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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
日ノ本ノ国、この世界
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ep.70 ガイアスの墓参り(前編)

 その日の昼下がり、作業が一段落した竜基はふと執務室の窓から見える訓練場へと目をやっていた。己が過ごした中学校の校庭とは比較にならないほど大きなその場所を見下ろすと、昔見学に行った総合火力演習場を思い出す。


 温かい飲み物を片手に、ぼうっとしばらく眺めていると目がしぱしぱと痛む。そういえば、昨日から徹夜仕事であった。燭台の明かりだけを頼りに仕事をしていると、どうにも目に悪くて仕方がない。

 またしばらくは徹夜を控えることにして、作業も終わったことだしもう寝ようかと窓に背を向けかけて、ふと気づいた。


「……あれ、なんで今日訓練場に誰も居ないんだ?」


 普段ならこの時間、訓練場からは根性根性と絶叫にも似たかけ声があふれだしているはずなのだ。

 だというのにも関わらず、今日に限ってはなぜかそれがない。

 休みの日か? とも思ったが、滅多なことではあの訓練が休みになることは無かったように記憶していた。


「ああ、ガイアスが休みの申請出してたけど、今日だったのか」

「ガイアスが休み?」


 ふとした呟きに対して、背後から声。振り返れば、竹簡から目を離さないままヒナゲシが答えをくれていた。

 彼女は筆を走らせながら、困惑気味の竜基に対して言葉を続ける。


「そ、珍しく三日も休暇を申し出るもんだからどうしたのかと思ったら、理由が理由だからね。王女サマも了承してたし……ってその時居たよね竜基」

「いや、記憶に無いが……」

「……ああ、いや、まあしょうがないか」

「なんだそれ」


 何かを思い出したようなヒナゲシは、少し顔をしかめてその話題を流した。竜基には全く心当たりが無かったが、それは仕方のないことだった。

 なぜならガイアスが休暇の申請を出したのは、ちょうど竜基が抜け殻同然になっていた時期。クサカが死んだ時のダメージが、ちょうど胸の奥深くに突き刺さっていた頃の話だったからだ。


 ヒナゲシとしても、わざわざ触れようとは思わなかった。


「で、理由って?」


 返事をしないヒナゲシに、諦めた様子の竜基が言う。ヒナゲシが言いたくなさそうな雰囲気を出しているなら、そこは突っ込まなくても良いだろうと判断したのだった。

 それより、ガイアスが休みの申請を出すという珍しい話についての疑問が優先だ。確かに今は戦いに一度終止符が打たれ、季節的にも戦争が起こりうる時期とは言い難い。

 エル・アリアノーズの名も認知された、ようやく安定期に入ろうというところだ。

 戦時は要のガイアスだが、今なら休暇を取ることに文句はない。

 とはいえ、そもそも彼が訓練を休むということそのものが珍しいのであった。


「それがね」


 ヒナゲシは思案げに顔を上げると、竜基のほうへと顔を向けて、言った。


「墓参り、だってさ」

















 エル・アリアノーズ北方、セイヴェルン領。

 都市圏から離れた小さな村の、裏にある墓地に男が居た。


 伸びた茶髪に、靡くは白い鉢巻。今は墓前に屈み込んでいて分からないが、体格からして高身長だろう。


 区画ごとに丁寧に整頓された十字架の中で一つだけ綺麗に磨かれたその墓の前に置かれた花束は、白と紫の小さな花弁をつけたもの。


 隻眼を閉じていた彼はしばらくしてゆっくりと瞼を開き、呟いた。


「……うし、んじゃ、また来るぜ」


 ガイアス・ベルザーク。

 エル・アリアノーズの大将軍にして、この国最強の魔剣使い。彼は今、城を離れて辺境の村を訪れていたのだった。


 墓を拭く為に使った布をバケツに放り込み、ガイアスはその場から立ち上がる。

 十字架の下、墓石に刻まれた文字は『ペレノア・ブリューナク』……ガイアスの古い友人にして、戦友だった。


 目を落とせば、感慨深い思いが押し寄せてくるがそれはそれ。今の自分には城があり、守るべきものがある。また来る、とだけ言い残してその場を去ろうとした、その時だった。


「……あの」

「む?」


 目の前に居たのは、紫の髪をツインテールにした少女だった。手に持っているのはガイアスと同じようなバケツと布巾。そして、献花。彼女も墓参りに来たのだろうか。

 戦友ペレノアの墓前で二人、しばらくの間立ち尽くす。ガイアスの鳶色の瞳を、少女はじっと見つめていた。


「……父の、ご友人の方ですか?」


 彼女は視線を、ガイアスからペレノアの墓に移して言った。

 歳はライカよりも下ではなかろうか。十かそこら、という雰囲気だ。だがどう足掻いてもあのファイアー幼女よりも大人びて見えるのは何故だろう。というよりも城の十代前半はやたらと幼い奴しか居ない。NINJA然り。


