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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
日ノ本ノ国、この世界
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ep.68 一時の平穏








 エル・アリアノーズがアッシア王国を滅ぼして新たな国旗を建て、易姓革命は幕を閉じた。

 グルッテルバニアやオルセイス連盟も、しばらくは新たな動向を見せた形跡も無く、アリサの願っていた豊かで優しい国を作る基盤がようやっと姿を見せたといえる。


 その事実に安堵する暇もなく、今は事後処理に追われているのだが……もう少し時間をかければ、落ち着いて一時の平穏を手に入れられると信じていた。




 幾つか、この一月での大きな変化があった。


 一つは、エイコウやリューへイ、そしてセイヴェルン領の貴公子ハルトと言った、易姓革命に強く関わった人物のその後だ。


 エイコウは当然のように隊商を集めると、またどこかへと行商に行ってしまった。オルセイス連盟に気になる点がある、と言い残していたので、不安はあるものの止められはしない。


「SO……今回は世話になったYO。いい商品、もってくるYO!」


 と意気揚々と出て行ったのはいいが、見送るアリサの心配そうな表情が印象的だった。


 リューへイは、意外と言うべきかしばらくはエル・アリアノーズに残ることになった。黒き三爪の三人で、シャルルの仕切る旧王都にて兵の調練に当たるのだそうだ。


 グルッテルバニアの第一皇女や、オルセイス連盟のウルフレーダに思うところはあるらしいので、竜基たちが旧王都に赴く際に詳しい話をするとのことであった。


 そして、セイヴェルン領の貴公子ハルト・ド・セイヴェ。商業都市計画のある北東の港を有する、セイヴェルン領で領地経営を任されていた青年である。エイコウに振り回されながらもエル・アリアノーズ易姓革命に深く貢献したとして、王城へと招かれて現在、竜基の――ひいてはヒナゲシのサポート役として領地経営の修行をおこなっていた。


 長く伸びた金髪を一束に結び、その優しげな美貌で城中のメイドを虜にするとも言われているハルト。


 ところが彼の生活は、そう順風満帆とはいっていなかった。


 政務の量自体は、それほど問題ではない。竜基にしろヒナゲシにしろ、仕事そのものはきっちりとこなしているからだ。手法がまるで違うことに困惑こそすれ、そのうち慣れるだろう。そこではない。


 真に問題のは、上司であるヒナゲシと竜基、この二人の無茶振りにあった。


『すまんハルト、明日までに現在のエル・アリアノーズで不足している穀物の明細をあげてくれないか?』

『あ、ハルトー。セイヴェルン領で取れた海産物の販促ルートどうなってるのかレポート出しておいて。明後日くらいでいいや』


 鬼か。


 なにをもって、明日明後日にそんなひょいひょいと出せると思っているのか。根拠はどこにあると……


「な、なにか……ご用でしょうか?」

「あ、いや……リューキさんからこのレポートを頼まれて――」

「お任せください、半日で調べて参ります」


 一瞬で目の前に現れた少女は竜基の名前を聞くなり一瞬で目の色を変え一瞬で煙となって消えていった。


「……」


 ああ、なるほど。

 あの子が居るからいろいろ無茶振りしてくるのか。


 どこか悟った表情でハルトは頷くと、ふとその場にいたメイドに声をかけられた。


 何でも、ヒナゲシがハルトを探しているらしい。


 もはやいやな予感しかしなかったが、それでも上司の命令ではあるため、とぼとぼと歩みを進めるのだった。




「今度は……何事ですか……」


 嘆息混じりにハルトが訪れたのは、「りゅーきのしろ☆」とフザケた看板の下がった部屋。デフォルメされたアリサとヒナゲシの顔がよけいにいらだちを煽るのだが、それは今は割愛する。


