ep.56 黒き三爪
ウルビダ小山脈の戦いは、魔剣使い二人を狭谷で相手にするという不利な状況から一転、ふらりと現れた尋常ならざる身体能力を持つ男によって被害を抑え、かつ魔剣使い二人を駆逐することが出来ていた。
「リューヘイ殿、助かり申した!」
「いや、どうせこれも全て仕組まれていたこと。俺は利用されたにすぎん」
「それでもですよ! ありがとうございました!! ……この後は、どうされるのですか? よろしければ一緒に王都に向かって進軍を!」
エツナン軍の将校は、リューヘイも見たことのある顔だった。シャルルが捕まっていた際に、同じように投獄されていた男たちの一人だ。リューヘイはしっかりと覚えていたわけではないが、彼らを助け出したリューヘイの姿というのは、思った以上に鮮烈な記憶として焼き付いていたのかもしれない。
「この後は魔剣を取りに王都へ行く」
「王都に……。我々はしばらく平原に野営をしてから、他の領と同調して王都攻略戦を行う予定です。よろしければその時に戻っていただくことはできませぬでしょうか?」
リューヘイという戦力は強大だ。彼一人がいるだけで、今回のウルビダ小山脈の戦いのように、簡単に戦局をひっくり返してしまう。
リューヘイから渡された、魔剣使い二人の首を受け取った将校は、どうにか彼を自軍とともに戦わせることが出来ないかと頭を下げる。
「……魔剣を手にした後は、王都攻略戦には手を貸すかもしれないが。だが、エツナン軍に従軍することは出来んな。不和を生む」
「……そう、ですか。分かりました。王都攻略戦、必ずや成功させましょうぞ!」
しかし、リューヘイがその手を取ることは無かった。
ウルビダ小山脈の戦いで思わぬ急停止を喰らったエツナン軍を後目に、リューヘイは王都へと向かって駆け出した。彼の速度は、それこそ平面でなければ馬でも追い付けるか怪しいもの。言葉少なく別れを告げて遠ざかっていく彼の姿を、将校はしばらくの間見守っていた。
手元に残った二本の魔剣は、シャルルの指示を仰ぐことに決めて。
リューヘイが王都に到着した時には、城門はすでに閉ざされていた。
防衛の為もあろうが、迎撃の為の兵士の姿も多く見られる。兵士たちの顔色がどうだとかそんなことを気にするつもりもなく、リューヘイは高々と跳躍する。
屈強な城壁と城門にぐるりと一周囲まれた城塞都市。それが王都。アッシア王国首都。
進入経路は以前と同じ。秘密の隠し通路というものが存在していた。
道がごちゃごちゃと入り乱れていることと言い、王城までの直線的な道が狭いことといい、この城は防備に優れている。
だからこそ、いざという時の隠し通路もあるのだろうというのがリューヘイの読みで、実際にその経路を見つけたのはケスティマだった。
前回と同じく、水堀の側面に生えた水林の中に潜り込む。見張りの兵士からも見えないこの場所の、さらに奥に、不自然にずれた岩盤がある。そしてそここそ、王都と外部をつなぐ経路の入り口だ。ほかにいくつあるのかはわからないが、前回同様リューヘイはその道を利用していた。
少しずらせば、空虚な穴がぽっかりと開いている。リューヘイはためらいなくその穴を飛び降りて、数瞬ののち、綺麗に着地した。
真っ暗で、湿った臭いのするじめじめした道。
光の一つも入らないその通路を、リューヘイは歩み進めていく。
靴音はあまりしない。石を敷き詰めた道は、半分以上地面にとけ込んで整備もされていないようだ。
しばらくして、曲がりくねった一本道の先に人影があることに気が付いた。
足を止めて、視線を凝らす。光源は殆どない状況。
それでもリューヘイは刀を握りつつ一歩を踏み出した。
「……誰だ?」
この経路を使っていたことが誰かにバレたのか。
それとも、先客がいたのか。そんなことはどうでもいい。敵か、味方か、殺すか殺さないかのそれだけだ。
壁に寄りかかっていたその小柄な影は、リューヘイを視認したらしく背を起こし、リューヘイに向き直るように立ちはだかる。
何者か。それが分からない以上、リューヘイはこの暗闇でむやみに動くことは出来ない。聴けば、相手の魔剣使いには暗殺を得意とする奴が居るのだ。
そんなリューヘイの懸念を知ってか知らずか、遠くに居たその人影は、どこかで聞いた声をあげたのだった。
「やあっと来たよ先輩。大変だったんですよ~?」
「……ケスティマか」
刀を下ろした。
かつかつと、近寄ってくるその華奢な、少女と見紛うような容姿の少年。
オレンジの髪を靡かせて、彼は背中に背負っていた黒き刀を取り出した。