「……ペレノアお前……奥方が居たなどと俺に言わなかったではないか……!」

「あ、違うんです。……養父、なんです」

「……それにしても俺が知らぬとはなんという」


 おのれペレノア、こんな少女を置いて死んでいったのか。

 そこでガイアスは少し疑問に思う。ペレノアが死んだのは四年も前の話だが、彼は享年21歳。ちなみにその時のガイアスは15歳であったが、その場合ペレノアは15か16くらいで子を作っていたことになる。


「やっぱり、ご友人なんですね」

「ああ、よく共に戦い……奴は俺の居ないところで勝手に死にやがったからな……根性足りてねえってんだ……あの野郎は……」

「そう、ですか……」


 どこか寂しそうに彼女は言うと、そっとガイアスの横を通ってペレノアの墓に花を添えて。膝をついて、手を合わせていた。


 小さな背中だった。たった一人で養父の墓参りへとやってきて、たった一人で血の繋がっていない父を悼む姿。まだ、十歳程度の少女。


 そこでガイアスはふと気づいた。

 彼女は養父、と言ったはずだ。つまり、そもそもの両親が彼女には存在しないということ。何故と聞くのは無粋だろう。だが。


 今、彼女には、誰か周りに居るのだろうか。


「父は、どんな人でしたか?」

「む?」

「いえ……父のご友人に会うのは、初めてで」


 しばらく黙祷していた彼女が顔をあげて、小首を傾げてそう言った。

 その表情はどこか寂しげで、それでも嬉しそうで。

 ガイアスは自らの鼻を小さく掻いてから、肩を竦める。


 ペレノアという男を語るのは、吝かではない。むしろ、懐古に浸れて悪くない。


「奴は、根性のある男だった。カッコいい奴だったよ」

「カッコいい、ですか……」

「おう! 戦いの中で、倒れた村人や女子供に一番最初に手をさしのべるのはいつだって奴だった! どんな時でも優しさを第一とし、義に立ち上がる。……聞いた話じゃ、盗賊から身を挺して子供を守って、背中に毒矢を受けて死んだらしい」

「……」

「ああいや、すまん。とにかく、根性のある奴だった!」


 沈んだ表情の少女に、ガイアスは己の失態に気づきあわてて修正する。なにも死んだ時のことまで話さなくて良いだろうと。


 ライカの性格が性格なので、今まであまり浮き彫りにはならなかったが、ガイアスは基本的に他人の心を思いやることは出来ても、非常に不器用である。


 ついやってしまうポカというのが、結構多い男だった。


「あー、その、なんだ。ペレノアはすげー男だった! お前の親父さんは、誇るべき人物だ。それは、保証しよう。この俺が」

「そう……だったのでしょうか?」

「む? ああ、そうだとも。お前の親父さんはすげー男だ。俺たちの中にあってもピカイチの人格者でな、副頭領や頭領が頼りにしていた」


 鷹揚に頷いて見せるものの、どこか引っかかる物言いをする彼女に疑問が浮かぶ。まるで、自分の父を信じていないかのように、沈うつな表情を崩さない。


 何が気になっているのか、ガイアスにはわからなかった。


「この村に住んでるのか? ……ペレノアの実家があるこの村に」

「ぇ……ぁ、はい」

「歯切れが悪いが」

「な、なんでもないんです! ありがとうございました!」


 ツインテールの少女は、勢いよく頭を下げるとそのまま駆けていってしまった。


 何が起きたのだろうと呆然とするガイアスであったが、旧知の仲であるペレノアの義娘である。


「……なんだか嫌な予感すんだけどよ。ペレノア、もし何かあったら……許せ」


 ちらりと視線を投げた墓の、花びらが数枚空に舞った。

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