ep.3 盗賊退治(前)
見知らぬ自分を救った少女に、恩を返す、と少年は言った。心の綺麗な少女は、自分の懇意にしている村が窮地にある、と胸の痛みを小さく吐露する。少年は、不敵な笑みを浮かべて笑うのだった。私に任せろ、と。
古典 アッシアに咲く健気な花 第一章 少年の恩返し より抜粋
「これは、いつの地図だ?」
「わかんねー。でも、そんなに古くねーはずだ」
布に描かれた、ミミズが波を打ったような地図を見つつ二人で歩いていた。
朝食後、俺がライカを誘った。道案内をしてくれ、と。
昼間の森は、夜の恐ろしさが嘘のように静かで平穏だ。
そんなのんびりとした空気の中、ライカは緊張を隠そうともせず大斧を構えていた。
……そんなに緊張することもなかろうに。
ライカに助けを求められて、さっさと視察に出かけることにした。やることもないし。
それにしても、この地図はかなりレベル高いな。精巧だとはお世辞にも言い難いが、方角と高低差が分かるだけでも十分すぎる。
ついでに、森に群生する木や草の生息地分布があるのが有難い。
「あとどのくらいかな」
「もう少しだな……見張りが居るからあまり近くには寄れねーぞ」
「……まあ、その辺は追々かな」
俺の含んだ言い方に、ライカが訝しげな目線をぶつけてくる。……でも、見張りに見つかった方が今後動きやすい可能性もあるんだから仕方ないだろう。
と、地図上に妙な木の名前を見つける。
「……ん? この村近くの木……水樹? って何?」
「水樹も知らねーのか。……旅人とかも重宝する木だよ。木の表面とか葉とかにめちゃくちゃ水気を含んでて、布とかを木に当てて押し付けてから絞って水分補給する、なんてことも出来る便利な木だ」
「……水不足にはもってこいだな」
随分有用性の高い木があるんだな。……それが村の北西と南東に群生してるのは、水分調達が理由か? この辺川が遠いけど。
そんな質問をライカにしながら、一路問題の村を目指す。
なんでも、ライカが良く食料を買いに行ったりして可愛がられていた村に、山賊が現れたらしい。
道中聞いた話では、ライカは用心棒をやっている。というのも、先代の用心棒があの小屋を根城にして鍛練を積みつつ村を守っていたらしく。ライカ自身、その先代に拾われた身なのだそうだ。
遺志を継ごう、ということで、ライカは必死に鍛練を積み、先代と組手などをしてもらっていた。彼女自身にも才能があったことで、先代が周りに惜しまれて逝く時に、あの大斧を授けられたとか。
そんなある日、ライカが村に逗留中に盗賊たちは襲い掛かる。惜しむらくは、その時に大斧を持っていなかったことだろう。村の人々に愛されていたライカは、皆に守られて一人大斧を取りに家へと帰ったものの、戻ってきた時には村が落とされていたらしい。
がむしゃらに突っ込んだは良いが、親分らしき男が愉快そうに人質を突きだし、何もできずに逃走。その際人質になっていた少女に逃がされたという、後悔極まりない用心棒失格の所業をしてしまったとライカは呟いていた。
その後は為す術もなく、ひたすら鍛練を続けて先の見えない努力をしていた、と。
関所とか、国の衛士の詰所とか無いのか、とも聞いてみたが。
この国、どうやら腐っている。賄賂が横行し、衛士も給料泥棒どころか酒と女の大騒ぎ。……そういや魔剣戦記スタート以前に滅んでたんだっけ。これが理由の一端か。
……そうなりゃ自分が、と思っていても、人質を取られてしまえば何も出来ず。ライカが歯がゆい思いをしている中、山賊たちは村人を働かせて良い気になっているようだ。
そら、ライカも頑張るわけだ。
「……リューキ、しゃがめ!」
「ん? あぁ、ここがその村か」
村を斜め上から一望できる高所。草木に隠れつつ、様子を伺う。
「村は綺麗な円形集落か。柵はかなり強固だな。あれじゃあ村の門以外からの出入りは不可能って感じかな」
「……元々、夜獣どもから村を守るためだったんだけど……見事に脱走防止に使われちまってる……あたしらも容易に侵入できねー」
村の周りには、二メートルはありそうな柵が防壁のように連なっていた。よじ登るのもきついが、夜獣防止なら倒すことも厳しいか。
……詰んでるなー村の皆さん。
出入りは……南東方面に門があるだけか。盗賊らしき見張りが二人立ってるし。
内部には、物見櫓が一つ。割と高く組まれている。俺達が居る高台よりも高くから見下ろせるだろうな。
