ep.72 ガイアスの墓参り(後編)
すみません、ぶった切ったのに一万超えてます。
ようやっと終わりです。
その日の夜。
村は暗闇に包まれ、ところどころに焚かれた篝火だけが道を照らす。それは最近現れたらしい賊から守ってくれる、セイヴェルン兵たちが警邏をしているから灯されているものだった。
シオンは、罰としてまた遅くまで水汲みに出されていた。井戸から桶を汲み上げるのは、これで何度目だろうか。
赤くなってしまった手のひらが、痛みに悲鳴をあげている。
『ペレノアは、お前に何を教えていた?』
昼間に出会った、ガイアスという青年の言葉が反響する。
余計なお世話だった。今の自分に、これ以外に生きる手段など無いのだ。そんなわかりきったことを、自分が何か出来るからと言ってえらそうに。
だと言うのに、どうしてこうも頭に響くのか。
『義に生きることができる、強い子になるんだよ』
月明かりに照らされた空の下で、ペレノアの言葉を思い出す。
「……義に生きる前に……生きられるかどうかがもう、難しいんですよ……お父さん……」
彼女がペレノアに出会ったのは、まだ四歳かそこらだった頃のことだ。助け出しても身寄りのない彼女に、ペレノアは自らが親代わりになると宣言した。
育ててもらった四年間、本当に楽しかった。そして、ペレノアの言う通りに強く生きようと心に決めていた。
だが、ペレノアの死とともに再び己の無力さを知った。自分一人では結局何もできない。シオンだけで生きていけるほど、この世界は甘くなかった。
殺されそうになったことも、別の危険に脅かされたこともあった。
必死で逃げ延びる内に、自分が唯一できるのは我慢だけだと知った。
本当に、何もできなかった。
生き延びるだけで精一杯。雇ってもらえただけで幸せ。
だから、むやみに自分に触れて、それ以上を求めさせないで欲しかった。
なのに。
『ペレノアはお前に何を教えた?』
そんなことを言われたら、嫌でも意識してしまう。
だって――
「うあああああああ!!」
「ぜえああああ!!」
剣戟を交わす金属音。何かを知らせる笛の音。
突如騒がしくなった、村の表通り。裏路地の井戸に居たシオンからはよく判別がつかなかったが、それでも異常だと言うことくらいはわかった。
慌てて駆けて大通りまで出た、その瞬間。
どさり、と地面に倒れたセイヴェルン兵の姿。
「大丈夫ですか!?」
「……! あ、ぁぁ……! うぅ…………」
「っ!」
彼を抱き寄せるよりも早く、襲いくる集団。
盗賊だと気づくのに時間はかからなかった。セイヴェルン兵との交戦は、どちらに有利なのかなどわからない。
だが、次々に倒れていく人々に、恐怖が体中を支配する。
切り伏せられ、朱の中で鮮血を迸らせる。ただ相手を殺すことだけを考えて凶器を振るう、醜き地獄。
そのまっただ中に、気づかぬうちに自分は居た。
「な、何事なんだ!」
ばん、と食堂の扉が開かれ、中から店主が現れる。明日の仕込みをしていたのか、ナイフを持ったままだ。
だがそれが盗賊の警戒心を煽ったらしい。
「なぁんだおっさん、やるってのか?」
「な、なな……と、盗賊……!?」
一人、いつの間にかセイヴェルン兵を切り伏せた男が店主の方にやってくる。その余裕そうな顔は、他の盗賊たちと一線を画していた。
揺らりゆらりと、怠けた歩み。だがそのプレッシャーたるや、シオンは震えて声も出ない。
「あぁ? おい!」
「ひぃ!?」
その男が剣を地面に叩きつけた瞬間、大地に亀裂が走った。情けない悲鳴をあげる店主のおかげでいくらか冷静になれたシオンは気づく。
あれは、魔剣のたぐいだと。
「ほらほら、店の有り金全部だしな。そうすりゃ、命は助けてやんよ」
「ぁ……あ、あ……!」
「あぁ……?」
朗々と語りながら笑う男に、しかし店主は恐怖の余りか身動きが取れない。