「はいこれ。そろそろ戻ってくる頃だと思ってましたから持ってきましたよ」
「ああ、ありがとう」
これだけ近づけば相手の顔も見えるというもの。
ケスティマは小さく笑うと、ふと笑みを止めて首を傾げた。
「ヴェルデとリンは?」
「ヴェルデはエル・アリアノーズ。リンは主の元に帰った」
「そか。エル・アリアノーズに残ってる理由は何で?」
「二人で来るより、俺が往復した方が早いからだ」
「単純明快で何よりですよ。……結局、アリサ王女は殺さなかったってことですね」
ふむ、と一人頷くケスティマはしばらくの無言の後、リューヘイに向けて顔をあげた。
「とりあえず行きましょう。アジトが見つかったわけではないですが、現在王都は臨時徴兵の最中で非常に厄介です。僕はそれもあってこの場所で貴方を待っていたので……とにかく、合流さえできればあとは脱出した方が良さげでしょう。あの時以降、僕の存在も嗅ぎ回られているので」
ケスティマが言う“あの時”とはおそらく前回殺されかけた時だろう。いい加減間諜を殺さねば、あの隠密特化らしき魔剣使いの腹の虫が収まらないと言ったところか。
「久々の感触は悪くないな。分かった、行くぞ」
ぐ、とケスティマに渡された己の魔剣を握りしめて、リューヘイは踵を返す。ケスティマもその後に続き、駆け出した。
「ケスティマ、お前今まで何をしていた?」
「はぇ? ですから、普通に魔剣を守っていましたが」
「たったそれだけでお前がこんな場所で過ごさなければいけないほど追いつめられるとは思えないんだがな」
「あは、見抜かれちゃいましたか」
ちらりと、駆ける横目にリューヘイはケスティマを見た。
その姿は普段よりいくばくか痩せ、着ている服も汚れていた。髪も、いつものしなやかさは無く目にも気力が乏しい。先ほどから悪口の一言もなく、彼らしくない気力の無さが気になっていたのだった。
「いや、ちょっと手助けしすぎてしまったんですよ。そのせいで見つかりましたが、おかげで王都を疲弊させる一手は仕上がりましたがね」
「手助け……?」
「以前抱き込もうとした人が苦労してたんで、脱出の手引きをね」
ウィンクするケスティマに、とりあえず事情はまた後で聞くことに決めたリューヘイ。
一つ息を吐いて、ケスティマの頭を叩いた。
「いたっ」
「相談しろ馬鹿が。俺の知らないところで危険なことしやがって」
「あ、もしかして心配してくれてます?」
「変幻自在」
「ああああああ嘘! 嘘! こんなところでソレ使ったら天井に潰されて二人とも死んじゃいますってば!」
調子に乗った一言を発した瞬間光り輝いた黒き魔剣に、慌てたように言葉を引っ込める。それでも、案じてくれていたらしきリーダーに、少し喜びの気持ちが湧いた。
先ほどまで歩いてきた道を逆戻りするのに、そこまでの時間はかからない。
リューへイとケスティマの二人は、出口付近の位置にまで戻ってきていた。ちょうど頭上から水の音がするということは、水堀の真下なのだろう。
「とりあえずヴェルデと合流する為にも、エル・アリアノーズに戻りましょうか?」
「その必要はない。ヴェルデはアリサ王女たちと共に王都に向かって進軍してくるはずだ」
「あ、分かりました。では?」
「王都を攻撃する軍にゲリラ的に参加する」
「了解!」
会話は続く。しばらくの間会わなかった分の情報交換も兼ね、ケスティマとリューヘイは声を掛け合いながら走っていた。だが。
猛然と背後を振り返ったリューヘイは、ただならぬ殺気に思わず魔剣を抜き払う。
洞窟に響く金属音と、彼らの背後から追い来る影。
「――させると、思うか?」
「っ」
ぬらり。
どこから現れた、と思う間もなくリューヘイは反射で魔剣を構えた。飛来する針のような投擲武器を弾き、睨み据える先。王都方面から現れた、長身の青年。
リューヘイと同年代程度の、貴族然とした騎士服に身を包んだ金髪の男。
「そこの橙髪……よくも計画を破綻させてくれたな」
「てへっ! 殺されかけた仕返しだよ」
舌を出すケスティマが、鋭く目を向けたその男。リューヘイは会話で察した。おそらくこの男が隠密の魔剣使い。そして、ケスティマを危うく殺されるところだった、リンもどて腹に風穴を開けられた、その相手。
「ケスティマ、下がれ」
「いやいやダメですよ先輩」
「なに?」
魔剣使いが相手だと聞けば、ケスティマに任せるわけにはいかない。
危うく殺されるところだったと、あのケスティマが逃げるのに苦労した相手だと言うなら猶更だ。
だが、そんなリューヘイをむしろケスティマが制した。