……さて、ちゃんと考えようか。
「ライカ、人質の場所と、盗賊たちの場所は分かるか?」
「……人質はみんな、リットンさんちに押し込められてる……ほら、あの赤い木の屋根の」
「……門から遠いな。盗賊は?」
「その近くの村長の家で、酒盛りしてるみてーだ。村の女の子たちの姿もないし、きっとあの中だ」
「……村長の家をライカが爆砕、って策も使えないな」
「……悔しーぜちくしょー」
「爆砕できるのかよ」
「出来るに決まってんだろ」
冗談のつもりだったんだが……ライカの戦力パラメータが知りたい。
村長の家は、完全に門と正反対。北西の方角にどっしりと構えられていた。
その近くの割りと大きな家に、人質が多く居るのだろう。
「ライカ、北西に回る」
「おーけー。着いてこい」
門や村の内部の様子は分かった。
あとは村長の家や人質を確認しないと。
ライカが先導して、村の周囲の森を駆ける。ぐるりと柵が囲んだ村は、もう一回り平地が重なり、バウムクーヘン状にその周りを森が囲む。あの平地はおそらく、岩雪崩を防ぐためのものだ。ますます柵を壊す案は却下だな。時間がかかりすぎるし危険が高い。
「この辺からなら見れるだろ」
「ふぅ、ライカ速いな……うぉ?」
ちょっと疲れて目の前の木に片手を付いた途端だった。ぐちゃり、と妙な音を立てて俺の手が数センチは木にめり込んだ。
びっしゃびしゃに手が濡れる。
「これが水樹か……? 予想以上に水分含んでるな」
「……薪には不向きだ。ぜってー燃えねー」
「絶対、燃えないのか」
「ああ。絶対」
周囲を見渡す。……ここら一帯は全部水樹か。
てことは……火計も却下だ。最終手段に使いたかったけど。
というより北西に水樹がある場所へ集落を構えたのは、山火事のとばっちりを防ぐためかもな。この辺りは夜、山脈の影響で北西から凄い風が吹く。それは今日の早朝に確認済みだ。
「……あれは? 柵の周りに間隔空けて置いてある石っぽいの」
「ん? 柵の周りにある精霊石か? うちにあんのと一緒だ。村の中に獣が入らないようにしてる」
「なるほど。夜獣に対する防衛はばっちりだ」
森の獣を村に突入させるってのも却下。いやまあ、火計同様無差別殺人になるから元々使う気はなかったんだけど。
「……あん?」
「どした?」
俺が目を凝らした先。
村長の家の前らしき広場で、数人の男たちが何やら騒いでいた。
ゲラゲラ笑っているように見える。
……目線の先は、一人の老人?
男の一人が何かを投げた。あれは……骨?
それを爺さんが四つん這いになって取りに行く。骨を口にくわえて、ひょこひょこ戻ってきた。引ったくった別の男が、もう一度骨を投げて、爺さんはそれを四つん這いで……。
なるほどな。
「犬の真似事させてるのかよ、胸糞悪い」
「……村長ぉ……」
隣を見れば、ライカが涙を溜めて広場を睨んでいた。どうやら、あの弄ばれている爺さんは村長らしい。
「村長……皆を守るためにああやって遊ばれてんだ、絶対。……許せねー」
「……」
『ほら、俺達に逆らったバカな男の骨は美味いか!? あ!?』
『ギャハハ! 村人の骨で遊ぶ村長が居たたぁな!』
『傑作だ!』
……それも、骨は骨でも人の骨か。体を張って村を守った、健気な村人の骨ってか。
腐ってるな。いい具合に。
「殺して……やる……っ」
「落ち着けライカ」
「落ち着いてられっかよ!? 誰かが殺されたんだ! あたしが居ない間に、村の誰かが殺されて……っ! 村長はあんな目にあって村を守ろうとしてんだ! 許せるわけねーだろ!」
「今お前に騒がれたら、俺の策が台無しだ」
「っ? あんのか? 作戦が。……アイツらをあたしらだけで根絶やしに出来る策があんのか!?」
「だから落ち着け。いいから」
「……分かった。信じるぜリューキ」
しぶしぶ、ライカは草木の間にしゃがみこんだ。
……とはいえ、現状策なんざ思いついてないんだけどな。
だが、許せないのは俺も同じだ。ライカほど彼らに感情があるわけではないが、平和な日本で育った人間として、人権を踏みにじる光景を許せないのは確かだ。
……それにしても、いくらゲームでリアルな残酷さを見たところで。
やっぱり現実に見ると胸に突き刺さる重さが違うよな。
俺は、ここで策を立てて、村人たちを助けなければならない。はは、笑えるほど責任重大だ。ライカにも任されちゃったしな。
考えろ。考えろ、俺。
使えるものは、全部使え!
