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魔剣戦記~異界の軍師乱世を行く~  作者: 藍藤 唯
エル・アリアノーズ戦記 最終章
51/81

ep.49 殴り合い




 細身の剣に魔力は宿らない。

 これはガイアスが普段練習用に使っている、量産型の一振りだった。


 夜も近い日没時間の訓練場に、砂塵が舞う。


 城の"文"の戦いからは隔絶された、剣の実力者のみが立ち入りを許される聖域。

 正面に居るのは、黒髪をオールバックにした鷹のような目をした男。


 彼も同じく、ガイアスと同じような鉄の剣を右手に握り佇んでいた。


「……で、どうしろと?」

「テメエの根性叩き直してやるっつってんだよ……! うちの軍師を侮辱した罪は、俺の剣で償わせてやるから感謝しろ」

「くだらん。熱くなっているのはお前だけだ」


 剣の振り心地を確かめながら言う台詞ではない。

 だが、冷めた表情のリューヘイの言葉は最もで、彼の言葉に怒りを露わにしたのはガイアスのみだ。


 熱くなっているのは、ガイアスだけだ。


「……ハッ、だから、どうしたってんだよ」


 それが、どうした。


 自分の仲間をバカにされた。

 たったそれだけが、ガイアスにとっては許し難いことだった。

 ほかの誰がどう思おうと、ガイアスにとっては知ったことではない。

 ガイアスはただ単純に、己の思いを隠さずに居るだけ。


 隠せるほど器用でもなく、隠そうと思うほど臆病でもないだけだ……!


