ep.48 親子とは、言えず
「改めて、俺は南雲竜基。ファリンを救ってくれたことには、感謝しています」
立ち話もなんだから掛けようか。
その一言で、竜基とリューへイが対座、竜基の斜向かいにヴェルデが座る。
雰囲気的にはそこまで重いものではなかったが、この二人に何らかの繋がりがある、とヴェルデは勘で察した。
二人とも聞きなれない名前で、妙な共通点がある。黒髪黒瞳で、どことなく顔の造形もにていた。
兄弟なのかと思ったが、それにしてはリューヘイの顔に動揺はない。
そこまで考えて、ヴェルデは一つの結論を出す。
リューヘイは記憶喪失だ。もしかすると、竜基という少年はリューヘイの過去を知っているのではないか、と。
だが、そんな憶測で口を挟めるような状況でないことも、ヴェルデは分かっていた。
「ファリンから聞きました。あなた方は、その筋では有名な傭兵だと」
「傭兵ではないが、似たようなものではあるな」
「……どうして王都に居たのかは聞きません。ですが、俺がファリンからもう一つ聞いたことがあります」
「……」
「自らの信じる道の為に戦う人たちだと」
ほぅ、とヴェルデは一つ感心したようなため息をついた。見たところ自分と大して変わらない年齢の少年は確かに一角の"文官"としてリューヘイと向かい合っている。
瞳に宿るは強い意志。それが真っ向からリューヘイを見据え、ピンと伸びた姿勢で返答を待っていた。
「……だから、何だ?」
「簡単です。味方について戴きたい」
「……お家騒動に民を食いつぶす連中の味方にか?」
「兄ちゃん!?」
じろり、と睨み据えたリューヘイの眼光は鋭く、普段から行動をともにするヴェルデですら竦みあがる。
実際、リューヘイの強面と併せてそんな目で威嚇をされた人間は殆どが萎縮し、なにもいえなくなってしまうのだ。
この街を見て、自分たちが先ほどまでどう思っていたか。ヴェルデが先ほどどうリューヘイに言葉を贈ったか。それをすべてふいにするような言動に、ヴェルデとしても意図をつかみかねる。なによりも誘ってきた相手をこう無碍に扱うなど……
「我々のしていることが単なるお家騒動に見えるのなら、正義の戦闘者集団も聞いて呆れると言ったところですね」
「なっ!?」
「ほぅ……?」
さらに驚きを重ねるしかないヴェルデ。あのリューヘイという男に睨まれて、ビビるどころかあまつさえ軽口を交えた挑発をしてきたこの少年は何者か。
泰然自若。少年の態度は変わらず、しゃんとした背筋でリューヘイを見据えるのみ。そこに恐怖や怖じ気は欠片もなく、ただただ回答を待っている。
なんだ、このプレッシャーは。
まるでリューヘイの放った威圧をはじき返されたかのようで、いつの間にかヴェルデが目の前の少年に気圧されていた。
「……竜基、と言ったか」
「っ……結構、流暢に俺の名前をいえるんですね」
「そうか? ……それはいい。そちらが単なるお家騒動をしている訳ではないと、どうしていえるんだ? 同国の民草を殺し合わせている人間が、胸を張れると思うなよ」
「幾度血の河を渡ろうとも、幾度屍の山を築こうとも、成し遂げなければならないもの。それを分からないリューヘイ殿ではないでしょう」
表情一つ変えずに、リューヘイの言葉をいなす竜基。
メイドに持ってこさせたジュースを一口飲んで、目の前のローテーブルにおいた。
推測ですが、と言葉を続ける竜基。
「お家騒動云々とおっしゃる以上、だいたいの察しはついていました。偶然にもファリンがあなた方の間諜を昔見ていたそうで……王城に入り込んだところを見ると、あなた方は「悪の王族を暗殺」しようとしていたと見える。騒ぎを起こすも結構ですが。……噂では、東の小国の王族を皆殺しにしたそうですね」
「……それが?」
「それが民の為になると。正義だと、貴方こそ胸を張っていえるのですか?」
「何か勘違いをしているようだが……」
リューヘイは、同じく出されたジュースらしきものに手をつけながら、それでも視線は竜基から離さない。
ヴェルデに関してはもう、この二人の威圧の前になにも言葉を発せなくなっていた。
「俺は依頼を受けて戦っているだけの流れ者だ」
「……なるほど。そういうことか」
「……なんだ?」
「いや、予想以上に事態が悪化したな、と思ったので」
「……聞いても?」
