ep.71 ガイアスの墓参り(中編)
すみません、来週書けそうにないので後編叩き割りました。
申し訳ありません。
『ペレノア、根性が足りんな』
『おいおい魔剣使いと一緒にするなよ。俺は俺らしく、戦うだけさ。義の為に』
『へ、悪くねーなそいつぁ。……行くぞ!』
『おうよ!』
思い返すのは、数年前の記憶。アリサに仕官する前、自分が義賊として数多の悪と戦っていた頃。リーダーのオーバ、副頭領のグリアッド、そして先鋒は基本的に、ガイアスとペレノアの二本柱だった。
ガイアスが道を切り開き、ペレノアが次々に敵を葬っていく。速度と大業を重ね合わせてのコンビでは、負ける気がしなかった。
「おっと、この村に入るのかい?」
「む?」
墓参りを済ませ、もうこの村に用は無くなった。とはいえ、ペレノアの娘というのが気になるのと、少し小腹が減ったので、初めて彼の故郷に邪魔をしようと考えていたところだった。
村の入り口に立つ兵士の装備を、ガイアスは知っていた。
セイヴェルンの兵だ。ここはセイヴェルン領であるから彼らが居ることに問題はないのだが、わざわざ辺境の村に駐屯させるというのはどういう意図があってのことだろうか。
「この村ではみない顔だが……最近この辺りを強力な賊が襲っていてね、武装を解除させて欲しいんだ」
「む、そうか。なら……あ、いやこれがあるな」
「これは……?」
セイヴェルン兵に足を止められて、ガイアスは素直に魔剣を預けようとしたがその寸前で思い出した。自分には身分証明がきちんとあるのだと。アリサが発行してくれた通行の割符だった。
胸ポケットから、小さな板状のそれを取り出すと兵に手渡す。
気さくそうな彼は割符を受け取るとしばらく訝しげにみていたが、驚いたように目を丸くして問いかけた。
「……もしや、偉い方で?」
「俺はガイアス・ベルザーク。一応、この国の大将軍という任を請け負っている」
「こ、これは失礼致しました! ……なぜ、この村に?」
「友人の墓参りに、な。その帰りに小腹がすいたので、初めてこの村に寄ることになった」
「なるほど……でしたらこの通りをまっすぐ行った右手にある食堂がおすすめです。山岳亭という名前で、この辺りの山菜を使った料理が美味しい場所ですよ」
「お、そいつぁ助かる!」
割符を受け取り、ガイアスは恐縮する兵士に礼を言って歩きだした。
兵士の言った通り、しばらくまっすぐに土の道を進んだ先に食堂の看板を見つけた。道に突き刺さった立て看板には確かに山岳亭の文字が見受けられる。
入ってみると、小綺麗な食堂だった。カウンター席が八つとボックス席が四つほど。広くもなく狭くもなく。
夫婦で経営しているのか、歳のいった恰幅のいい女性がガイアスをカウンターの端へと案内した。
席につくととりあえずランチを頼み、ガイアスはふと考える。
あの、紫髪の少女のことだ。
養父であるペレノアが死んだ今、彼女に身寄りは果たして居るのだろうか。今日び孤児など多く居るが、無二の友人であったペレノアの娘というのはやはり気になるところであった。
「シオン! さっさと終わらせて床磨き!」
「は、はい!」
「シオン! 皿洗いが雑だ、もっと丁寧にやれ!」
「はい!」
先ほどの女性に加え、調理場の夫らしき人物の罵声。厨房の忙しさは知っているから怒声など気にならなかったが、それよりも聞き覚えのある声にふと意識を現実へ引き戻すガイアス。
見ればカウンターの奥で、必死で仕事に励む少女の姿があった。紫髪のツインテール。先ほど出会った彼女だった。
シオン、という名前らしい。
もしかすると先ほどは昼の休憩中でもあったのか。それとも……抜け出してきたのだろうか。どちらの可能性もありそうな気がする、彼女の扱いが目についた。