「助けてハルト。竜基の頭が沸いてるの」

「は?」


 振り向いたサイドポニーの少女の目の下にはクマ。どこかげっそりとした彼女の空気に妙な気配を感じながら、頭がわいていると称された少年のほうに目をやれば。


「さあヒナゲシ! 食べるんだ! 日本の心!!」

「ふざけるなよ竜基!! こ、これ虫じゃないか!! なんでそんなものを食べなきゃいけないのさ!!」

「これを食べればきっと日本での暮らしを思い出す! 古きよき、すばらしきジャパン!! 日本を!!」

「日本の主食がこれだったらもう僕記憶取り戻さなくていいんですけどぉ!?」


 ぎゃーすかぎゃーすか騒ぐ論点が全く掴めずに、ハルトはふと竜基の指が差す先に目をやった。いったい何を食べろと言っているのだろうと気にはなっていたのだ。


「……え、フライ?」

「そう、イナゴ!! イナゴの佃煮!! これを食べずして日本人を名乗れようか!! さあヒナゲシ、食せ! 欲望のままに!!」

「欲望のままに動くなら今すぐ気絶してやりたいよ!!」


 災害の一種としても名高い、田畑に甚大な被害を与えるフライそのものが、なんだか壷に入っていた。黒く着色されて。


 イナゴ、と竜基が呼ぶそれを、加工したものらしい。


 厨房の方が今朝騒がしかった原因はそれかと、もはや呆れて声もでないハルトである。


「イナゴが食べられないというのなら……そうだ、こちらはどうだ! メイドたちに裁縫してもらって作ったんだ! セーラー服と、ブレザー!! ヒナゲシは年齢的には女子高生だからな……もしそれより年上だったとしても記憶はあるはず! 中学生以下で成長して、ということはあるまい、その精神年齢なら!!」

「ちょ、この、なんかもう竜基落ち着いてよ!! 変態かよ! なんだその服は! 僕に着ろっていうのか!? そ、その、短いスカートのひらひらした奴を!」

「そうだ!!」

「変態め!! 変態め!!」


 竜基にはきっと、下心はないのだろうな。

 ハルトはどこか上の空で、そんなことを思いながら事態を眺める。


 ヒナゲシに迫るように、ハンガーにつり下がった二つの洋服をちらつかせる竜基にどこか狂気じみたものを感じながらも、ハルトには止めようがない。


「ちょ、わ、わかった着るって! 着るから!!」

「そうか、じゃあまずはこっちだな!」

「いいから出てけボケェ!!」

「ぷげら!?」


 ついにひっぱたかれた竜基が扉の方に吹っ飛んでくるので、ハルトは半身をずらして回避した。同時に勢いよく閉められた扉に一瞬びくっと肩を震わせたがそれはそれ。


 廊下に倒れ伏した竜基を一瞥して、つぶやく。


「あの、何かあったんですか?」

「……まあ、ちょっとね」


 ぽんぽんと埃を払って立ち上がると、竜基はどこか寂寥を覚えさせる表情でハルトに向き直った。


 そんな顔をするようなことはしていなかったように思うが、彼なりに何かに必死なのかと思うとどうにも読めない。そもそも、目の前の少年が易姓革命の立役者だなど、今の彼からは想像もつかなかった。


 いやもちろん、普段の働きを考えれば彼ほどの人物はエル・アリアノーズにはいないのだが。


「ヒナゲシが記憶喪失なのは知ってる?」

「ええ、お聞きしています」

「じゃあ、クサカとリューヘイさんもそうだってことは?」

「……いえ、初耳ですが」


 クサカ。

 竜基を庇ってその命を散らした、豪放磊落な御仁だったと記憶している。彼も、そしてあの魔剣使いの男も記憶喪失とは。

 ハルトにとっては、驚きの事実ではあった。


「でさ、その面々に共通点があるのは、知ってる?」

「共通点、ですか」


 何があるだろうか。クサカ、リューヘイ、そしてヒナゲシ。三人を並べた時の共通点を、一つだけ見つけて、それからふと目の前の少年をみる。そして、息をのんだ。


「あ……リューキさんも、か」

「うん、見た目の話だから分かりやすいと思うんだ」

「やっぱり、その髪ですか」


 そうだね、と自らの黒髪の一房にふれて、竜基は頷く。

 いったいその黒髪が何だというのか。ふと、ハルトは気づく。


「もしや、リューキさんも記憶喪失なのですか?」

「いや……そうじゃないから、わからないんだ」


 小さく首を振るその姿はどこかもの悲しく。だがそうなるとわからないのは、なぜその共通点を竜基が話題に出したかだった。

 窓から差し込む日差しと、鳥のさえずりを聞きながら、竜基は口を開く。


「俺はさ、リューヘイさんやクサカと、知り合いだったんだ。別の、場所で。……その二人は俺のことを忘れているどころか、そちらの場所での記憶がない。だったんだけど……」

「だけど?」

「死ぬ間際に、クサカは俺に、『強い男になったな』って。……俺のことをみて、すごく笑顔でさぁ……記憶が蘇ったのだと、思うんだ。それに、アリサの母親もきっと同郷だ。そして、アリサの母親はアリサを生んだ瞬間に記憶を取り戻したらしい。何か、強い衝撃さえあれば思い出せるんじゃないかと、俺はそう思う」

