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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
アッシアに咲く健気な花 1
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ep.5 共通ルート ライカ#1

 共通ルート ライカ#1 


・“盗賊退治”を犠牲者なくクリアした状態で、祝いの宴会の選択コマンド“夜風にあたる”を選択すると発生 シナリオスチル有 飲み続けるを選択するとライカフラグが立たなくなり、一年間は村長の家で暮らすことになる。


※共通ルートのフラグは全て回収します。ルート分岐後はヒロイン全てのエンディングを用意。



 少年の神算鬼謀冴えわたり、盗賊たちは為す術なく全滅した。村人は少年を小さな賢者と褒め称え、少女は深い地獄から救われた。感謝の気持ち溢れた少女、旅行こうとする少年を引き留める。どうか、一緒にこの村で。戸惑う少年を、少女は強引に住まわせた。


 古典 アッシアに咲く健気な花 第一章 少年の恩返し より抜粋















 体の節々が痛かった。

 村長は、村人を連れだってどうやら死体の処理に行くようだ。今は村の外に出ないでくださいとは言っておいたので、犠牲者は出ないだろう。

 何せ、今は外で魔狼たちが宴会やってるからな。

 夜獣の森の恐ろしさを思い知った。無謀なことしなくて良かった。あの日ライカに引き留められていなかったらと思うと背筋に寒気が走る。


 ごろり、と寝返りを打った。

 あれから体を動かすのも億劫で、ずっとリットンさんとやらの家の玄関でぶっ倒れていた。

 俺が殺した連中の死体も、村人たちが処理してくれた。その際散々に礼を言われたが、正直耳に入ってこない。

 ……人を殺す意味、か。


 先ほどの村人たちに礼を言われたこと。

 それが、意味なのだろうか。

 彼らを助けたことに、盗賊を殺した意味がある……良く分からない。


 そもそも俺は……。


「あー! 居た! どこに居るかと思えばてめー!」


 舌足らずなソプラノ。粗野で乱暴な口調。そんなヤツ、俺は一人しか知らない。

 とてとてと駆け寄ってくる足音を気持ちよく聞いていると、天井と俺の間に赤毛の少女が入り込む。

 翠に近い蒼の瞳だったような気もするが、どうも暗くて良く分からん。

 まあ、分かるのは。ライカが色々とごちゃまぜになった感情で俺を見てるってことだけだった。


「リューキ? 大丈夫か?」

「全身がだるい。このまま寝てしまいたい」

「そうはいかねーぞ! リューキが救ってくれたってことで、今から村総出で宴会だ!」

「今何時だと思ってるんだよ……」

「夜だ」

「ああそうだったな畜生」


 ちゃんとした感覚は無いので、本当に丑三つ時に作戦を開始したのかも分からないが。少なくとも深夜と呼ばれる時間帯に襲撃を仕掛けたのだ。あれから三時間は経っているだろうに、今から村人総出で宴会だ? バカなのだろうか。

 だが、コイツに時間の概念が無いことも知っている。俺が、夜中だからやめなさい、と言っても抑えられないのは明白だ。


「やっぱ皆嬉しーんだよ! 十日間地獄みてーな日々を過ごして。そんで、絶望の中あたしとリューキが二人だけで皆を助けたんだ! もうえーゆーたんだな!」

「何が英雄譚だよ全く……」


 俺の手を取って、無理やりにでも立たせようとするライカ。その表情は、先ほどとは違って喜色満面。宴会、好きなのだろうか。


 いまいち晴れない気持ちを抑えて、俺はふらふらながらも立ち上がった。

 周囲を見れば、人の気配が殆ど無かった。いや、どうも村長宅に集中しているように見える。なるほど、宴会ねぇ。

 盗賊がかなり飲んだと聞いたが、酒の残りはあるのだろうか?

 というかそもそも、働かされていたのが事実なら君たち疲れ果てているのでは?

