ep.53 その道を行く
「わたし……戦争嫌いです」
「俺だって好きでやってるわけじゃねえ。無血で全てが行えることが、一番だと思ってる」
「だったら、なんで……!」
「それでも押し通さなければいけないものが。それでも刃を交わさねぇとならねぇ局面が、あるからだよ」
「わたしにはわかりません……軍師……」
シムラの言葉に、竜基の表情は小さく歪んだ。少なからず思うところがあったのだろう。
だが、ここは戦わなければいけない場面だ。王室という巨悪に、立ち向かわなければいけない場面だ。
だからこそ、シムラにつらい顔をさせても、戦わなければいけなかった。それが男の心で、シムラに理解ができないものだとしても。
だから、シムラはその胸に顔を埋めて、小さくすすり泣く他なかった。
リューキが、一人危険に挑もうとしているのが、分かったから。
副官少女の上司観察日記より抜粋
エリザ・ラ・フォリア・アッシア。
彼女という存在は、果たして何者なのか。
それを考えた時にまずみるべきは彼女のアッシア王家の血の繋がりだ。
国王と、そして王后。この二人の間に長女として生まれ、彼女は第一王女としてアッシアに立った。
下には、弟の王太子リッカルド。そして、妾腹の子アリサ。
エリザは、生まれながらにして、王の手によって婚約者が決められていた。
政略結婚。
王家の者として生まれた以上受け入れなければならない定めというのは往々にしてあることだ。
ところが、ある出会いが、幼い彼女に訪れる。
『きみだけ苦しんでも、この国は誰も苦しもうとしないよ?』
その言葉は、エリザの心深くに突き刺さった。
果たして自分が負う必要はあるのだろうか。
エリザは聡明であればこそ、この国の先行きがもう長くないことも分かっていた。
国王並びにその腹心たちが散々に好き勝手専横を行い、腐敗した国家。兵の厭戦気分も強まった数々の砦はもはや防衛として機能していない。
そうだ。
目の前のことしか考えられないアッシアの、末路は見えていた。
だというのに、なぜ自分だけが責務を全うせねばならないのか。
グルッテルバニアと交友を結び、その資産を享受しようと甘えた考えだけを残す国家に、自分が何故手助けをしてやらねばならないのか。
『そうだ、エリザならできるよ』
言葉に乗せられるうち、いつの間にか、別の理由でも政略結婚などしたくないと思い始めるほどには……その言葉を紡ぐ相手のことが好きになっていて。
政略結婚の相手は、五十を過ぎた歴戦の猛者、グルッテルバニアの帝王。ガーイウス・J・グルッテルバニア。
すでに十何人と居る彼の側室に、加える算段をしていたアッシア国王と、その重臣たち。
重臣たちを今更失脚させることなど出来なかった。
彼らはどれだけ腐っても、政を行う力を持っていればこそ"重臣"足り得るのだ。
なら。
その頭のお飾りくらいは、誰になっても良いだろう?
結婚する相手くらい、自分で選びたい。自分一人のワガママが通らないなんて、許さない。
エリザ・ラ・フォリア・アッシアの類稀なるギフトは、その暗い暗い王城の中で振るわれることとなった。
瞬く間に宰相府を掌握し、王位継承権第一位のリッカルドをさしおいて事実上のトップに立つと、騎士団長を自らの手駒ルー・サザーランドにすげ替える。
そうして出来たある程度の形から、次々と攻略に攻略を重ね、暗躍し、そして、王を病床に送り込んだ。
『よく頑張ったね。後は、この国を滅ぼすだけだ』
エリザは撫でられたその手のひらを甘受し、笑う。
後は、幸せな、自分とその人だけの、穏やかな生活を送るだけだ。この国をぶち壊して、その人の為に捧げるのだ。
「魔剣使いのランク?」
「チンピラワカメから聞いた話なんだけどな」
様々な地方から出撃の伝令が届く忙しいさなか、北アッシア軍の兵糧帳簿と、実際の荷馬車数の確認をしていた竜基。
午後の赤らんできた日差しに照らされた訓練場は、今は出撃の準備に兵士がかけずり回っているところだった。
その中で一人筆を持ち全体を見て回る竜基の隣に、ふらりと現れたのがこの男だった。
茶髪に揺れる白い鉢巻。見るからに暑苦しい雰囲気をまとった長身の男。
ガイアス・ベルザーク。
「大陸最強とか誰が決めたんだバカが、つったら、オルセイス連盟が絡んでるらしい」
「オルセイス連盟?」
「チンピラワカメは大陸中を旅してる途中に寄ったらしいが、魔剣使いを滅茶苦茶重用する国でな。何でも、魔剣使いというだけで優遇されて、実力とかでまた差別化されてるんだと」
「……そこに寄ったリューヘイさんが、大陸最強だと認められた、ってことか?」
「らしいぜ?」
オルセイス連盟と言えば、アッシア王国南部にも一部隣接する国家だ。
連盟というだけあり小国を束ねたような形態ではあるが、その代表同士が話し合うことで政治を決める議会制。とはいえ、やはりこの時代らしく"王"の重要性も合わせ持ち、人々の認識では"神々の決めた円卓"として機能しているようだった。
「しかし……そんな設定は……」
「設定?」
「ああいや、何でもない」
俺もオルセイス連盟遊びに行って無双していいか、などと楽しげに笑うガイアスを横目に、竜基は思案に暮れていた。
オルセイス連盟は確かに、魔剣使いの多い場所だったと記憶している。難易度は星2程度で、メルトルムやエル・アリアノーズでプレイするよりは易しかったはずだ。