「……ああ、それでこう、ヒナゲシさんに」

「まあ、ちょっと的外れな気もしてるけどね」


 肩をすくめて、笑う。だがその姿は空虚で、ハルトは何かを言いかけて、やめた。何を言っても、この人に対する慰めにはなりはしない、そうわかっていたからかもしれない。


「でも、結構怖い話ですね。……記憶喪失なんて、そんなにポコポコ起きるものでもないでしょうし」

「まぁ、そうだよね……俺も、そう思ってたよ。でも、知っている人が俺のことを知らないっていうのは……辛いんだね。思っていた、以上に」

「それは……確かに。いえ、すみませんそんな話を」

「いや、いいんだ。いつか、みんなが思い出してくれたら。その時が、死ぬ間際でなければ。そう願って、俺はがんばるよ。もう、一人の体じゃないんだ」


 強い人だと、ハルトは思った。


 思えば、彼は気づいたらアッシア王国にいたらしい。右も左もわからぬうちから戦いを指揮し、やっと出会えたと思った知己は自らを覚えていない。

 戦乱の世にあって、必死で手にした平穏と引き替えに、その知己は亡くなって。おまけにその時に記憶を取り戻したとすれば、なんと残酷な話か。


 だというのに彼は、まだ立てている。


 一人の体ではないと、這い蹲っても前に進もうとしている。


「一人の体じゃないんですから、抱え込まないでくださいね。僕で頼りなければ、それこそヒナゲシさんでもいいんです」


 ただ……、一つだけ問題があるとすれば、この竜基という若い上司は、前に進もうとするばかり"今"を見ようとしないことか。


 まだ浅いつきあいでしかないが、それでも分かるほどに目の前の少年はその気が強かった。


 ライカが飛びついてきても、彼女が平和に暮らせるようにしたいと誓いを立て。

 アリサに手を握られても、この国のこれからを思って未来の話に発展し。

 ファリンが赤面して抱きついても、危険なところに放り込むしかない現状に己を責めるだけ。


 彼から"責任"という言葉をそっくり除けば、きっと好意に気づくこともあるのだろう。

 この城にきて日が浅い自分でさえ、気づくほどのものなのだ。

 グリアッドとガイアスが、己の身近な少女を竜基とくっつけようと奮闘しているのを見るとどこかおかしくもなる。なのに、竜基は気づかない。


 どうしようもない、上司である。


 ガイアスとグリアッドの姿を思い浮かべ、ハルトはふと、気付く。


 彼らがアリサとライカを推すのなら――


「あ、あの、竜基……き、着替えたけど……何も思い出せないよ?」

「おお! なんか、っぽい! 女子高生っぽいぞ!」


 かちゃり、とノブが開いた。


 顔を覗かせたのは、己のもう一人の上司。

 いつも気丈に振る舞いながら、一番心が弱く、支えを必要としているか弱き少女。


「リューキさん」

「ぐえ!?」


 隣に居た男の上司の襟を掴んで耳元で声をかける。


 ハルトの視線の先には、「ジョシコーセーっぽい」と訳の分からぬ評価を下されてご不満な様子のもう一人の上司。


「可愛いですよね、あの格好のヒナゲシさん。僕はそう思いますが、リューキさんはどうですか?」

「え? ああうんそうだね、滅茶苦茶似合ってるし可愛いと思うよ」


 よし。


「ぇっ……!?」


 竜基の声が聞こえたのか、ヒナゲシは視線を逸らす。

 ドアに半身を隠したまま、どこかメルトルムの海兵服を彷彿とさせる服装で、彼女はぽつりと呟いた。


「もう、一種類の方も、着よう……か……?」


 なんだこれ可愛い。

 上手く行った、とほっとするハルトだが、現実はそう簡単ではない。


「え、いや記憶戻らないんじゃぐえええっ!?」

「なにを言ってるんですか、見ましょうよ! ね!?」

「あ゛、あ゛い゛……」


 もう一度襟をひっつかみ、竜基に指図する。

 本当に、目的以外には疎い人だ。人心の理解もできない人間がどうして参謀を名乗れようか。いや、不思議なことに有事には人の心を見透かしたようなことを言うのだから、参謀として間違ってはいないのだが……。


 竜基が頷いたことに、ヒナゲシは小さく、「そっか」と呟くと。


「ちょ、ちょっと待ってて」


 と、引っ込んだ。何とか、上手くいったらしい。


 ほっと一息ついて、思う。


 己を振り回す二人の上司だが、ヒナゲシの思いは手に取るように分かる。


 グリアッドとガイアスの二人がほかの少女を推すのであれば、自分はヒナゲシに協力しよう。


 とりあえずは。


「いいですかリューキさん。ヒナゲシさんが出てきたら、ちゃんと思ったことを"誉める"んですよ」

「あ、ああ」


この鈍い上司の向いている遠い未来へ、一歩でも速くたどり着けるように。


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