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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 最終章
52/81

ep.50 その国の名は

「あーもう!! なんで僕がこんな仕事ばかりしなきゃならないのさ!!」

「我慢した方がいいと思うよー。ばたばたするのはわかってたことだし」


 グリアッドとヒナゲシの両名は、一気に忙しくなった城内を駆け巡っていた。

 それは何故か。簡単に言えば、戴冠式が目前に迫っているからであった。


 来賓の数は、かなり多い。シャルルの手紙とアリサの檄文によって奮起した各地の領主たちは、経営を一族の者や部下に任せて馳せ参じていたのだ。



「天はまさに爛れ、政を、人民を、そして土地を省みない。そのような天などあって良いはずがない。

 よってここにアリサ・ル・ドール・アッシアはアッシアの名を捨て、一人の為政者として立ち上がることを決意した。

 奮起せよ、武器を取れ、抗い打ち勝て。皆の思いを一身に背負い、新たなる女王、アリサが陣頭に立とう。

 国を憂い、持て余した怒りの行き所を求める諸君。

 我らが王は立った。呼応せよ、アッシアを真に思う勇士よ。

 来る春の月十日、北アッシア城は、新たな御旗を揚げる国の王座へと生まれ変わる。

 お膳立ては整った、真に民を重んじる勇気ある諸君の参戦を願う」



 この檄文に胸を打たれ、多くの貴族が数百の供を連れて北アッシアへと続々集結した。従える兵士の少なさは、シャルルが手紙を回した通りの結果だ。


 多方面作戦を仕掛ける腹積もりの竜基は、むしろまだ徴収されていない兵糧や兵士をフルに使って王都を全力で落とすつもりでいたのだ。


 だからこそ優秀な者を残し、頭首は北アッシアへと集まってきた。戦争が始まる。歴史を変える、戦争が。


 来賓の案内にヒナゲシとグリアッド、そしてその部下や侍従を使い、アリサは挨拶に伺った人間の対処で忙しい。


 ガイアスとクサカには集まった兵士の再編成を、様々な所属の武官たちとともに打ち合わせるように伝えており、竜基の出番はそこにはない。


 ライカにはあまり今回のことで働いてもらう予定はないが、一応戴冠式の段取りについて様々聞いてもらうようにしている。


 ファリンは相変わらず竜基の影となり入城した貴族やその領土の情報を絶え間なく流し続けてくれている。


 その中で竜基がなにをするべきかと言えば、まずは一番に会わなければならない人との合流だった。


 応接間の一つに案内されているというその御仁と面会する為、竜基は一人そちらに急いでいた。


 廊下をすれ違う侍従は忙しそうに駆け巡りながらも竜基に対しての礼は忘れない。むしろ今はそれを忘れてくれても構わないとも思うのだが、やはり完成されていない主従関係に容易く口を挟むものではないだろう。