周りを見ても、皆が皆交戦中で助けなど求めようにも求められない状況だった。どこか、身を隠すところはないか。
幸いシオンはまだ視認されては居なさそうだった。ならば今の内に隠れなければ。だが、そうなると、今まさに狙われている店主はどうなる。
思考時間は一瞬、だがもはや夢か現実かの区別は朦朧。
だから、裂帛の発声に気付くのが遅れた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
「えっ?」
シオンが振り向いた、右手の方向から駆けよる一人の兵士。剣を両手に持ち、いざ斬りかからんと魔剣を持つ男へ向かっていく。
「なんだぁ?」
「おおおおおおおお!!」
鈍く輝くは鉄の光。兵士は相貌を緊張に歪め、それでも尚魔剣の男へと真正面から対峙すべく突撃を敢行した。
無茶だ、と思った。シオンも幼いながらに魔剣使いの恐ろしさ、その強さは知っている。だからこそ魔剣の男が今現れた時に言いようもない恐怖に襲われたし、それは店の前で震えている店主も同じことのはずだった。
だから、何故あの兵士が斬りかかっていけるのかが分からなかった。
「は、雑魚が!」
「あ、うわ、ああああああああああああ!!」
兵士を一瞥、魔剣の男は鼻で笑うと魔剣を振り上げる。まるで救い上げるように大地を切り裂くと、土の隆起が怒涛の勢いで兵士へと襲い掛かった。
避ける暇もなく、兵士は為す術なく空中へと弾き飛ばされる。その瞬間にシオンは見た。見てしまった。
宙に浮いた兵士には、もう上半身しか残っていなかったということを。
「ひゃははははは!!」
高らかに笑う魔剣の男。絶望はさらに深まっただけだった。どうすればいいのか。未だにそのことだけを考えていられるのは、むしろ他の可能性を考えないようにしているからか。
今のシオンには何一つとして分からなかったが、分からないなら分からないなりに行動のしようがあった。どさ、とまるで俵を地面に叩きつけた時のような音が近くで鳴り響き、シオンは思わずそちらに目を移す。そこでは、下半身を失ったあの兵士が倒れ伏しているところだった。
臓物や胃腸の中にあったものがどろどろと垂れ流される絵面は、そら恐ろしさを加速させる。だが、何故かシオンはそれでも臆することなく彼に駆け寄ることが出来ていた。
「邪魔ァ居なくなったなぁおっさん。震えてねえで金寄越せって。お前みてえに震えた中年みてんのも、そりゃあ楽しいんだけどよぉ」
「ひぃ……!」
す、と何かを掴みとるかのように手を差しだす魔剣の男。その指にいくつも嵌ったごてごての指輪が一層の恐怖を搔きたてる。
「……ぁ……ぅ……」
と、シオンの足元に倒れ伏す、死の目前に迫った兵士。もう彼は、少しも生きては居られないだろう。大丈夫ですかと声をかけることすら、憚られる。
だからシオンは何も言わない。その手の同情じみた言葉を吐いていられるような精神状態でも、現場状況でもなかった。
だが、それだけにシオンは気づく。
なんでこんな恐ろしい地獄に今自分はあって、それでも全てを捨てて逃げようとしないのか。逃げればいい。生存率は上がる。死ぬ、が死ぬかもしれないになるのなら、そしてこの恐怖から一刻も早く逃れられるというのなら、今すぐ全てを放り出して逃げるべきなのに。
なのにシオンの足は、村の出口の方を向きやしない。その代わりに何が出来ているという訳でもなく、震えて縮こまっているだけに過ぎないが。それでも彼女は何故自分がこんなところにまだずっと居るのか。
その答えを、この兵士は知っている気がした。
魔剣使いに単身、ただの剣でもって躍りかかったこの兵士なら。
「……あの」
「……」
膝をつき、シオンは兵士に話しかける。返答など、鼻から期待しては居ない。
だが、聞かずにはいられなかった。衝動じみた己の感情が、今のシオンを突き動かしている。