何故かと目を向ける彼に、ケスティマは上を指さして答える。
「上、水堀ですよ? 死んじゃいますって」
変幻自在は、良くも悪くも派手な技。ここでこの男の相手をするのは悪手だということだった。
「だから、僕が相手しますよ。すぐ合流するんで、先に出ていてください」
「なんだと?」
「アイツの力、前回見切りましたから。余計な怪我も負わずに、さらっと逃げますよ。上で待っていてください。初見だと、いくら先輩でも殺され兼ねないんで」
「……信じたぞ、その言葉」
「もちろんですよ」
何なら上に誘導するだけでも良い。そう言葉をおいて、リューヘイは駆け出した。目指すは地上。
妙に聞き分け良くケスティマをおいて行ったリューヘイを見送って、目の前の男に向き直った。
「ルー・サザーランドだっけ。あんた。行かせないよ?」
「安心しろ。お前を逃がしたことが、私の汚点なだけだ。最初からターゲットはお前だ」
憎々しげに、ルーはケスティマを睨む。前回、危険を察知した瞬間に逃げ出したケスティマらしくない、堂々とした正面からの向き合い。
ふぅ、と小さく息を吐いて、ケスティマは腰にささったナイフを抜いた。
その様子を見て、ルーは言う。
「おい小僧」
「なんです?」
「私の技を見抜いたなど、嘘だろう」
「あ、バレてました?」
嘲笑するように、ルーは言った。だが、そんなことに動じるケスティマではない。リューヘイさえ逃せてしまえば、あとは自分が逃げればいいだけだ。彼にとっての僥倖は、ルーのターゲットが自分であったということ。
ルーがリューヘイを追おうとしていたら、現状の難易度は跳ねあがっていたに違いない。
「死ね」
「いやだね」
ルーのマントがはためいた。これは以前ケスティマも見た攻撃。そのはためきの内部から、無数の針が飛来する。
ケスティマは洞窟内の狭さを活かして飛ぶと、壁や天井をも足場にして飛び回り、その針を回避していく。
今、この状況で背を向けて逃げるのは不利だ。
隙を伺い、機を見て脱出。それがケスティマに課せられた今回のミッションだった。
次々に飛来する針は、おそらく一本の針から派生した分身。そして本体こそ、彼の持つ魔剣の正体なのだろう。
「っけー、ちょっときついよー」
「呑気だな。じわじわ殺すのも良いが、そんな暇もない。殺す」
掠った針は、それだけでも肉を裂く勢いを孕んでいる。ケスティマはその無数の針を回避しつつ、ルーの様子を伺った。
回避しきれず一発貰っただけで、がくんと膝が落ちるほどの痛みが走る。ふくらはぎを盛大に切られて、速度の落ちたその時を、ルーは待っていたかのように言葉を発した。
来る。
リンに風穴を開け、ケスティマが半殺しにされた一番の要因が。
「螺旋獄針」
呟かれた言葉とともに輝くはルーの掌。右手を纏うガントレットのように輝きを増し、巨大な手甲のように切っ先がケスティマを狙い定める。その先端は螺旋を描き、尋常でない熱を溜めこんでいるのが見ているだけでも分かるほどだ。
「殺す」
跳躍。あれに刺されたらそれこそ風穴では済まない。リンがどのようにして回避したのかは分からないが、ケスティマは前回身代わりを駆使してようやく逃げおおせたのだ。
ルーの姿がぶれる。瞬間背後に殺気を感じ、横転。今の今までケスティマの居た場所の地面が割れ、石畳に亀裂が走る。
冗談ではない。
あの速度といい、気配の消し方といい、なるほど隠密の魔剣使い。
いくら鍛えた自分でも、この状況から普通に逃げ出すのは不可能だ。
「とどめだ」
「っ!」
尻もちをついたケスティマに振り上げられる、高速の螺旋針。熱で融解しそうなほどとろんだ針は、切っ先の鋭さを失わない。
ひゅ、と繰り出されたその針を、ケスティマは避けることが出来なかった。
いや、避けた。
身代わりだ。
身代わりを使い、血が噴き出したように見せてケスティマ本体は気配を殺す。
その程度の仕込みが出来なければ、魔剣使いの蔓延るこの世界で傭兵などやっていられないのだから。
危うく一撃を躱したケスティマは、リューヘイのところに戻ろうとしていちもくさんに出口へ駆け出そうと……眼前に広がる赤を見る。
「……え?」
「お前は私の技を見抜けなかったが――」
身代わりを使って逃げたはずの自分の腹に、突き出された熱の獄針。
飛び散る血飛沫は己の瞳にも降りかかり、混乱の中、錆びた蝶番のように振り返るケスティマ。
そこには、ルーが憎悪を込めた表情で立っており、地面に転がるは己が丹精込めて作った身代わりが。
見抜かれていた?