「はいお待たせいたしました、ランチです」
「ああ、すまん」
女性がトレイに乗せた食事をもってきたので、次々に胃に放り込んでいく。悪くは無い味だった。素朴ながらも、スープもパンも舌触りが優しい。山菜炒めも、すっきりとした野菜の甘みがある。
セイヴェルン領は他に比べて安定している、という話は聞いていたが、想像以上に民衆にも浸透しているようだった。
ぱくつくガイアスの耳に、次に響いたのは鈍い殴打の音だった。何事かとカウンター奥を見れば、謝る少女を蹴り倒す主人の姿。
思わず眉を顰める。声を聞いていれば、「どんくさい」だの「給料分働け」だのという要領を得ない罵声ばかり。ガイアスの傍目から見ても、皿洗いに一生懸命だった彼女だ。それが、蹴り倒された上で腹につま先をぶち込まれている。
周りを見れば、まるでそれが日常風景であるかのように客たちも食事を続けているし、おかしいと思っているのはガイアスだけなのだろうか。
「オラ気合い入れ直してやる、来い!」
「いたっ……! すみません! すみません!」
謝る彼女の後ろ襟を掴み、主人は裏口を使って出ていった。
ガイアスは、ランチを食べ終えて口元を拭うと、当たり前のような顔をしている女性に銅貨を投げる。
「ちょ、ちょっと多いですよ!」
「……釣りはいらねえ。ただ、客の前で不愉快なことしてんじゃぁ、ねーよ」
振り向きざまに睨み据えたガイアスに女性は一歩退く。
ため息を吐いて、ガイアスは食堂の扉を開いた。
ごす、という鈍い音とともに、殴られたシオンは地面に叩きつけられる。雇い主である食堂の主人は何かにつけて彼女に手をあげ、妻の女性もよく嫌がらせをしてくる人間だった。
だが、雇ってくれただけでもありがたいのだ。村の人間は誰も、彼女に優しくなど無い。"賊の娘"など、格好の的でしか無かったのだから。
追放されないだけまし。いやむしろ村を追い出されないように耐えなくてはならない。
彼女一人で渡っていけるほど、今の世間は甘くないのだ。治安が以前に比べて良くなったとはいえ、以前が悪すぎただけの話。
村から村に渡る間に簡単に危険に出くわすことなど、わかりきっていたのだから。
「さっさと水汲みしてこい!」
怒鳴り散らして、屋内へと引っ込む店主。
理不尽だとは思わない。これで、仕方がないのだから。
自分は賊の娘で、わざわざ働かせてくれているのがあの人。
だから。
なけなしの力を腕に込めて、うつ伏せた状態から起きあがろうとして……ふわりとした浮遊感。
「いろいろと言いたいこたぁあるが……苦労してんな」
「貴方は……」
抱えあげられ、すとんと地面に下ろされた。そのことに気づくと同時に振り返れば、そこに居たのは先ほど出会った隻眼の鉢巻男だった。
「俺はガイアス。ガイアス・ベルザークだ」
「シオン・ブリューナクです」
「……ブリューナクの姓は、使ってるんだな」
「父の、たった一つの形見ですから」
ガイアス・ベルザーク。
その名はどこかで聞いたことがあるような気がしたが、それはそれ。
もしかしたら義父から聞いていたのかもしれない。とにかく、水汲みにいかねばまた怒られる。
シオンは一度ガイアスに頭を下げて、近くの井戸に足を運ぼうとして……背後からの声。
「ひでえ職場だなおい。……お前、まだ十かそこらだろ」
ガイアスとて、十の頃には武器を取って戦っていた人間だ。彼女が必死で働いていることには、文句をつける気はない。身寄りもないのだ、仕方がない。だがそれでも、あの光景は目に余った。
「働かせてもらえるだけ、幸せなんです」