 さらに言えば、特に女の子たちの精神状態大丈夫なの? 盗賊たちに乗っ取られた時点で大変なことになってると思うんだけど。


 などなど疑問は尽きないが、とりあえずはライカに連れられるままに歩いていく。どーでもいーけど手繋いでるな。人と手を繋ぐなんて何年ぶりだろうか。


 俺の居たリットンさん宅と、村長宅はかなり近い。

 さすがは人質の居た場所と盗賊の根城……って絶対禁句だなコレ。


 ライカはその大きな扉の前に到着すると、大声で叫びながら勢いよく中へと突っ込んだ。


「連れてきたぞーーー!」

「おおおおおお!」

「賢者様の御出ましだ!」

「いよ! 我らが少年賢者!」


 見れば村長宅の大きな間取りを使って、多くの村人たちが揃っていた。古代貴族のように、個人個人に膳らしきものが配られ。

 最奥に村長が、ゆったり笑顔を崩さずに座っていた。

 その目の前を目掛けて、ライカは歩いていく。

 コの字型に展開された宴会席の、ど真ん中。褒賞でも頂けるんですか? なんて古代貴族の習慣を思い出しながら一人ツッコむ。

 宴の席で賞罰を下すのは、良くあることだった。


 だが、別に今はそんなことはどうでもいい。

 俺とライカは、村長の目の前に立った。途端、周囲が静まる。


「今宵、こうして皆が糧食を口に出来るのは、ここに居る二人の若人のおかげである」


 村長が徐に口を開いた。


「一人は、皆も良く知っているであろう、ガルーダの娘ライカだ。皆が最後の可能性に懸けて逃がした少女は、こうしてしっかりと結果を出してくれた」


 村長が、ライカを見据える。俺たちの周囲に座る村人たちも、彼女を注視しているように思えた。


 なるほどな。やはり魔剣使いとして、自分たちを助けてくれる最後の可能性だと思っていたのか。……この村長、ホントに機転が利くのな。


「ライカ」

「……うん」

「よく、頑張った」

「うんっ!」


 嬉しそうに、満面の笑みで頷くライカ。膳もどきが村長とライカを隔てていなければ、そのまま飛びついたんじゃないだろうか。


 そして、村長の視線が俺へと移る。……周りの視線も確実に俺に動いた。かなり居心地が悪い。


「リューキ、と言ったかキミは」

「はい。南雲竜基と言います」

「名字があるのか……その聡明な頭脳といい、どこかの貴族なのかも知れんが……今は関係あるまい。ライカから、沢山話は聞かせてもらったよ」

「ちょ、村長!」


 隣でライカが吼えた。声が高く可愛いので、全く怖くないが。それに、凄みも何もあったもんじゃない。ただの照れ隠しみたいだ。

 証拠に、周りの村人たちもくすくすと笑っている。


「どこから来たかなど、わしは知らない。その卓越した頭脳で持ってライカを助け、村を救ってくれたことを感謝しよう」

「ありがとう、ございます」


 村を救った、か。イマイチ実感は無いけれど……でも、良かったとは思う。

 なんで、こんなに淡泊なんだろう。俺。まあ十中八九、人を殺したことを引き摺ってるんだと予想は着くけど。


「さて!」


 パン、と手を打ち合わせた村長に、視線が集まる。

 全員の顔に視線を行き渡らせたのち、村長はどこから出たのか分からないほど大きな声で豪快に笑った。


「さあ飲もう! 小さな勇者と小さな賢者が村を救ってくれた! こんなに目出度い日はない! 女子供が居ないのはちと寂しいが、じゃんじゃん騒ごうではないか!」

「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」


 だからさ。どっから出したのさその酒は。


 と、村長が膳を一つずらし、俺達を招く。

 どうも上座に座らせてくれるらしい。


 村長を挟んで、俺とライカが腰かける。

 見れば、全員が楽しそうに酒をかっくらっていた。


「この酒はの。わしの家の地下に隠してあったんだ。いつか、弾けるほど騒ぎたい時が来るだろうて。いつか、全てを忘れて飲みたい時が来るだろうて」