しかし、魔剣使いをことさら優遇する国、という話は初耳である。
説明書にも、そんなことが書いてあった覚えはない。
歴史が変わっているのか。
もしかすると、オルセイス連盟にも、自分のような人間が居るのか。
疑問はつきないが、下手をすればイレギュラーになりかねない恐ろしさがあった。
「そーいやチンピラワカメは?」
「『マッスル馬鹿に次は魔剣同士で勝負だと言っておけ』とだけ言って、王都の方に向かったよ。俺の依頼も加えてな」
「クハハハ! 大陸最強(笑)め! ボコボコにしてやるぜ! ……依頼ってなんだ?」
「ん? 旅してて良いから適当に援護に回ってくれって」
さらさらと帳簿にメモをして、次の荷馬車次の荷馬車へと視線を移し、足を運ぶ。
この辺の管理をヒナゲシに投げようとしたら、クマのできた顔でにらみつけてきた為に自分でやることにしたのだった。
「そういやエツナン領主といろいろ話してたな、ワカメ」
「つまりはそういうことだろ? しかし、オルセイス連盟の話が気になるな……もしそんな国とエリザが繋がっていたら、魔剣使いが増えてる可能性もある」
「そうしたら俺がぶっ飛ばす!! ハッハッハ!」
「まあリューヘイさんも、並の魔剣使い相手ならスデゴロで倒す実力がある、ってヴェルデさんが言ってたし……リューヘイさんが負けることはないだろうが。問題は、魔剣使いのいない場所に敵魔剣使いを置かれた場合か」
「まあ、そんな分からないこと考えても仕方ないだろ!」
「……お前はそれでいいんだけどな」
苦笑を交えて、竜基は言う。
もう負けられない以上、様々な可能性を考慮して戦わなければいけないのだ。
オルセイスと繋がっていた場合の厄介さを認識できてありがたい話ではあったのだが、それ以上の思考は竜基の本分。
「よし分かった。こっちでもいろいろ考えてみよう」
「うむ! 俺が活躍できる感じで頼むぜ軍師!」
とりあえずはこの地味な作業を終わらせなければと、兵士のほうへ戻っていったガイアスを見ながら考えるのだった。
その夜、デスクで作業をしていた竜基は、部屋に入ってきた少女の気配に気づいて顔をあげた。
「竜基、ちょっといい?」
「どうした?」
彼女が持っていたのは数冊の竹簡。これからの戦いに向けて、ヒナゲシに任せていたのは全体の把握管理であった。
竜基が組み上げたプログラムの通りに動いているのか、その確認を行うことを主においている。
ファリンに任せた王都の情勢の把握と並んで、今もっともほしい情報の一つであった。
「一応、他の領土の出撃状況というか……出兵予定と兵力を纏めたもの。ある程度の割り振りはできてるだろうけど、具体的な数字が出たから」
「ありがとう、助かる」
兵糧と兵数の把握ができているのといないのとでは、やはり自信をもって動かせるかどうかでかなり話が変わってくる。百単位程度でしか把握できていなかった兵数は、ヒナゲシの手によって詳細な数字になって帰ってきた。
わかっていたことではあるが、ヒナゲシは数字に強い。
兵糧の数から計算して日数の管理も、いくつかのパターンにわけて行われていた。
まるで魔剣戦記のゲームでもプレイしているかのように、きちんとした数値が示されているのは本当に有り難い。これがどれほど強みになるのかをわかっている竜基だからこそ、舌を巻く。
「それで、どうするのさ。向こうの戦力の把握は?」
「ファリンがすでに動いてくれて、だいたいの兵力は分かってる。最大でもエリザが動かせる兵数は、こちらの六割、と言ったところか。兵の練度と士気は圧倒的にこちらが上、だがこっちは砦を落とさねばならない……その全てを考慮しても、大丈夫のはずだ」
「魔剣使いは?」
「……下手すれば隠してるかな、と思ってたけど、とりあえず情報を合わせると。アリサの話では、グルッテルバニアとエリザの政略結婚の話があったらしいから、グルッテルバニアと繋がるものだと思っていたんだが……ガイアスの話を聞いて、オルセイスの可能性を検討することにしたんだ。メルトルムやらその他の国はまあ、無いだろうと考慮からはずすが、いずれにしても魔剣使いの派遣くらいは平気でやってくる国家だ。両方」
「……居る可能性が高い方で見てるのね?」
「ああ、だからリューヘイさんに依頼して、魔剣使いを徹底的につぶすゲリラになってもらうことにした。情報の伝達はファリンに任せてある」
メルトルムを含む他の国を考慮からはずした理由は簡単で、アッシア王国の領土を取ることにメリットが無いからだ。
だからこそ、絞られた選択肢。グルッテルバニアか、オルセイス連盟か。
「まあとにかく、調べてみないことにはどうにもならないな」
「りゅ、りゅきしゃまあ!」
「うお!?」
思案に暮れていた二人の上から降ってきた少女が、デスクに足をひっかけてすっころんだ。
「ふぁ、ファリン? どうしたんだそんなにあわてて」
「はわわわ! しゅ、すみません! エツナンが……! エツナン軍が……!」
ぴょこんと体勢を変えて、ファリンは竜基に頭を垂れて、必死で口を回させる。
嫌な予感がする。
エツナン軍といえば、シャルルのところの軍だ。
まずは順調に勝ち点を稼ぎにいく部隊。そこに、ファリンが慌てて報をよこすほどの何かが起きているのか?
「エツナン軍が、魔剣使い二名に襲われて居ます!!」