「テメエが味方に付こうが敵に付こうが関係ねぇ。俺が、テメエにムカついた。それだけのことだ」

「ずいぶんと血気盛んな野郎(バカ)だな……」


 地面を踏みしめ、剣を肩に担ぐ。リューヘイに先ほど投げつけた剣は、対等な立場での戦いを望むガイアスの生きる道。


「兄ちゃん、やるん?」

「……まあ、この勘違いしたマッスル馬鹿を袋叩きにしてやるのも悪くない」

「ほんならやったれ兄ちゃん。大陸最強の力を見せたれや!」


 一瞬不安を胸にしたヴェルデだが、リューヘイがやる気ならば問題ないとばかりに後ろへ下がる。

 悔しいが、あの正面に居るマッスル馬鹿に、自分が勝てるとは思えない。


 だが、リューヘイなら負けない。

 そう信じてやまない、彼女の理論。


「マッスル馬鹿だとよ。おめー、リューキ馬鹿にされた挙げ句負けたらゆるさねーぞ」

「うっせぇ! 師匠を信じろライカ! 俺はどんなことでも根性で乗り越える! 俺があんなチンピラワカメに負けるわけがないだろう!」


 オールバックにしたリューヘイの髪は、くせっ毛で若干後頭部が縮れていた。


 ガイアスのサイドにはライカが居た。彼女はまだまだ、魔剣無しで戦えるほど強くない。

 だが、感じている怒りはガイアスと同じだった。


 大好きな兄貴分を、馬鹿にされて黙っているほどおとなしい性格はしていない。


「誰がチンピラワカメだマッスル馬鹿」

「あぁ? マッスル馬鹿だとコラ」


 二人の額に青筋が浮かび上がる。


 ざ、と足が地面に擦れる。

 互いの方向へ向けて剣を握る。


「ぶっ潰す!!」

「返り討ちだ……!」


 剣の形状は同じ。だがスタイルは全く違った。


 中央に向けて突貫する二人。ガイアスは振り上げた剣を高速で袈裟斬りに展開し、リューヘイは正面からの刺突を水平にずらして叩きつけた。


 剣を打ち合わせるその瞬間響きわたる金属音。


 ぎりぎりと鍔で競り合い、火花が飛び散る。


「はぁあああ!!」

「……っ!」


 同時に弾かれた二人の剣だが、ガイアスは上手く慣性を使い空中へ跳躍、背回転で再度斬撃がリューヘイを襲う。


「っちぃ……!!」


 歯を食いしばり憎々しげにガイアスをにらみ付けながら、空中からの一撃を払いそのまま刺突へと展開するリューヘイ。

 合わせてその突撃を紙一重で回避したガイアスが、弾かれた剣をそのまま振り下ろす。


 衝撃。派手に地面へと打ち付けたガイアスの剣が地面に亀裂を走らせる。

 揺れる地面に足を奪われることなく飛び上がったリューヘイが、ガイアスにできた一瞬の隙に蹴撃、顔面を左から叩くように狙う。


 が、甘かったのかガイアスは左腕をウェポンブロックに体勢を換え、空中のリューヘイへと逆に回し蹴りを放った。


「っしゃあああ!!」

「させるかっ……!!」


 眼前に襲いかかる足を首を傾けることで外しつつ、右手にあった剣をガイアスの腹へと強襲させる。

 地面を転がって回避したガイアスと、剣を地面へと突き刺した状態ですぐにガイアスへ顔を向かせるリューヘイ。


「うっわ……」

「げ……」


 残されたヴェルデとライカは、この光速の攻防に目を奪われていた。

 両者一発として攻撃を受けず、カウンターすらハマらない。


「ちょろちょろ避けやがって」

「俺の台詞だ」


 睨み合う二人の視線が絡まり、先ほどの剣の火花が思い出される。


「くたばれチンピラワカメ!!」

「ほざけマッスル馬鹿がっ……!!」


 空いた間が一瞬で消え失せる。

 剣のリーチも何のその、眼前へと迫った互いに一発入れることしか考えていない。

 回転、上から叩き落とすように襲いかかるガイアスの剣と、せり上がるように突き掛かるリューヘイの剣。

 何度となく火花を散らし、時に体術を交えて如何に互いにクリーンヒットを入れるかどうかの高等な斬り合い。


「死にさらせ!!」

「消し飛べ!!」


 奇しくも同時に放った回し蹴りが、互いの(すね)に直撃する。

 その痛みに顔をしかめることすら一瞬ほどの隙もなく、畳みかけるように剣による水平斬りへと展開するガイアス。受けて、そのまま押し返すようにリューヘイの剣がガイアスの脳天へと突き上がる。