 訝しげな俺の視線に気づいたのか、村長が小声で教えてくれた。

 ……なるほどな。全てを忘れて飲みたい時、か。


 おそらく、襲撃を受けた時に亡くなった人も居るのだろう。大事な娘や恋人が犯された人も居るのだろう。

 その恨みを向ける相手が居なくなった今。その今だから、全てを忘れてしまいたい。


 ……ホントこの村長何者だよ。どれだけ人心掌握術心得てんだよ。

 こういうのを、カリスマって言うんだろうなぁ。


「ところで、男衆ばかりなのは、やっぱり……」

「お察しの通り、女子供は精神的に疲れ果てておる。男衆は肉体的にも強靭な者が多いからの。どちらかというと、気を失えない分、今騒いでいると言った方がいいわい」

「……酔えぬ美酒、か」

「……キミは本当に上手いことを言う。確かに、勝利に浸れるような酒ではない」


 明日からは復旧作業で大変だろう。

 何せ、櫓を燃やしてしまったからな。

 というよりも、あれだけ派手にやって家屋に影響がないことの方が凄いか。


「それでな、リューキはすげーんだ! 一宿一飯? の恩は忘れねーって、それだけであたしを助けてくれた! 50対2でも勝てるって言った! リューキはあたしの恩人なんだ!」


 下座に座る男に、散々に騒いでいるライカ。恥ずかしいからやめれ。

 というか酔ってないか? 十一歳。

 と、ライカの騒ぎ声を聞いていたのかは分からないが、村長が俺を見据えて首を傾げた。


「キミが分からないのぅ」

「……何がですか?」

「あまりにも軍略に精通しているかと思えば、人を初めて殺したという。どういう生き方をしてきたのか、疑問が尽きん」

「あ~、まぁ……そうでしょうね」


 書物を読んだだけでは生兵法になることが多いにも拘わらず、こういう実践的な場でしっかりと結果を出した。なのに人殺しは初めて。


 ……自分でも思うよ。なんだコイツ。


 軍略ゲーム……それもこの魔剣戦記のおかげですなんて言えるはずもないよな。もちろんそれだけじゃなく、親父の経験や戦地に赴いたこともあるから今の俺がある。

 戦地に赴いたと言っても、一般人の範疇ではあったけれども。


「変な生き方をしてきた自覚はありますね」

「そうか……いや、深くは聞くまいて」


 喧騒の中、俺と村長だけが静かに杯と料理を進めていく。

 ……酒、苦手だ俺。どうも、一口で頭が痛くなってきた。








 さて、どうしようか。


 飲み続けようか……夜風に当たろうか。



 ……夜風にでも当たりに行くか。ここに居ても、誰かと親睦を深めることもないだろうし。








「ちょっと夜風に当たってきます」

「村の外には出ないようにの」

「死んでも出ませんよ……自分が撒いた撒き菱を踏むようなマネはできません」

「なら良い。もし眠くなったらわしの家の二階の客間を使いなさい。目印を付けておこう」

「何から何までお世話になります」

「なぁに……わしらが受けた恩に比べればこの程度なんでもあるまいて」


 屈託なく笑う村長が、どうしようも無く眩しかった。











 焼け焦げた櫓は、流石に放置されていた。

 翌日以降にやるのだろうなと、竜基はどうでもいい推測を立てつつ、ぼうっと空を見上げていた。

 だんだんと、東の空が白み始めていた。そろそろ、夜明け。

 少し肌寒いものの、この隊服のおかげで震えるほどには至らない。

 ただ、隊服が白いせいで返り血が色濃く残っているのは、いかんともしがたい皮肉だと、内心ため息を吐いていた。


「結局、人を殺す意味ってのは、良く分からないな」


 炭と化した櫓を眺めつつ、ポツリと呟いた。


 盗賊を殺したことで、村人たちの未来は救われた。散々に礼も言われたし、それに対しての違和感もない。礼を言われて当然とまでは言わないが、盗賊を殺したことを咎められるようなことだけは無いだろう。