「さて、ここか」


 三階の廊下、その一番端にまでたどり着いた竜基は、一つ頷くとノック、返答は予想通りの優しげな声色。


 開いた扉の向こうで、のんびりとソファに座して待つ好々爺然とした老人を前に竜基は一礼した。


「わざわざ、ご足労かけました」

「気にするな、リューキ。この知らせを聞いて儂も嬉しかったからの」


 いざと言う時にやはり一番頼りになる。

 そんな男が、優しげに手を振っていた。


「村長には本当に頭が上がりませんよ」

「それを言うなら儂も命を救われているというもの。構わんて」


 苦笑しつつ、終わりの見えない謙遜に見切りをつけて竜基は対面へと腰掛ける。

 その場に居た侍従が淹れる紅茶を、自分が一口飲んでから村長に勧めた。


「……それで、名前、ですかな」

「ええ、一応手紙にも出した通りです。アリサが一段落次第、彼女の場所へと向かい様々な話をしたいと思っております」

「なるほど、それが賢明だの。しかし、新たな国の幕開けにふさわしい国名となると、やはり……難しい」

「何か良いアイディアでもあればとは思ったのですが、どうにもその方面には我が国全員が力不足だったようで」


 照れくさげに後頭部を掻く竜基に、この前会った時のような悲壮感はない。そのことに小さく笑みを深めつつ、村長は紅茶を口にした。


「ふむ……その辺りは王女様……もう、女王になるのか。彼女を交えて考えることにして……そうじゃのぉ。どうだい? 情勢は」

「……勝算は、あります」

「ほぉ」


 す、と目を細めた村長に対し、不安げな気持ちを瞳の奥で揺らしながらも竜基は答えた。

 勝算はある。この戦いに対しての答えはある。


「なるほどの。しかし、貴族たちの入城状況を見ていると……同時多方面攻撃という手はずになっているようだが……合図は?」

「既に日時は指定してあります。それぞれのタイミングを微妙にずらし、時には合わせ、王都を疲弊させる。王都に居る兵の量は多くとも、その殆どは雇っているわけではなく農民を徴兵しているだけ。戦意は低く、誘引作戦も行えることでしょう。こちらの国力が圧倒的に低い今まででは使えなかったことが、出来るようになった。これが一番、大きいですね」

「のう……リューキ。同時多方面作戦の弱点はなんじゃと思う?」

「一点突破。相手が王城であるからこそ使う多方面作戦の今回の目的は、実は纖滅ではないのです」

「……ほぅ」


 この作戦の一番の弱点を一瞬で看破した村長に、固く頷く竜基が指を立てる。

 しかし、王都を制圧するに当たって敵首謀者を捕らえるのは最重要目的ではなかろうかと考えるが、それは今目の前の若き軍師によって否定された。


「現在、捕らえたアッシアの王子を尋問にかけたところ分かったことがいくつもあります。一つは、既にアッシア王は危篤状態であること。ミモザ王后は甘い汁を吸いたいだけの暗愚。では、どうして国が回っていたか。着服横領上等ながら、大臣や部下が満足する首魁が居たからに他ありません」

「ふむ……それが、エリザ第一王女ということか」

「ええ……そして解せないのは、その一見有能なエリザ王女のあり方ですかね。北アッシアを潰そうとしておきながら、第二王女の排斥に全力でなかったように見える点。そして、あれだけギリギリまで我々を追いつめる技量を持ち合わせていながら、政治では愚かにも先見の明が皆無な振る舞いをする……あれでは、腐敗国家ですら長くは続かない」

「リューキの狙いは把握したよ。なるほど、その為の多方面作戦か」


 こくり頷いて竜基は紅茶を口にした。


「なるほどの、そういうことであれば多方面作戦、悪くはない。して、戴冠と挙兵、加えて戦をスムーズに動かせるのかの?」

「食料の備蓄には自信のある我々です。この場で増えた兵はもちろんのこと、戦争に参加できる領主には最低限の食料援助をしています」

「……最低限?」

「信用されたくば体で示せ」

「ほほう」


 もはや、戦いの場は整った。

 奮起した人民の怒りをぶつける為にも、戦争を行うというこの一点だけは覆せなくなってしまった。


 だからこそ、被害を最小限に押さえるため、現在の竜基は戦っていたのだった。


 と、その応接室にノックの音が鳴り響く。村長に了承をとってから声をかけると、開かれた先に居たのはクサカであった。


「お嬢の準備が整った。村長殿も、ご案内いたします」


 顔を見合わせる村長と竜基。お互いに頷きあって、ふと村長が口を開いた。


「して……貴族たちには何と? 国名も決まっていない状態でよく参じたと思うのじゃが……」

「我らの旗揚げにふさわしい国の御名は、戴冠式で発表する。その時呼応出来るよう、楽しみにしておくように」

「……なんじゃそれは」

「アリサに言わせてる出任せ」




 この国本当に大丈夫か?


 村長はそう思いかけてかぶりを振った。余りにも、さい先のよろしくない考えだ。


「ちなみに戴冠式はいつを?」

「明後日ですね」



 この国本当に大丈夫か?