「これに関しては、どうでしょうね。味方についてくれると、誓約を交わしていただけるなら話しても良いのではないでしょうか」
竜基の表情が、苦いものへと変わったことにヴェルデは疑問符しか生まれなかったが。彼の中でどんな思考が働いているのかなど全く分からない。
しかし、先ほどまで涼しい顔をしていた彼が冷や汗すら流しかねないほどに表情をしかめているところを見ると、どうにも気になってしまう。
一度切れた緊張の膨張に、ヴェルデは言葉を切り込ませた。
「な、なあ。この街、良い街やね」
「そう言っていただけるとありがたいですね。我々の努力が実り、本当にうれしい限りです」
「……でも、戦争するんやろ?」
「王都を、こういう街にしたいんですよ。我らが主の願いはただ一つ『豊かで優しい国を作ること』……今のアッシア王家そのものが、邪魔なんだ」
「……そ、か」
ウチ、戦争嫌いやよ……。と小さく呟いたヴェルデに、竜基は小さく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。一瞬で、終わらせます。もう誰も苦しませない」
「……俺たちが居なくてもいいんではないのか?」
「予測出来ない不安分子があることが、一番数値を狂わせると思いませんか?」
それに、と竜基は言葉を続けた。
「俺としても反省点はありました。貴方が大陸最強クラスの魔剣使いであること。相手に魔剣使いがどの程度居るのかということを、思考の範疇から消しとばしてしまっていたことに、冷や汗を掻きました」
「軍師として、それはどうなんだ」
「俺の知っている兵法には、魔剣使いというイレギュラーは存在しなくて。自分の側だけで計算するという恐ろしい失態は、もうしたくないですね」
だから、というのもありますが。
「大陸最強の魔剣使いなんていう人間が、いつ襲ってくるかも分からないなどという状況は勘弁願いたいんですよ。……と、建前はこのくらいにしましょうか」
「……まだ、あるのか」
「むしろここからですね」
ため息、というにはあまりにも重く、どこか腹を括るかのような深呼吸をした竜基は、まっすぐにリューヘイを見据えて言った。
「俺は、あんたの過去を知っている」
「!?」
「なっ……!」
「記憶喪失なのは、分かってる。俺を見て無反応なんてこと、あんたならあり得ない話だ」
「……どこでそれを」
「だから、俺とアンタは本来こんなところで会ったら暢気に戦略の会話なんか立ててねぇってことだ!!」
「……」
「……すみません、取り乱しました」
突然立ち上がった竜基に一瞬ほうけた二人だったが、ふとヴェルデは顎に手を当てて考える。
記憶喪失であることは、誰にも言っていない。ここに居る二人とケスティマ……つまりは三人の仲間しか知らない事実。
それを、なぜこの少年が知っているのか。やはり自分の最初の推測は当たっていたのだ、と。
「……どういうつもりだ?」
「うちの副官と武官の一人も、記憶喪失です」
「……なんだと?」
「そして、俺は二人の記憶を戻すべく、今も色々調べながらこの世界で戦っています。……出来れば、貴方の記憶を取り戻したい。俺と貴方は、そのくらい深い絆もある」
「……しばらく、考えさせろ。記憶の話は、後だ」
押し殺すような声。
リューヘイの睨みは先ほどの比ではないほどに威嚇に満ち溢れ、さすがの竜基も閉口して座りなおした。
「……お前は。アリサ王女は、なにを求めている」
「大陸最強の魔剣使い及び、黒き三爪の助力。我々はアッシア王国を脱し一つの国を作り上げ、国としてアッシアを倒します」
「……国として、か」
「急な話ですが、聞いていただいてありがとうございました。また、お返事を聞きに参ります。ごゆっくり滞在ください」
竜基は、潮時かと感じたのか立ち上がって頭を下げると、部屋を出ていった。
「なあ、兄ちゃん」
「なんだ」
「なんか、急すぎてついていけへんよ」
「……少し、時間をくれ」
「うん……」
部屋に備え付けられたソファに寝転がると、リューヘイはため息をついた。
まずいことになった。
竜基は回転する思考を押さえつけながら一路アリサの部屋へと急いでいた。
リューヘイの言葉を信じるならば、アッシア王国の王族を皆殺しくらいに考えているバックが居て……リューヘイが受諾したということは、おそらくは……!!