 だが、竜基の心はいまいち晴れなかった。

 それは、この一連の戦いが終わってからずっと感じていること。父親に、そして村長に言われた、人を殺す意味というものが理解できたとは思えなかった。


「悪いことをしたつもりはない。それに、盗賊に対する罪悪感もない。……だけど、妙にすっきりしない」


 吹っ切れた、とまでは言わない。だが、人を殺した、という事実は受け止められるほどにまではなっていた。

 村長のおかげだと、竜基は一人頷く。


 それでも、どこかがすっきりしないのだ。勧善懲悪のヒーローにでもなってしまえて居れば、どんなに楽だったか分からない。

 何せ、自分が正義で自分が善だ。迷うことなど何一つない。


 当然、そういう風にはいかないわけで。


「……なんだろうなぁ」


 元々、何のためにこんなことを仕出かしたのか。

 軍師になりたいから。それも当然だろう。今回の件は、どう考えても自分の軍略家としての第一歩になったに違いない。

 だが、そのための糧に盗賊を殺したのかと思うと、反吐が出る。


「そこまで破綻していたつもりもないし」


 村を助けたい、なんて殊勝な心がけも、持っていなかったはずだ。

 竜基は確かに日本生まれ日本育ち。何が善で何が悪か、大まかには分かっていた。だが捻くれた現代人の一人として、保身を第一に考えることも忘れては居ないはず。捨て身で名前も知らない誰かを救う! なんて御涙頂戴のヒーローとは無縁だったように、自分でも思っていた。