「よくぞいらっしゃいました」


 クサカの案内で訪れた先、美しく彩られた謁見の間。

 元はこの地がアッシアに統括される前、一個の国の王城であった時に作られた、今まで使っていなかったその場所で。


 彼らを出迎えたのは、玉座に座る美しい少女だった。

 短くも気品に溢れる髪は淑やかな銀。意志の強さを如実に表す紅玉の瞳は可憐に輝き、ぷくりと艶やかな唇と、小さく赤らんだ頬が心をかき乱す。


 普段の衣装とは全く違う、華やかながら彩りを損なわない銀と紫のドレスに身を包んだ彼女は、さながら夜の帳に現れる妖精のようだった。


「……こ、これはアリサ様。お美しい」

「ありがとうございます。貴方にもう一度お会いすることが出来て、嬉しいですわ」


 片膝をつく村長に、ふわりと穏やかな笑みを浮かべるアリサ。ぞっとするほど色っぽく、そして可憐な彼女を見て、竜基はつい目を逸らした。


「あー……その……」

「なにかしら?」

「き、綺麗ですね……」

「まぁ」


 くすくすと笑うこの女は誰だ、と思わなくもなかったが、今まで貴族たちの相手をしていたのだから仕方がないのかもしれない。彼女の持つ、新たな仮面が増えたのか。


 将としてのそれとは別の、王としての仮面。


 しかしそれにしても、竜基の目から見たとしても今日のアリサは美しかった。


 竜基から不器用な賞賛の言葉を貰って少し機嫌がよくなったのか、如何にも無邪気を装ったほほえみを浮かべる彼女が、どうにも竜基は苦手であった。


「あー……その、すまん。なんだ。今は……身内以外居ないし……」


 頬をかき、そっぽを向き、極めつけに視線を泳がせる竜基の狼狽した姿は珍しい。

 そこまで雰囲気を変えたつもりは無かったが、自分に対して何かを思ってくれていると、アリサは少し嬉しくなった。


「どうか、しましたか?」

「だー! 悪かった!! 頼むからそれ気恥ずかしいからやめてくれ! 今は誰もいねえんだし!!」

「王のお仕事をする時は、こうなるのよ? それとも、こんな私は、嫌い?」


 からかわれているのは分かっていた。村長とクサカの視線も痛い。

 だからと言って譲れるほど、竜基は大人ではなかった。


「俺が悪かったからやめてくれっての!! 頼む!! 本当に! 嫌いじゃないけど!!」

「……じゃあ、何で?」

「恥ずかしいんだよ!! なんだこの公開処刑!!」


 ぷ、と吹き出したのは誰だったか。

 仮にも戦場へでる前だと言うのに、和やかな雰囲気に包まれたこの場所で。

 竜基以外の三人は、声をあげて笑っていた。


「いやあ、軍師をからかうなどほとんど機会がないからな」

「ほっほ……まだまだうぶですな、色気に負けて戦いが出来なくなるなど、やめて欲しいのじゃがの」

「誰がするか!!」


 わーわーぎゃーぎゃー。

 完全にへそを曲げた竜基に、アリサは台座から降りて目の前へと立つ。


「ほら、そう怒らないの」

「アリサが原因じゃないか」

「でも、これはしょうがないことなのよ?」


 こてん、と首を傾げる動作ですら、今の彼女相手だとやりづらい。薄く化粧でもしているのだろうか。いつもより数割増しで可愛く見えてしまうのが悔しかった。


「……あーほら、本題本題。俺だって仕事がまだいっぱいあるんだ!」

「でも、ありがとうね」

「何だよ!!」

「綺麗なんでしょ?」

「ああああああああああああ!!」


 ここまで人に手玉に取られた記憶は、竜基の中には存在しなかった。












「……さて」


 気を取り直した竜基の一喝で、空気が変わった。

 まず、しなければ行けないことを片づけないことには始まらない。


「国名についての話、でしたかの」

「村長以外に、適任が思いつかなかったから」


 すっかり将のアリサモードへ落ち着いた彼女の瞳も鋭く、そして小さく頷いた。


「ふむぅ、アリサ様はどのようにお考えで?」

「私は、出来れば『豊かで優しい国』そのものを体現出来るような名前が良いな、とは思ってる」


 ふむう、と腕組みをした村長。

 場所を謁見の間の奥にある控え室に変えた四人は、囲むように椅子に座っていた。


「リューキは、どう思う?」

「俺は……」


 そこまで言いかけて、竜基は詰まった。

 もし、これが魔剣戦記の世界ならば、国名はエル・アリアノーズになるのではないかと思っていたからだ。

 だがこうして、席を設け、少なくともゲームでの存在が確認されていないクサカと自分が入っている状態で国の名を決めることにしたのだ。

 実を言えば、竜基はこの国名に対して特に思うところはない。確認するとすれば、つまり。


 これでエル・アリアノーズという名前になるか否かだけ。

 歴史の転換は既に成されていることは立証済みだ。それは他ならぬこの時点での挙兵ではっきり分かっていることだ。


 だが、それでは証拠が不十分だ。

 もしここでエル・アリアノーズという名前以外になれば、確実に歴史は別のルートを辿っていることが分かる。


 しかし、もしそうで無かったら。

 竜基が以前予測したように、クサカや竜基は魔剣戦記以前に死んだから登場していない"キャラクター"であるとしたら。


 その可能性が断ち切れない以上、自分から何かを言って無理に歴史を変えることだけは避けたい。今は、この歴史が真っ向から"傀儡女王アリサ"に突っ走ってしまっていないか、確認することが最優先だ。