自分の、戦術が?
「――私はお前の技を見抜いた。それだけのことだ。死ぬが良い」
勢いよく引き抜かれた螺旋獄針に、ケスティマは痛みと疲労で堪らず崩れ落ちた。
とどめとばかりに、今度は頭を狙って振り上げられる螺旋獄針。
見上げた天井とともに、熱を帯びた下腹部を苦しげに抑えてケスティマはかすれた声を出した。
「なるほどねぇ」
「……なんだその目は」
今にも自分に死が訪れようとしているというのに、振り上げられた凶器を見上げて笑みを浮かべる不気味な少年。
一瞬、躊躇いに手が止まってしまったのがいけなかったか。
「いや、魔剣使いに一般人が挑むのは、きっついなあって」
「当たり前のことを」
鼻で笑うルーは、猛然と腕と同化したその螺旋獄針をケスティマに向かって打ちつけるように刺そうとして、刹那ケスティマの言葉に殺気を感じた。
「魔剣使いの相手は、魔剣使いじゃなきゃダメか」
ケスティマが見上げていたのは、ルーではなかったのだ。
その先にある天井。岩盤の上には水堀があるはずの、天井。
盛大な亀裂が一瞬にして入った、天井。
「あれ、これ僕死ぬかも」
腹を抑えてケスティマは言う。
慌てて天井を振り返ったルーは飛び退く。
器の底が抜けたら当然、水は流れてその下を押し潰す。
濁流が、地下通路に押し込まれた。
水に溺れかねない状況、そして風穴を開けられた腹もあって激痛にもがくケスティマ。
瞬間感じた温かな腕と、酸素。
いつの間にか決壊した水堀の上、水生林の上にケスティマはへたりこんでいて。
目の前では、坩堝のように水が飲みこまれていく渦が見えていた。
「……逃げたか」
「ありがとうございます、先輩」
見上げた目の前に、魔剣を担いだ青年が一人。黒髪を靡かせて、舌打ちを一つしていた。
「まさか、上に登ってから水堀ごと地下通路を決壊させるってどんな荒業ですか」
「それが一番早かっただけだ」
「僕死ぬかも知れなかったんですけど」
「死ななかったじゃねーか」
何が起きたのかなんて簡単だった。
天井にぴしりと入った亀裂は、リューヘイの魔剣が水堀の地面を叩き割ったせい。当然、弱くなった場所から、大量の水は地下通路に流れ込んだ。
「ルーは、生きてるんですかね」
「逃げただろうよ。知らねえが」
死んだとは思っていないリューヘイは、次は地上で殺す、と呟いて踵を返した。
「行くぞケスティマ。お前の手当はしっかりと、エル・アリアノーズ軍にしてもらうからな」
「あ、ちょ、せんぱ」
肩にケスティマを担いだリューヘイの表情は、竜基に意趣返しが出来るという思いからか、歪な笑みに支配されていた。
毎度毎度、どうしてこんなに危険なんだろうか。
黒き三爪の日常といえば日常。
いつも危険の先に、九死に一生を得るのは、ケスティマやヴェルデの仕事だった。