 殺した時は、何を考えていただろうかと思い直す。

 確か、俺のちっぽけな倫理観で、無茶をやってきたライカの期待を裏切ってなるものか、とかそんなことを考えていた気がする。


 確かに、人を殺すことを躊躇わないための、良いドーピング材料だったかも知れないな。あの時真剣に人を殺す意味なんてものを考えてたら、その前に殺されてる。

 自分を騙せたことに関しては、自画自賛してもいいかもしれない。


 だがまあ、冷静に今考えてみると、割とふざけてるよな。

 人を殺す理由を、他人に押し付けてやがる。

 尽力する義務? そんなものは無い。自分が殺したら、そりゃ自分の責任だ。


 くだらない。


 ふぅ、とため息を吐く。

 酔い覚ましのはずが、結局ぐるぐると思考に脳のCPUを費やしている自分への自嘲を含めて。


「ホント、何してんだろうな。俺」

「……リューキ」

「うぉ!?」


 突然背後で聞こえた声に、パチンコのようなしなりを見せて前へと跳びはねる竜基。

 足を踏み外して炭の中に埋もれてしまった彼が、起き上がる時に見たのは。

 呆れたような瞳で自分を見る、赤髪の少女だった。


「どんだけビビッてんだてめー。あたしは悪魔か?」

「魔剣使い」

「……その返しはなんだ? 魔剣使いは化け物ってわけか?」


 すっと差し伸べられる手を素直に掴んで、竜基は立ち上がった。隊服が余計に汚れた事に、小さく嘆息して。それから、目の前の少女へと向き直った。


「ありがとう。……なんでライカまでここに?」

「べ、べっつに? あたしも酔い覚ましに来たんだよ」

「そか……」


 そっぽを向いてアヒル口になるライカだが、相手の視線が自分に向いてないことに気付いて、ちらりと竜基を見やった。

 その瞳は、どこか遠くを眺めていた。


「リューキ?」

「ん?」

「いや、なんつーか。随分遠くを見てたから気になった」

「遠く、か」


 なんでもないよ、と竜基は肩を竦めた。

 だが、どうもそれがはぐらかされたように感じて、ライカの機嫌は悪くなる。


「……いーけどよ。それで、さ」

「どうした?」


 両手を合わせて内股に挟むようにして、どこが所在無さげに、ライカは俯く。

 見慣れないライカの恥ずかしそうな仕草に、竜基は首を傾げた。


 と、バッとライカの視線が竜基を見据えた。

 その瞳は潤み、頬も心なしか赤く染まっているように感じる。

 ……何を言うのかと混乱する竜基に、ライカは小さく頭を下げた。


「……リューキ、ありがと」


 再度俯いて見えなくなった、ライカの顔。

 ポタリと、小さな雫が落ちた。


「リューキが居なかったら、あたし一人だった……リューキが居なかったら……こうやって皆とまた会ったりできなかった……だから、ありがと……」


 ポタリ、またポタリ。一滴一滴、決壊寸前のダムのように、溢れた雫が零れていく。

 ライカの表情は見えないが、それでも彼女の心中だけはイヤに理解が出来た。


 どれだけ努力しても、何もできなかった十日間。自分が食事をしている間、鍛練している間、寝ている間、同じ時間に、村人たちはどうなっているのかという不安。もしかしたら、ずっと何もできないのではないかという焦燥。そして、もし知らぬ間に村が滅んでいたら、という恐怖。