「なんで、魔剣使いに……単身で……?」
答えは当然かえってこない。だが、シオンを視線だけで見上げる兵士の瞳には、まだ意思の光が宿っていた。
答えて欲しかった。何故、こうまで今己が何かの感情に揺り動かされているのか。その、回答を。
「……ぁ……」
小さな、呻きとも取れる声。シオンが彼を見れば、死相に苦痛にゆがみながらも、シオンと瞳を通わせて。
兵士は、一度だけちらりと魔剣の男を見て。そして、シオンを真っ直ぐ見つめて。
小さく、笑った。
「っ……?」
そしてゆっくりと瞼を閉じると、それきり動かなくなる。
事切れた、のだろう。だが、彼の今のしぐさの意味は。
「もういい、殺すわ」
「っ!?」
そんなことに気を取られていたからだろう。シオンの耳に入ってきた男の声は、先ほどまでの遊んでいた空気とは一線を画すもの。
見れば、店主は結局かたかたと震えるだけで何もできていなかった。逃げるなりなんなりすればいいのに。焦る頭でそう考えて、自分も同じかと自嘲する。
今まで奇跡的に賊たちからは発見されずに居た自分なら、逃げおおせることだって容易だっただろうに。
なのに、恐怖に震えていたかと思えば訳の分からない行動に走る自分。
もう命など捨てたつもりなのだろうか。それにしては怖くて怖くて仕方がないし、逃げたいという気持ちも心にある。
ならばこの感情はいったい何なのか。
理解は出来ないし、生きたいと思うのならば理解しない方が良いのかもしれない。だがシオンは、どこか潜在的には感付いていたのかもしれない。
あの兵士の、視線の意味。瞳の意思。
だから、今、シオンはゆっくり歩いている。歩けている。怯える店主の居る、その方向に。
怖い。逃げたい。隠れたい。
その感情がとても強いはずなのに、どうしてか一歩一歩、シオンは魔剣使いと店主の方向へ、震える足を抑えつけてまで進んでいた。
何故なのか。
シオンの脳内でぐるぐると、その疑問は渦を巻いたままだ。
だがそれでも、徐々に徐々に意志は固まってくる。逃げない、隠れない……怖くなんかない。
紫色の髪を揺らしながら、シオンは進む。
彼女は気づかない。自分自身から漏れ出る気迫に。その雰囲気に。
それが、殺気と呼ばれるものだとすら。
「……あん? ガキが居たのか」
「し、シオン……!?」
唇をかみしめて、四つの瞳からの視線を甘んじて受ける。いっそ弾き飛ばしてやるくらいの気合を込めて。
そしてシオンは気づかないうちに、懐へと自分の手を入れていた。掴み取るのは、ひんやりとした鉄の懐刀。今朝、とある青年に気付かれた、隠し持っていた武器。
ペレノアの残した、もう一つの形見。
銀に煌めくその刃を手に握った瞬間、魔剣使いの目の色が変わった。
小さく口笛を吹き、そのふざけた態度とは真逆の強い眼光をシオンに向ける。
「へえ、このおっさんよりもずっと度胸があんじゃねえか」
「な、し、シオン……!」
情けない。
シオンは、店主を見てそう思った。普段あれだけ蹴っ飛ばして、唾を吐きつけて、どやし、奴隷のように働かせる男の姿とは思えない。
だが、どうしてか彼に対する憎しみは、ない。
何故ならば、彼が居なければ今頃自分は死んでいたから。
「義に……生きるって」
「あん?」
小さく呟かれた言葉は風に乗って消え去った。シオンの吐露した心中は、未だ誰の耳にも入っていない。
だから、シオンの心の中に、ずっとずっと残っていた燻りに、気づいた人間は一人も居ない。
あの兵士は、守ってくれた。
命を賭して、年端も行かぬ子供を守るために、ただそれだけの為に命を投げ打った。何故、と聞く方が野暮だということくらい、シオンだって知っている。
だってそれは、いつの日か自分を戦火の中から拾い上げてくれた父の背中と、同じものだったのだから。
「義に生きるって、おとうさんが言った」