夜獣の森。北西からくる強風。水樹。円形の村。五十人の山賊。堅固な村柵。
まだだ、まだ何かを見落としてるはずだ。
「ライカ、一旦戻るぞ」
「……いいのかよ。攻めねーのか?」
「今攻めたところで勝ち目はない。とりあえず、考えないと」
「……そーかよ、分かった」
ライカもため息を吐いて、その身の丈以上もある大斧を担いだ。
……大斧?
「なあ、ライカ」
「ど、どーしたそんな怖えー面して」
「その大斧、聞いてなかったけど魔剣だよな?」
「っ!? どうして知ってんだ!」
泡を食ったように驚愕して大斧を抱きしめるライカ。いや取らないよ。俺じゃ多分使えないし。
「炎をまき散らす、魔剣だったよな?」
「だからなんで知ってんだよ……」
ジト目で俺を見るライカ。……だがそんなことはどうでもいい。
「……リューキ?」
「我が策、成れり」
思わず、笑みが零れた。
「……おい。言われた通り門の近くで敵に見つかって逃げてきたけどよ。なんで見つかったんだよやりにくいだろ」
俺達は小屋に戻ってきていた。テーブルに地図を広げ、二人で顔を突き合せて作戦会議と洒落込んでいる。
とりあえず帰り路に、ライカにはわざと見張りに見つかって貰った。ついでに言えば、『他の賊!? 親分に報告だ!』と叫ばせて。
若干棒読みだったのは諦めるが、あの見張りが慌てて戻っていったことを見れば、問題は無いだろう。
「警戒されちゃったじゃねーか」
「その方が都合がいいんだよ。ライカ、上出来だ」
「……だ、だったらいーけど」
唇を尖らせてそっぽを向くライカ。本当に褒められることになれてないよな。
褒めて伸ばすタイプだな、コイツは。
「……で、後はどうすんだ?」
「夜まで待機」
「はあ!?」
ずっこけよろしくツッコミを入れてくるライカだが、……今は動く必要ないんだから仕方がない。
「……ところでリューキ。なんで魔剣だって知ってたんだよ」
「……あ~」
ゲームだとその斧に炎纏わせて戦う魔剣使いだったからでーす。なんて言えない。
……何か無いか? 魔剣使い共通の……ええいでっちあげだが仕方がない。
これ以上猜疑の目で見てくるライカに耐えられん!
「俺は軍師志望だ」
「……だからなんだよ」
「多少の憶測は出来るもんなんだ」
「……それで言い逃れられると思うなよてめー」
「ライカに体術を教えた時、お前異常に飲みこみが早かっただろ?」
「……あたしは天才だからな!」
「その一部の天才にしか、魔剣は使えないってのが一つ」
「お、おう……」
胸を張って自信満々に言い放った言葉が、まさか説得の材料だったとは思わず戸惑うライカ。……ホントに、将来が心配だ。騙されやすくて。いやまあ、現在進行形で騙そうとしてる俺が言う台詞じゃないけどさ。
「二つ目は、行きに聞いた先代の話」
「……?」
「普通に考えて、どんな武器も劣化はするもんだ。なのに、先代が愛用していた、なんていうその大斧がどう見ても新品同様に輝いてる。ライカの手入れもいいんだろうけど、ここまで綺麗なのは魔剣ぐらいなんだ」
「……確かにそーだな」
大斧を片手に、その刃を興味深げに見つめ始める。
まあ実際、魔剣戦記でも魔剣だけはファンタジーよろしく絶対壊れなかったからな。
他の武器は全部劣化ないし壊れたり戦争中に紛失したり。リアリティありまくりだったのに。
「最後は、ライカのその綺麗な赤髪だ」
「なぁ!?」
うぉ!? 大斧落とすな危ないだろ!? 俺の顔すれっすれ通過したぞ今っていうか床に突き刺さってる!!
見ればライカは自分の髪を抑えて俺を睨みつけている。……あ~、セクハラ発言だったかもしかして?
「お、おまおま……てめーコラ何言って……」
「落ち着けライカ」
「落ち着けるかばーか!」
目を潤ませて怒鳴り散らされても困る。お前助けるまで泣かないとか言ってなかったか?
「だから炎の魔剣使いが似合いそうだな~って」
「……ぅう~! て、てめー……そんなんで言いくるめられると思うなよ……?」
「違ったか?」
「……こ、今回だけは許してやる……」
そのまま、ぷいっとテーブルから離れて木製のベッドの端っこに体育座りして、顔を埋めて。
……作戦決行の夜まで、微動だにしなかった。すげー。
魔剣使い――魔力を宿す、特殊な人間。彼らの魔力を注ぐと魔剣は反応し、様々な力を発揮する。血筋などに共通点は見つかっておらず、大半が突然変異だと思われている。