 それが一気に押し流されて、今自分はここに居る。


 それのどんなに有難いことか。どんなに、安堵できることか。



『一日ぐれー泊めてやる。謙虚すぎんだよ。ちったぁ泊めてくれとでも頭下げてみやがれ』

『ワンルームで悪かったな。気にすんじゃねー。っつーかもうおめーの分まで飯作っちまってるんだ。黙って泊まればーか』

『……ほんとに、いいのか?』

『いーんだよ! くどいぞ』


 不安と恐怖で一杯だったあの時、助けてくれた少女の姿を思い出す。


『あたしを……村の皆を助けるのに、協力してくれ! お願いだ!』


 そんな少女が、自分を頼ってきた時を思い出す。


『たりめーだ。この日の為に、あたしは頑張ってきたんだ……っ』


 覚悟を決めた彼女が、捨て身の作戦を始めた時を思い出す。


「ああ、そっか」


 すとん、と。竜基の中で何かが嵌った。それはもう綺麗に。すっきりと。


『泣くのは、皆を助けた時って決めてんだ』

『カッコいいな11歳』

『歳は関係ねーだろ! でも……ありがとう』


 こうやって、彼女を素直に泣かせてやろう。

 たったそれだけの理由じゃないか。

 自分がここまで必死になったのは、彼女を助けてやりたい、その一心じゃないか。


 人を殺す、意味。


 そんな大そうなものは、まだ自分には分からない。

 けれど今回全てを投げ打った理由というのは、ただ単に彼女を助けたいという小さなもの。小さくて大きなもの。



「……りゅー、き?」


 それを理解した時には、竜基はしゃがんで、自然な動作でライカを抱きしめていた。

 小さく耳元で、囁くように言葉を紡ぐ。


「溜め込み過ぎただろ? 疲れたんじゃないか? 俺の知る限り、一番カッコいい十一歳は」

「……りゅ……き……ぐす……良かった……良かったよぅ……っ!」


 呼吸が上手くできないのか、小さく嗚咽を漏らしていたライカ。

 竜基が優しく背中を撫でると、ライカはその細くも強い自分の腕を、ゆっくりと竜基の背に回して。

カッコいい十一歳。そのフレーズで、あの時の会話を思い出したのか。

ライカは、ぎゅっと竜基を抱きしめ返した。


「辛かったよぅ……怖かったよぅ……リューキ……リューキいいい……」

「……本当にお疲れ様。俺なんかより、ずっとすげーよ、お前」


片手で背中を。もう片手で頭を撫でる竜基。年相応にわんわん泣き出したライカを、竜基はずっとあやしていた。









 いつの間にか、朝焼けが浸み込むようになってきた空を、竜基は眺めた。

 落ち着いたライカは、今までの痴態を思いだし一人悶絶している。


 そういえば。


 ここ二日間色々ありすぎて、竜基はすっかり失念していたことがあった。


「これからどーしよ」


 ポツリと、呟いた。


 今思えば、完全に根無し草である。金も無ければ、服もない。住むべき寝床さえもない。ないない尽くし。本当に何もできやしない。


 それに、情報も足りない。すっかり忘れていたが、ここは魔剣戦記の世界に、最低でも酷似していると言っていい。

 そんな場所で、自分がどうするべきかも分からないのだ。


「……いや、待てよ?」


 ふと、一つの事柄を思い出す。


 これがもし、神隠し、と呼ばれていた現象なのだとすれば。


 最低でも一人、とてつもなく頼りになる男が、この世界に居る可能性がある。


「草鹿さん。草鹿陸将。……もしかしたらこの世界に居るかもしれないな。我ながらこの仮説は、良い筋行っている可能性がある」


 一人、しきりに頷く竜基。

 そうと決まれば、大都市の方に出向いて情報収集するのも悪くはない。

 帰る手段が分からない以上、頼りになる大人を探すのは善策ではないにしろ愚策であろうはずもないのだから。


「まずはやはり、情報収集か」

「リューキ?」

「ん?」


 いつの間にか悶絶状態から復活していた最強の十一歳。

 思考の海に沈んでいた竜基を引き戻したのは、だんだん汚れが目立ち始めた隊服の、裾を小さくつまんで引っ張る少女だった。


「おめー、どっか行くのか?」

「あぁいや、大都市で情報収集でもしようかと――」

「ダメだ!」

「……は?」


 真っ向からの全否定。それも竜基の言葉を遮っての一言。

 知り合って二日しか経って居ない少女の人格を語るのもナンセンスだとは重々承知だったが、まさか頬を膨らませてしきりに首を振るような、年相応の少女のしぐさを見せるとは思わなかった竜基。

 唖然とする竜基を知ってか知らずか、ライカは「いーか?」と人差し指を立てて竜基に突きつけた。


「まず、アッシア王国の中心は腐ってやがる。それこそ、あんな盗賊が横行するくれーにな。詰所の現状を見ても、そうだとしか思えねー。ついでにここの領主もとっくにイカレてんだ」