義。
あの兵士の見せた、死をも恐れぬあの行い。最後まで、守ることが出来て良かったと言って散っていった、あの生き様こそが義の象徴。
久しく、忘れていたこと。否、忘れざるを得なかったこと。かっこよかった父に憧れても、その力は自分には無いと思っていた。
だから出来なかった、義に生きるということが……シオンの中で、ようやくすとんと綺麗に落ちた。
違うんだ。
力がないから、なんて理由にならない。相手が強いからなんて、意味がない。
店主には、雇ってもらった恩がある。金銭を貰い、今まで生きてこられたのは間違いなくあの店主の御蔭だ。盗賊の娘となじられようと、村の人間からどんな扱いを受けようと、"人間"として扱ってくれたのは店主だった。
何度も盗賊に襲われたこの村で、賊に恨みを募らせたこの村で、それでもなお店主だけは人として扱ってくれはしたのだ。扱いはどうあれ、生きてこられたことに恩がある。
そして、何よりも。
自分が知った仲の人間が今まさに殺されそうになっている時、果たして父ならばどうしたか。
義に生きると、最期まで言っていたあの男ならばどうしたか。
そんなことは決まっていた。
だから、だから。
「死んでも、義に生きろと父さんは言った。だからわたしは……!」
「義ィ? ああはいはい、なんかあれな、たまに居るな。そうやって死んでもしょうがないって理由つけようと必死な奴」
「好きに言って」
脇差、と呼ばれるらしいペレノアの武器。シオンはその刃に一瞬だけ目をやって、それから魔剣使いを睨みつけた。
呆れ混じりにしばらく魔剣使いはシオンを見ていたが、ちらりと周りを見る。
ぎゃーぎゃーと喚くような声が響き渡る、戦場と化した小さな村。その叫びは徐々に徐々に小さくなっている気がした。仲間も今頃、いただいたものを荷台に積み始めている頃ではないだろうか。
「……飽きたし、殺すか」
「っ……!」
「なんだよ、ビビッてんのかァ?」
とん、と肩に魔剣をつっかけて、魔剣使いは言った。もはや店主のことなど眼中にない。
「……わたしは、逃げない」
構えた。脇差を。
シオンがこうして武器を手にするのは、いつ振りになるだろうか。
ずっと働きっぱなしで、ろくに稽古もしていない。
それでも、負けるつもりはなかった。義に生きる、その意味を本当に理解できた気がしたから。散っていった兵士が、教えてくれたから。
「父は誇りをかけて戦った。だから……わたしは、逃げない!」
「おおそうかいそうかい。そんなら好きにしてくれて構わねえが……俺ァガキが嫌いでよぉ!」
来る!
シオンは瞬間的に男の初動を理解し、大きく振り上げたその魔剣の軌道上から跳躍して外れた。魔剣を叩きつける一撃。
「ほぉ、避けたか」
「……!!」
感心したような男の声。
地面に響き渡る振動。
迸る亀裂が隆起を呼び、その直線軌道に――
「だがなぁガキ」
直線、軌道に
「方向を操れねぇ、なんて、誰か言ったか?」
まるでホーミングするように土砂の波動がシオンめがけて襲い来る。
「そんなっ!!」
「ひゃっはー! 派手に散りな!!」
迫る土石流がシオンの眼前に。
死ぬ。
その言葉が頭を過ぎる。
だが、それでも良いかもしれない、と思えた。店主を身体を張って守ろうとしたのだし、最期の最期にペレノアに対しての顔向けが出来た。
今、会いに行きます、お父さん。
『ふざけんな馬鹿、帰れ』
……えっ
いつの間に、目を閉じていたのだろうか。
死ぬ、と思ってからしばらく経ったような、そんな気がする。
だが、意外に意識というのは途切れないもののようで、耳元でパラパラと砂利の落ちるような音がする。
現実に意識を引き戻され、徐々に徐々にかがり火の爆ぜる音も戻ってきた。
「……あ、れ?」
声が、出た。
不思議と、瞼も動かせるようだ。
死んだ訳では、ないのか。