「……そいつぁ、違ぇよ」
「貴方になにがわかるんですか」
ふわりと紫のツインテールが風に靡く。振り返ったシオンはガイアスを睨めつけるが、彼は動じた様子もない。
父の戦友、とは言っていたが、ただのお人好しかお節介か。
「ペレノアもそうだが……俺たちは、現状が間違ってると思って武器を取った人間だ。仕方がないって諦めちまって、それを幸せだって言い聞かせるようなのは、違ぇよ。シオン、っつったよな? ペレノアは、お前になにを教えていた?」
「余計なお世話です!」
諭すようなガイアスの声。
だが、どうしろと言うのだ。今の状態は、仕方のないことなのだ。他に生きていく方法もない。自分は弱い。なのに、なにを求められているのか。
「でも、お前今、懐に」
「っ!! ほっといてください!!」
す、とシオンは胸元を指さされてあわててかき抱くように隠す。懐に自分が何を入れていようが、それは関係のないことだ。
ペレノアは自分に……
「そこでなにをしている! 早くしろ!!」
「は、はい!」
裏口の戸が勢い良く開かれ、罵声。
シオンは条件反射で返事をすると、走って井戸まで向かっていった。
まるで、ガイアスから逃げるように。
「ったく、意地汚い盗賊のガキめ!」
「す、すぐやります!」
だが、捨て台詞のように吐かれた店主の言葉がいつもより、胸に刺さるような気がした。
「……父は……」
シオンの口から、しかし店主に対する言葉は出てこない。
それがどうしようもなく悔しくて、シオンは「仕方ないんだ」と胸の内で言い聞かせながら駆けていった。
「……うーむ、子供の相手は慣れんな。まして根性が曲がっちまってるとなると」
取り残されたガイアスは一人、そう呟いていた。
この村の環境が、彼女をねじ曲げたのだと思うと、どうしようもなく寂しく思える。
「ペレノア……なんでお前死んじまったんだ」
だからこそ、次代の子供が自分たちと同じような悲劇にあわないように、と言って戦っていた戦友に、言わずには居られなかった。
夕刻には村を出ることにしたガイアス。
書状では、休暇は明日までなのだ。距離を考えれば、馬で行ってもこの時間くらいには出ないと間に合わない。
食料も買ったので、未練があるといえばあの少女だが……今まで余り休暇も取らなかったのだ。
しばらくしてからまた、墓参りついでに様子を見にくることに決めた。本当なら今すぐ連れ帰って真っ当な生活をさせてあげたいとも思ったが、それでは本当にお節介になってしまう。
根性を信ずるガイアスだからこそ、彼女が気になってもそこまで手を貸すのは違うと考えていた。
だが……根性とは別に心情として、ペレノアの娘を助けてやりたいという気持ちもある。そもそもペレノアがあの村で"賊"扱いされているのも気に食わなかった。
彼がどういう経緯であの村を出て義賊になったのかは知らない。だがそれでも彼がやってきたことは正義であり、盗賊と同列視される謂われはどこにもないのだ。
とはいえど、ガイアスにできることは今は無い。
今の彼女なら、生きることはできるだろう。忍耐という面での根性はかなりある。十の頃の自分は、我慢ができずに立ち上がったのだ。どちらがいいかはさておいて、出来るという部分においては素直に尊敬出来る。
「根性は……あるんだが。あるんだが、あのままにしておきたくぁ、ねーな」
馬に飛び乗り、ガイアスは呟く。
この道をまっすぐ行けば、首都エル・アリアノーズに繋がっているのだ。道に迷う心配はない。
軽く馬の腹を蹴り、進む。考えごとをしながらだったから、ガイアスはしばらく気付かなかった。
道を封鎖しているならず者の集団に。
「止まれ!」
声。