「……だったらまあ、この国に居る理由も――」

「そ、それはおめー、ここはアッシアの北西だぞ? 西にはでっけー山脈があるし、南東には腐った国の中枢がある。それに北は海しかねーし東はもっと寂れてんだ」


 一理ある、とも思った。

 確かに、単体では何もできないような自分が国を越えるのは不可能に近い。盗賊も居るだろうし、ましてや夜獣の森に出てくるような化け物を相手に生き延びる自信もない。


 だが、そうなると。


「いや、俺異世界の人間だしさ。金も住処も服も無いわけよ。衣食住が全滅とか笑い話にもならないじゃん」


 だから、旅をする。それなら収入もどこかであるだろう。情報も仕入れられる。

 そう、一通り説明したところで、どうも掴まれた隊服の裾が震えていることに気が付いた。

 見れば、ライカは俯いており。

 再度竜基と視線をぶつけた時には、口を一文字に結んで睨みを利かせていた。


「やだ」

「……えと?」

「やだ! おめーここに居ろ! 櫓とかぶっ壊したんだし、リューキはここで村の防衛の再編をする義務がある!」

「……え~。いやまあ櫓壊したのは文句の言いようもないけどさ」

「この村は大抵のものはある。隊商だって来る。服も問題ない」

「いやでも金が」

「ここに居れば恩人なんだ。野菜とか肉くれー皆くれる。腹が減ったら育てろ」

「……すっごい申し訳ないと思わん? ソレ」

「う……育てろ」

「マジかよ。そっちに落ち着いたのかよ。……でも寝るとこ無いよ。建てろとか言うなよ?」


 その問いかけに、しばし黙って視線をそらし、何かを考えているようだったライカ。

 少しして、小首を傾げて竜基を見上げた。


「うちじゃ、不満か?」

「待てこら」

「なんだよ?」


 ワンルームのログハウスを思い出す竜基。確かに居心地は良かった。だが、どう考えても年頃の少女と同居というのは……。


「どうなんだよその辺」

「竜基なら……いーぞ?」

「何を基準に言ってるんでしょうか!?」


 堪らずツッコみを入れる竜基に、ライカはと言えばどこ吹く風。

 もう既に、朝はやってきていた。


「リューキと、一緒の布団で寝る……悪くねー」

「……お前さん、倫理観大丈夫?」

「りんりかん? みかんの親戚か? ねーぞ?」

「聞いてないわ! 素で何ソレ美味しいの的な言葉を聞いたのは初めてだ!」

「と、に、か、く! いーか、出て行ったらぶっ殺す」

「ライカが言うと洒落にならないんだよ!」


 ふぅ、と小さくため息を吐いた。

 確かに、櫓の件は、仕方なかったとはいえ引き合いに出されたら何も言えない。

 それに。

 この小さな村の防衛設備を整えるというのも、中々楽しそうだとも思える。


 竜基が培った古代兵器の知識をフル活用して、この村を無敵要塞に仕立てあげるのも悪くない。


「……わぁった。しばらくこの村に居るよ」

「……しばらく、なのか?」

「どうあっても、俺はいつか帰りたい。明確な手段がない以上焦ることも無いけれど、それでもここに骨を埋める気はないんだよ。……なぁ、ライカ」


 ふと、昨日を思い出す。

 記憶から引っ張り出すのは、朝の鍛練の時のこと。

 竜基は、この世界で軍略家になってみるのも有りだと考えていた。

 そしてそこに、魔剣使いが居るのは面白い、とも。


「もし、用心棒が要らないくらいにこの村を要塞化したとして。そしたら、ライカ。俺と一緒に来ない?」

「……へ?」


 先ほどまでジト目で竜基を見つめていたライカの表情が、一瞬呆ける。

 何を言われたのか分からなかった状態から、ふと我に返ると。


「……考えたこと無かった」

「マジか。世界回ってみようぜ。ライカほどの実力があるなら、どこの国でも仕官できる」


 大仰に頷いた竜基。ライカは、早くもまだ見ぬ大陸に思いを馳せているようだった。

 それにしても。

 ライカは村を出ることを考えていない様子だった。

 五年後には、彼女は魔剣戦記の中でも五指に入る猛将として登場するというのに。


 何がきっかけだったのかは分からない。だが、別にそんなことはどうでもいいかと思い直した。


「……そっか。……リューキと一緒なら、仕官も悪くねーな……」

「はは、俺もライカが居れば心強いな」


 上の空でポツリと呟いたライカの台詞を、偶然聞いてしまった竜基。

 驚いたように目を丸くしたライカは見る見るうちに顔を真っ赤にして。


 照れ隠しに放った掌底は、キレも威力も竜基のソレよりずっと上だった。








 次に世界が動くのは、それから一年後。


 竜基が、のんびり村の無敵要塞化計画を進めているちょうどその時だった。


 北アッシア地方に派遣されてきた、新たな領主。


 彼女と竜基の出会い。それは、とある大戦を描いたお話のプロローグとして、今も語り継がれている。





                      第一章 完

                      Next stage now loading…


 これにて第一章終了です。読了お疲れ様でした。



 ……いかがだったでしょうか?

 是非。感想をお聞かせくださると嬉しいです。


 あ、評価とお気に入り登録も、できればお願いします……がめついヤツだな我ながら。



 では次の章でお会いしましょう。


 これからもよろしくお願いします。

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