「アリサ!!」
「ちょ、ど、どな、なに!?」
「どな?」
慌てて扉を開いた竜基がフリーズした。
鏡の前で、頬に人差し指をくっつけて何やら笑顔の練習をしているアリサが居たからだった。
「……え?」
「み、見たなああ!!! もう! もう!! なによ急に!! ノックくらいしなさいよ!!」
「いや……まさか執務室でそんな奇行に走っているとは」
「奇行!?」
羞恥に顔を真っ赤に染めて、アリサはふてくされていた。
あとで聞けば、戴冠式の時にちゃんと笑えるかどうかの練習をしていたらしい。いじらしいその姿には少し笑みを浮かべたくなるものの、そんな話をしている場合ではない。
「リューヘイたちの返答は保留だ。だが、それ以上にまずい案件が生まれてしまった」
「……なに?」
す、と表情を戻すアリサの瞳は真剣で、そのあたりの切り替えの速さは本当にスゴいと尊敬の念を覚えつつ竜基は頷いた。
「リューヘイたちは、依頼を受けてアッシアに来ていた。推測だが、アッシア王家皆殺しくらいの危険な内容だと思っていい」
「……!!」
「だが、よく考えてほしい。正義を唱える連中が、王家を皆殺しにしてはいさようなら、などとなるわけがないだろう」
「……そうね」
「ちなみに東の小国の王家を、黒き三爪が皆殺しにした案件があったな」
「……ああ、今はオルセイス連盟が併合した……まさか」
何かに気が付いたアリサに、竜基も頷く。
「クライアントの情報を聞き出すにはまだ時期尚早だと思ってなにも言ってはいないが、おそらく」
「バックが……それも国家レベルの黒幕が居る……!」
「俺たちの王都陥落と同時に、他の国が攻め寄せてくる可能性が非常に高い。……待てよ?」
「どうしたの?」
「いや、まさかとは思うが……あれだけの戦略を練る狡猾な女が……民から無作為に搾取する理由は……!!」
連想して思い出すは当面の敵。
この状況になって、竜基の中ですべてが結びつく。
「……エリザが、他国とつながってる……!?」
「何ですって……!?」
すぐに他国の庇護下に入れることを見込んでの、王都でのやりたい放題。加えて、国王と皇后の影が見えない理由。
「……地下牢に行く必要があるな。奴がまだ有益な情報を持っていればだが」
「聞いてみないと分からないわね。分かったわ」
頷きあう、竜基とアリサ。
と、そこに舞い降りた一つの影。
「どうしたファリン」
「あ……あの!」
最近はしっかりと声を出せるようになってきたな、と思わず笑顔で頷く竜基に、呆れたような視線を向けるアリサ。
だが、二人の表情は次の瞬間凍りつく。
「が、ガイアスさんと、リューヘイさんが……外で決闘を……!」
「「はあ!?」」