スキンヘッドの男が、棍棒を担いで前に出る。
何のつもりかと思ったが、彼らは下劣な笑みを浮かべてガイアスの馬を取り囲んだ。
「いい馬じゃねえか。有り金と馬を寄越せば見逃してやるから降りろ」
人数は十人強。
平原の中の道であるから、確かに余裕をもって取り囲めるのだろう。人数比で言っても、ふつうなら勝てる道理などないのだから。
そういえばガイアスは村に入る時も、盗賊たちのせいで治安が悪いことは聞いていた。
となればこの男たちが、その賊ということになる。
「弱ぇなお前等。頭領はいねえのか?」
「あぁ!?」
「いや、セイヴェルンの兵がわざわざ動いてっからよ、もっととんでもねぇのが居るのかと思ってたんだが……もしかしてお前等みたいな雑魚が他にも居るのか?」
言外に、お前等程度が居たところでセイヴェルンがわざわざ兵を動かすことは無い、と言われて、スキンヘッドの男は額に青筋を浮かべる。
複数の盗賊が居るか、もっと大きな盗賊の一部でしかないのか。
その選択肢しか、ガイアスの頭の中にない。そのことが盗賊たちの神経を逆撫でしたのだ。
「てんめぇ……!! あんま舐めてっとぶち殺すぞ」
「で、どっちなんだよ」
「答えるまでもねえ、テメエはここで死ぬんだからなァ!!」
そのスキンヘッドの怒声を合図に男たちはガイアスの馬に踊りかかる。
が。
「おら」
「ぎゃあああああああああああ!!」
瞬間、周囲を凄まじい風圧が蹂躙する。
飛びかかった倍の速度で逆に吹き飛ばされていく部下たちに、スキンヘッドの男の目は点と化した。
「は……?」
その視線の先には、背中の剣を抜いた状態で、のんきに見返してくる隻眼の男。
「魔剣……使、い……?」
「おうよ。で、どっちだ。わざわざセイヴェルン兵が動いている理由はよ」
す、と魔剣を突きつけて、ガイアスはスキンヘッドを詰問する。
彼の瞳にそこまでの力が籠もっていなくとも、魔剣使いに剣を向けられたというだけで死が目前にあることを、スキンヘッドは良く知っていた。
「ぉ……俺たちは足止めを任されてんだ……!」
「なるほど、お前等は盗賊の一部な訳な。……で、何で足止めなんかしてんだ」
「きょ、今日……あっちの村を攻めることが決まってるからだ」
「あっちの……?」
スキンヘッドが指さした方角は、ガイアスの進行方向と真逆。
つまり、ガイアスが来た方だ。
「その大将とやらは、強ぇのか?」
「た、大将は魔剣使いでさぁ! あ、あんたどこへ!」
すぐさま馬首を翻す。
魔剣使い。一個にして、大隊レベルの実力を発揮する人間まで居るのだ。その一人が、あの村を襲うとなれば。
「……おいおい、しゃれになってねぇな」
つぅ、とガイアスの頬を汗が伝う。
先ほどよりも急いで馬を走らせて、ガイアスは村へと戻る。
アリサとヒナゲシに対する言い訳を考えつつ、義を貫く為に。
「間に合ってくれよ……! シオン……!」
ペレノアの忘れ形見、生きようと必死だった少女を思い、元来た道を走って行った。
書籍版魔剣戦記の公式サイトが公開されています!
アマゾンでの予約も開始されておりますので、皆さま今後とも魔剣戦記をよろしくお願いいたします!
http://over-lap.co.jp/bunko/narou/865540116/
魔剣戦記特設サイト
リンクが貼れない……!!
それから、魔剣戦記目次の一番上に、新たに「書籍版魔剣戦記、または公式サイトから来られた方へ」という部分を追加いたしました。タイトルがそう書いてあるとはいえ、普段お読みくださっている皆様にも関係のあることでございますので、よろしければお時間ある時に目を通していただけると幸いです。