ゆっくりと、瞳を開く。
目に一番最初に入りこんだのは、白だった。
ばたばたと風に煽られ、はためく白い布。
どこに繋がっているのかと見上げれば、大きな背中。
後頭部に結ばれた鉢巻と、ぼさぼさとした茶色の髪。
「……え?」
どこかで見たことのある、背中。
どこかで見た、青年。
「がい、あすさん?」
「義に生きるにはちぃと……根性が足りねえな」
振り返った青年は、一筋の汗を流しながら小さくはにかんでいた。
「あぁん? なんでテメエ俺の攻撃防げたんだ?」
「根性だな」
「んなわけあるかボケ」
訝しんだ魔剣使いの男に対して、軽口で答える茶髪の男。ガイアス・ベルザーク。やはりどこかで聞いた名だが、思い出せない。
「な、んで……」
「帰りに賊に会ってよ、この村襲うとか言うから、帰ってきた。……遅かった、みてぇだが」
舌打ちして、周囲を見まわすガイアス。彼はとん、と己の剣を担ぐと、さも当然と言わんばかりに魔剣使いと相対した。
「さがってな、シオン」
「待ってください! あの人は魔剣使いです!」
突き進もうとするガイアスの服を掴み、シオンは言う。ペレノアの友人ともあろう人間を、自分の目の前で失いたくはない。
だが、ガイアスはひょいっとシオンを片手で持ちあげると、軽い動作で数歩先へと投げて。
慌てて着地を取ったシオンに対して、半分だけ振り向きながらガイアスは笑って言った。
「そうか。俺もだ」
は? という声を出す暇すらなかった。
ガイアスの姿は、その場から一瞬で消え去る。
「やんのかコルァ!! 同じ魔剣使いだからってなめてんじゃねえぞ!?」
「やる気はある。そして俺は今怒っている。だから――」
魔剣を担いだ男は吼え、姿を消したガイアスの行方を必死に目で追おうとして叫ぶ。返事が返ってきたのはすぐのこと。慌てて振り向いた男はその姿を視認するよりも先に、訳の分からない力で吹き飛ばされた。
「がああああああああああああああ!!?」
「――安心しろ、全力だ!!」
吹き飛ばされた男は、二つの家屋を貫いて打ち転がる。それでもすぐに立ち上がるあたり、魔剣使いはそもそも身体の作りが違うのかとすら思わされる……が、そんな"すぐに立ち上がる"なんて悠長な動作をしているから、
「天地開闢!!」
振り上げられた長剣は、暴力的な風圧を纏った軌跡を描く。
激しく嬲られ空中をくるくると回転しながら吹き飛んだ男は、慌てて地面へと急降下。大地こそが男のフィールド、それを覆されてしまっては敵わない。
「ふざけやがってえええええ!!」
顔を怒りに紅潮させて、怒鳴り散らす声は全力。シオンも耳を塞ぐほどの大声と共に、土が隆起しガイアスへと襲い掛かった。
「根性!!!!!!」
瞬間、ガイアスが纏っていたらしき風の防壁が全ての土を爆散させる。
「なにぃ!?」
「魔剣使いが!! 弱いものいじめばかりをして!! この俺に勝てるわけがないだろう!!」
「こんのォオオオオオオオ!!!」
地面を滑らせるようにして男が放つは土の刃。その幅たるや、ガイアスが少し避けたところで必ず当たるくらいの広さを持っている。
「効かぬっ!!」
「んなっ!?」
「俺はガイアス・ベルザーク!! そんな甘っちょろい攻撃が効く男ではない!!」
「聞いてねえよ!!」
先ほどの吹き飛ばしでダメージを受けた男は、口から血を吐きながらも怒鳴って声を張っていた。だが、それも虚勢なのだとシオンにも分かる。
怖いだろう。
己の全てを尽くしても、無傷で笑いながら攻撃をしてくる相手というのは。
それが今までのあの男であり、そして今男を脅かす本当の魔剣使い。
「そろそろ締めようか!! 天地開闢!!」
「ふざけっ――」
最後まで男が言いきることはなかった。
暴風に呑みこまれ、遥か遠くへと弾き飛ばされる。
からん、と落ちた魔剣の存在だけが、男が今までここに居たことを証明していた。
