢を直す。串焼きの屋台。何の変哲もない、いたって普通のその店を、ヒナゲシは目を眇めて見つめていた。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」

「おっけー」


 ぴょこんと前へ出て、人混みを軽く回避して進んでいくヒナゲシに苦笑してから、竜基は露天商と二言三言だけ交わして後を追う。


 あの串焼きの店は、ライカがクサカに串焼きを奢ってもらった店だった。どんな偶然だろうかと思う。初めてこの世界でクサカに出会った店が、まさかクサカを失ったことを考えているその時に視界に入るなんて。そして、ちょうどタイミングよく思い出すなんて。


 先に人混みを突破したヒナゲシを追いかけて、竜基は屋台の前へとたどり着いた。

 時折人と肩がぶつかりそうになったが、そこは竜基とて簡単にだが武術をやっていた身。体捌きくらいは、難しいことではない。


「二人でー」


 のれんを潜ったヒナゲシは、屋台の男に人数を伝えるや否やささっと席に座る。肩がふれあう程度の距離で隣に座った竜基は、あの時のことを思いだしながら、ごつい手で串を焼いていくその手際を眺めていた。


「何か、思い入れでもあった?」

「……ここは、クサカと初めて会ったところでさ」

「そっか。クサカ、か。アイツ、本当に一本筋の通った奴だったね」

「……そう、だな」


 とりあえず水と、串焼きをある程度適当に注文する。客が竜基とヒナゲシの二人の他に居ない今、そんなに時間もかけずに提供される遅めの昼食。


 おいしそうにぱくつくヒナゲシを横目に、竜基は陶器の皿で出された串焼きを眺めていた。あの時、クサカはすべてを忘れていて、「お嬢の為に死す」と覚悟を固めていて。


「あいつさ」

「ん?」

「俺を庇って、死んだんだよ。アリサの為に死ぬことだけが本望って、そう言っていたのにな」


 竜基の呟きに、串焼きをくわえたままのヒナゲシが視線を寄越す。

 皿に移されたうちの一本を拾い上げて、竜基はニヒルに笑う。


「あいつ、元の世界じゃすげえ人でさ。草鹿さん、って、俺は呼んでた。まさかタメ口きく同僚になるなんて、思いもよらなかったよ。……俺は、記憶を失う前のあの人を、尊敬してた」

「記憶を失ったクサカは?」

「もちろん年長者として敬意はあったし、事実仕事もすげえ丁寧な人だったけど、やっぱりどこか違ったんだ。そりゃそうだよな、記憶消えて20歳から別の環境でリスタートしてりゃ、人格も変わるさ」

「……その年齢戻る理論が、僕には全く理解出来ないんだけどね」

「俺だって、分からない。分からないけど、言えることが一つだけあるんだ。……俺を庇ったあの時のクサカは、間違いなく草鹿さんだったんだ、って」

「……」

「そんな冗談あるか……? 何とか記憶を取り戻してやれたらって、いろいろ情報とか集めて、何の手だても見つからなくて。それなのに、死ぬ間際になったら思い出すなんて……そんな残酷な話が、あるかよ……」

「だから、僕に変なもの食べさせようとしてたんでしょ?」

「……ああ、そうだ。あの時は、なんかごめんな」

「ううん。嬉しかったよ?」

「えっ……?」


 思わずとなりを見れば、はむ、と串焼きをかじりながらヒナゲシは笑顔だった。彼女が何故笑顔なのか、竜基には分からない。

 疑問をそのままに漏れ出た竜基の声に、ヒナゲシは食べ終えた串焼きの串を皿において、笑う。


「だってさ、僕の為にしてくれたんだよね? ……前は、何でそんなに記憶を戻したいのかって思ってたけど……それも竜基が教えてくれた。だから、嬉しかったよ?」

「……ヒナゲシ」


 彼女の朗らかな表情を見て、竜基も、力無くではあるが笑うことが出来た。何度衝突しても、否何度も衝突したからこそ、ヒナゲシは竜基のやること為すことをくみ取ってくれる。

 それが嬉しくて、つい口元が緩んだ。


「竜基。抱え込むのはやめてよ。見てると、僕も辛くなってくる。クサカが竜基を庇ってくれたのは、前世での記憶もあると思うけど……きっと、"クサカ"としても守りたかったと思うから。竜基が生きていることがアリサの為になるっていうのもあるし、なにより、竜基自身を認めていたから」

「……俺を?」

「うん。竜基を。そうじゃなきゃ、ウソだよあんなこと。クサカは竜基を一人前の男だって認めてて、あいつになら儂が居なくなったあとも任せられるって、そう言ってたんだから」


『強い奴に、なったなぁ……』


 あの時クサカが最後に、竜基に伝えた言葉が蘇る。あれは、草鹿としてのもの、というだけではなかったのかと。


 クサカとしても、竜基を認め、竜基に託して、死んでいったのかと。


「……俺は、どこかで勘違いしてたのかもしれないな」

「クサカもクサカで、凄く良い奴だったよ。……もしかしたら、潜在的に竜基は認められなかったのかも、しれないけどさ」


 おどけた風にヒナゲシが言うのは、竜基を落ち込ませないための優しさか。


 串焼きを一つかじって、竜基は思った。




 俺は本当に、いろんな人に支えられて生きているのだ、と。

ちゃんと前後編で終わるから!

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