「……俺は、そうだな。アリサの言葉に賛同してここまで来たんだ。アリサに任せるよ」

「そ……」


 不満げなアリサだが、それを感情に出すことはしていないようだ。二人きりだったら頬でも膨らませて抗議してきたのではないだろうかと、竜基は憶測を立てた。


 事実、エル・アリアノーズに名前が決まったところで歴史を変えられないとは考えていない竜基だ。今の現状がどれほどまずいのかの尺度の、その一つに加えるだけ。


 参考までに、という程度ではあるが、それでも指標はあるに越したことはない。


「クサカは?」

「儂か? 儂はそうじゃな……やはり、この大地が儂らの飛躍の土地になった、そのことを大事にしたい」

「北アッシア城が、ってこと?」

「城に限らず、この一帯。地方と呼称しても良いかもしれん」

「なるほどね」


 クサカの意見に頷くアリサ。それぞれ三人の話を聞いて、村長は瞑目して何かを考えているようだった。


「私たちには無理だった。だから、私の頭脳(りゅーき)を救い、私たちの危機も救ってくれた賢人である貴方に、名前をつけて欲しいの。……リューキやライカを村に招いてくれた、私を何度も助けてくれた、貴方に名付け親になって欲しい」


 ちょっと、厚かましいかしら?

 そう首を傾げるアリサに、村長は微笑んで否定した。


「そんなことはありません。光栄の限りですよ。だからこそ、しっかりとした名前をつけなくてはなりませんな」

「ありがとう」

「もちろん、気に入らなければ断ってくださいな」

「ええ、分かったわ」


 しばらく、ああでもないこうでもないと悩ませる老人に、竜基は思う。本当にこの人は何者だろうと。


「あの後聞いたんだけど、あの村で生まれた子供の名前は全部村長がつけているそうよ」

「……ああ、それは聞いてた。だから呼んだ一面もあるし」


 よし、と膝を打った村長は、徐に口を開いて言った。

 三人の視線が集まる中で、立ち上がり、堂々と。


「エターナル・アリアノーズ。悠久の北地。過去の文献に伝わる外語で綴った美しいこの地の名前だ」

「エターナル……アリアノーズ……」


 竜基の瞳が、ちりと揺れた。

 ぎりぎり、歴史が変わったのか。この世界が魔剣戦記の世界から変わったのか。

 その安堵と、心の内に宿るなにかしらの達成感。やはり、自分たちが居ることで少しでも変化は与えられているのだと。

 根拠にしては余りに小さいが、それでもやはり心持ちは変わる。


 思考が余り前に向かない竜基だが、その答えに頷こうとして


「ちょっと待って」

「……あり……さ……?」

「どうしたのよ」

「いや、これでよくないか?」

「ええっとね……う~ん……なんていうんだろ」


 首を傾げながらも、何かを探すように視線を天井に向けるアリサ。なにが言いたい、村長の名付けた国の名前に何か不満があるのか。


「ほっほ、お気に召さなかったら、新しく考えますぞ?」

「いえ……違うの。気に入らなかったんじゃない。けどなんかこう……そうね。ちょっと、縮めてもいいんじゃないかな。ほら、オルセイス連盟でしょ、グルッテルバニアでしょ、メルトルムでしょ、エターナル・アリアノーズって、少し長いなーって」

「……ぁ」


 竜基の小声に気づくことは無い。

 アリサの提案に、村長はそれもそうかと頷いて。


「では、少し縮めて、こういうのはいかがかな?」











 エル・アリアノーズ、というのは。













 それだ! とばかりに喜ぶアリサと、楽しげな村長、そしてアリサを眺めて笑みを浮かべるクサカの三人の姿を、竜基はどこか遠くから見つめているような錯覚に陥った。

近いうちに余計な番外編は全て番外編として別の小説で投稿し、削除と並べ替えを行います。

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