「……これで全部吹っ飛ばしたな」
「……え、全部?」
「おうよ。ここを襲っていた盗賊は全部、あっちにある湖の方に吹っ飛ばした。生きているかは、しらん!!」
どれほどの規格外なのか。湖まで、結構距離はあるのだが。
だが、それよりもシオンは、この男に言いたいことが山ほどあるのを忘れていた。とりあえずは。
「あの……ありがとうございました」
「礼を言われることをするには……遅すぎたな」
「いえ……」
彼に駆け寄って、ぺこりと頭を下げる。紫色の二房が、ふぁさりと垂れた。
ガイアスは周囲を見渡したまま、そのことについて触れるつもりはないようだった。「帰ってからセイヴェルン領に任せるしかねえな」と呟いているが、そんな権限があるのだろうか。
きょうび、盗賊に襲われる村など少なくないというのに。
「……あの」
「シオン」
「あ、はい」
「人を守って死ぬことが、義ってわけじゃねえよ」
「えっ……?」
大技の連発でついた砂埃を払いながら、ガイアスは言った。おそらくは、先ほどのシオンの行いについて。
だが、ならばどうしろというのか。自分に出来る限りのことはしたつもりであったシオンだが、彼の言葉の意味は、分からないでもない。けれど、他の方法は知らないのだ。
「……だったら、だったらどうしろって言うんですか」
あんな風に、どかどかと魔剣などで戦える人間には、分からないだろう。自分が弱くて、それでも戦うしかなくて。それならばと、今やっと決意出来たところだというのに。
その上生きろだとか、そんな現実味の欠片もないことでも言うつもりだろうか。
「……シオン。お前この後どうするんだ?」
「どうするって……」
はっとなって、振り向いた。店主は、無事だった。
店の前にへたり込み、泡を吹いて気絶しているが……生きている。
ほっと一息を吐いて、もう一度ガイアスに向き直る。
「店主は生きているので、何とか」
「……俺のところに来ないか?」
「え?」
どういう、意味だろう。
訳が分からずに顔を上げれば、彼は視線を逸らしていた。
意図が不明だが、どこか耳が赤いようにも見える。
……シオンは知らないが、ガイアスは子供の相手をしたことがない。してもライカなので、気が楽で済んでいた。だからこそ、シオンという少女に対してどういう風に声をかければいいのか分からなかったのだが、それを彼女が知る由もない。
「あぁいや、根性は足りないが、見どころはある。ペレノアのこともあるし……俺と来ないかと思って」
「……えっと、それは、どういう」
雲をつかむような問答だ。真意が理解できない以上、シオンとしては何も言うことが出来ない。
すると、ガイアスは一つ深呼吸して。
「らしくない、俺らしくない。俺はガイアス、ガイアス・ベルザーク。根性だ根性。どうしたまさかこんな少女に臆しているというのか」
何故か自己暗示よろしくぽかぽかと己の頭を叩き始めた。
本当に何がしたいのだろう。
だが、あれほどまでに魔剣使いを翻弄した目の前の男が、自分相手にしどろもどろになっていることは分かって。少しおかしくなって、小さく笑ってしまった。
「くすっ」
「……む、なんだ。何か面白いことがあったのか」
「いえ……すみません」
「そうか。……なぁシオン」
「はい」
どうしようかと腕を組んでいたガイアスは、しばらくして瞳をこちらに向けて、言った。
「俺の義妹にならないか?」
「へっ!?」
それは唐突な申し出だった。何を言っているのか、一瞬分からないくらいに。
「ちょ、ちょっと待ってください。流石にいきなりすぎます」
「む、そうか。……では俺と一緒に来ないか?」
「あの、さっきからそれですけど……どこにですか?」
「どこかと具体的な場所を言えば……王城だな!」
「王城!?」