「っとぉ!!」

「くっ!!」


 茶の髪数本を散らしてかわす。外した隙を狙ってガイアスの膝がリューヘイの腹を狙う。

 反らして前へ。

 ガイアスもそれを許さず、剣でもって牽制、リューヘイの剣とぶち当たり、その双方の威力に反発して二人は弾けるように後方へと飛び下がった。


「……んだよチクショウ、素直に殴られろ!」

「お前が殴られればいい」

「なんだとコラ!」

「は、塵芥に変えてやる!」


 またしてもぶつかり合う剣と剣。

 その剣戟に容赦はなく、お互いをまさに斬らんとする気迫が周囲の砂塵を巻き込んで膨張する。


「テンメエエエエ!!」

「潰す……っ!!」


 端から見ていたライカは思った。

 幾度となく火花の飛び散る剣の供宴、この終着点はいったいどこにあるのだろうかと。


 ぶつかり合いの余波で風すら巻き起こるこの戦闘。

 もしかしたら、本当に相手を斬り殺すまで終わらないのではないか。


「オラアアアア!!」

「はあああああああ!!」


 しかも何やら、返り討ちにする、と涼しい顔で言っていたはずのリューヘイから余裕が消え去り、ガイアスの剣も本気だと見て分かるほどだ。


 互いに、本気だ。


 それが、ライカには分かる。技量の問題ではない、同じ武器を振るう者としての感覚の共有。


 またしても鍔迫り合い、拮抗した剣の威力がぎりぎりと互いの剣を削るように切迫する。


「ああああああ!!!」

「はあああああああ!!!」


 感化されたのか、それとも元々秘めていたのか、互いの武に対しての遠慮がない。

 リューヘイなど、第一印象からは考えられないほどの咆哮を上げながら剣を振るっているではないか。


 ばちり、と剣と剣とが離れた。

 互いの間に微妙な間が出来上がり、相手を牽制しながら剣を構える。


 その息が、荒くなってきていた。


「て……てめコラ……!」

「はぁ……はぁ……返り討ちにしてやると言ったはずだ……!」


 ガイアスの口元に笑みがこぼれた。


「ハッ……できるかよそんなもん……」

「やってやる……」


 振り上げる剣に反応して、リューヘイが剣を構えた。

 突撃、上からの剣と下からの剣が、またしてもぶち当たり……あっけない終わりを迎えた。


 ライカも予期しなかった、その結末。


 空中を舞った銀が、くるくると回転しながら彼女に迫る。

 ちょっと脇にずれたライカの真横に、突き刺さるは剣の半身。


「……」

「……」


 リューヘイの剣が、折れていた。


 一瞬の静寂。


 からん、と何かが転がる音がした。


「やめだ、やめ」


 ガイアスが剣を捨てたのだ。びりびりとまだ、最後にぶつかり合った痺れが取れないその右腕の感触を試しつつ、拳を握る。


「何の、つもりだ」

「あぁ? 剣が折れたんならしょうがねえだろ」

「……折れたくらいならまだやれる。何をふざけたことをしている。余裕でも気取っているのか……!」


 折れた剣を未だ握るリューヘイと、丸腰のガイアス。

 その剣を拾え、と鋭い瞳で睨みつけるリューヘイに、ガイアスは肩を竦めて。


「フェアじゃねぇなと思っただけだ。そっちの剣のがもう古かったかもしらねえし、そんな勝利俺の根性が許さん!」

「……」

「おら」

「ぶっ!?」


 唐突に振るわれたガイアスの拳がリューヘイの左頬を襲った。

 たまらず地面に倒れるリューヘイは、一瞬で起きた攻撃にガイアスを睨み付ける。


「じゃ、これで俺の勝ちな。リューキに謝ってこいやチンピラワカメ」

「ふざけるな……」


 いつの間にか互いにヒートアップしていることにも気づかない。

 まるで冷静さの欠けたリューヘイの姿に目を丸くするヴェルデだが、それを指摘するタイミングさえどこにもない。


 からんともう一度鳴った鉄の音。

 ガイアスが下を見れば、転がるのは中間で折れた鉄くず同然の剣。


「ぶがっ!?」

「……どうした、徒手空拳ならまだやれるだろうが」

「んの野郎!!」


 振るわれた腕があったことにも気づかず吹っ飛ぶガイアスに、リューヘイはにやりと笑みを浮かべた。

 額の青筋を増やしつつ、ガイアスは立ち上がりざまに蹴りを飛ばす。

 当然、すでに臨戦態勢のリューヘイはそれを回避するとバックジャンプで距離を取った。


「不意を打たれたとはいえ、初撃を貰ったのだから竜基には謝罪しても良い。これだけ、お前が必死になるような上役だと言うことが分かれば、まあその辺は納得しても良いだろう」


 リューヘイは睨み据えた瞳の色を変えず、だが言葉は饒舌に紡ぐ。

 理性の部分では理解した。竜基という人物の人望は本物で、ファリンも彼に悪いようにされた訳ではないと。

 間諜をやっていたのも、彼女の意志なのだと、身に染みて分かった。


 だが、リューヘイの瞳に宿るのは変わらず怒りだ。

 それはなぜか。


「兄ちゃん?」

「……なんだあいつ」


 ライカとヴェルデにしてみれば、分からない。決着がついた訳ではないが、それでも折り合いがつけば別に良いのではという感情が、女性陣の心にはあった。


 だが、ガイアスだけは違う。

 リューヘイが何を言わんとしているのか、それをすぐに理解した。


 拳を握りしめ、リューヘイの前へと再度立つ。


「そいつぁ奇遇だな。俺もリューキの件とは別に用がある」

「ほう……ならば、ボコボコにしてやろう」


 リューヘイが拳を鳴らし、ガイアスが好戦的に首を傾ける。


「俺は負けるのが嫌いでな」

「あぁ、俺も大陸最強とか言う肩書きが鼻につく」


 先ほどとは違う、獰猛な笑み。

 この二人の戦いは、始まったばかりだった。














 あわてて駆けつけた竜基とアリサは顔を見合わせた。


「これ、俺たち急ぐ意味あったか?」

「まぁ、変な緊迫感は減ったし良いんじゃない?」


 砂と血で服を汚した男二人の取っ組み合いの大喧嘩。

 しかしながらその表情に敵意はあっても悪意はなく、アリサと竜基の前に訓練場に現れたクサカに至っては楽しげに笑みを深めていた。


「不安材料は無くなった、か」

「そうだの。後は王都に攻め込むのみ。シャルル殿からも連絡がきて、決起の準備は整いつつあると言う」

「お、そうか。じゃあ、そろそろあの人も北アッシアに到着するし、始めるとするか」


 クサカと竜基は互いに頷き合い、アリサを見た。


「……ん? 何かしら?」

「旗印に関してはヒナゲシに頼んである。後は、国名を決めて、戴冠式を迎えるだけだ」

「ようやく、始まるな。アリサの夢が、叶う一歩が」


 旧き忠臣と、若き懐刀。


 二人の、心からの善意に、アリサは。


「ありがとう。全力でアッシアを……ううん、新たな国を素晴らしいものにしてみせるわ」


 うら若き王女の笑みで、その思いに答えて頷いた。




 新たな歴史の転換点は、すでに眼前に迫っていた。

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