一瞬旧王都を思い浮かべたが、多分彼の言う王都はここから西に行った場所にあるエル・アリアノーズの王城だ。何でそんなところにとか、疑問が多くあったが、ふと……ずっと奥歯に挟まっていた何かを思い出す。
「……もしかして、ですけど」
「む?」
「貴方……いえ、貴方様は、ガイアス・ベルザーク大将軍……様で?」
「ハッハッハ! 言ってなかったな!」
「やっぱり!?」
何が言ってなかっただ。もしかすると自分はとんでもない不敬を働いていたのではと慌てるも、ふと気づく。
そんな人が、何故自分の父の墓に。
「何で、この村に?」
「アリサ様に休みを戴いてな。年に一度くらいは、友の墓参りをしようとな。大切な、義賊時代の仲間だ」
「……そう、なのですか」
墓参りで休みを取れるというのも少し驚いたが、何よりも、そんな人が自分の父を大切な仲間だと言ってくれることが嬉しかった。
賊の娘と蔑まされていたのが、普通だったのだから。
「で、だ。来る気はないか?」
「で、でも」
少し胸に温かいものを感じていたが、それよりも彼の誘いだ。
王城になど行って、自分のすることがあるのか。それもあるが、自分が世話になった店がある。
店主は、生きているのだから。
「あの店主なら、セイヴェルン領で新たな仕事を斡旋してくれる。あの領は今や商業都市として生まれ変わろうとしているからな、人手は足りん」
「……そう、ですか。……あの」
それでもやはり、気になった。何故、自分を誘おうとするのか。
村を失った同情か、それともペレノアの娘だからか。
「お前さんが行き場が無いのも、ペレノアの娘というのもそうだが、シオン。一緒に来ないかと誘ったのは、お前が気に入ったからだ」
「えっ」
「魔剣使いに挑もうとするその根性は大したものだ。だがその先が見えていない。……それさえつかめりゃ、立派な奴になると思ったからだ。どうだ?」
「……」
ガイアスの瞳は、真摯にシオンを見ていた。
年端もいかない自分のことを、真面目に見つめてくれている。
「……何の技能もありませんよ」
「これからつければいい」
「……わたし、子供です」
「承知の上だ」
「……もし、それでも良いと言うのなら」
「うむ」
「義妹になります」
「むっ?」
「えっ!?」
何か間違っただろうか。ガイアスを見れば、目を丸くして驚いているようだった。しかしシオン自身「義妹になります」などとよくよく考えれば大胆な発言をしてしまったような気がして顔が赤くなる。
素直に頷いてくれればいいのに、自分が言ったことではないか。
そんな気持ちを込めてガイアスに視線を向けると、彼は鼻っ柱を搔いて笑う。
「ハッハッハ! そうか! いや、てっきりそっちは断られたものと思っていたからな!」
「えええっ?!」
「いや、それならそれでいい!! ハッハッハ!!」
「え、ちょ、きゃああ!?」
途端に上機嫌となったガイアスは、ひょいとシオンを肩に乗せて歩き出す。
「な、なにするんですか!」
「兄妹のスキンシップだ!!」
「はしゃぎすぎです!!」
「俺のことは兄貴と呼べ!!」
「き、聞いてませんこの人!! ちょ、本当に! えっと……お、お兄ちゃん!!」
「お兄ちゃん……根性が足りんがまあいいだろう。よし、王城に戻るとするか!!」
どうしよう、早まったかもしれない。
そんなことを思いながら、シオンはふと高くなった視界からガイアスを見下ろす。高らかに笑う彼は、自分の父の友人で。
そして父を認めてくれた唯一の人。
お父さん。わたし……お父さんの言うとおりに……もしかしたら生きていけるかもしれません。
心の中だけで、呟く。
義兄となった男の肩に乗ることで少しだけ近くなった空に向けて、シオンは小さくはにかんだ。
「休暇は今日まででな!! 一緒にアリサ様への言い訳を考えよう!!」
「恐れ多すぎます!?」
どうしよう、本当に早まったかもしれない。




